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「泣く子はいねが~、泣いてる子はいねが~」
そう呟きながら、涙の匂いをたどって現れる猫、遠藤平蔵がこの8コマ漫画の主人公。涙を流している人や猫、犬たちなどにそっと寄り添い、ともに泣き、笑い、励まし、逆に励まされる。そんな平さんの姿に多くの人が共感し、今年の手塚治虫文化賞短編賞にも輝いた。
そして11月22日には最新の第3巻が刊行。あわせて『夜廻り猫』関連の3作品が同日発売される。著者と担当編集者・外岡知司子が、この作品の魅力について語り合う。
本当は一話8コマで終わらせたくないけれど
外岡 『夜廻り猫』もいよいよ第3巻ですね。今年3月に講談社から第1巻、第2巻を同時発売したときは、わずか1週間で重版がかかりました。さらに4月には手塚治虫文化賞短編賞を受賞。NHKの「おはよう日本」をはじめテレビでも取り上げられて、あっという間に部数が伸び、今では2巻累計で20万部を突破しています。この作品は、もともとは深谷さんが息子さんのために描いたものだったんですよね。
深谷 2年ほど前、病気で入院していた息子に、「私が4コマ漫画でも描いたら気晴らしになるかな?」と聞いたら、「なると思うよ」と言われて。じゃあ一本描こうかということになり、何にしようか相談したら、「怖い顔をした猫の絵が家にあるよね、あの猫の話でいいじゃない」と。私は絵を描くのが趣味なので、時間があるとアクリル絵の具などで描いたりしているんですが、そのうちの一枚でした。以前、何となく面白いかなと思って不細工な顔の猫を描き、そのまま家の中に放っておいていたんです。
外岡 その絵は単行本第1巻の口絵にさせていただきました。でも、4コマではなく8コマになったのはなぜですか。
深谷 物語を描くには、4コマだとちょっと足りないので。
外岡 最初は手元にあった適当な紙に、コマの枠線もフリーハンドで描いていたんですよね。で、息子さんから「せっかく描いたんだから、ツイッターにでもアップしたら」と言われて……。
深谷 そのままツイッター連載になりました。そういうふうに、いい意味で仕事じゃないところから始まったのが良かったのかなと思っています。
外岡 8コマ漫画ならではの難しさというのは、あるものなのでしょうか。
深谷 一話ずつに、それぞれの物語がありますから、その話をゼロから作り出すのがやっぱり大変で、本当は一話8コマで終わらせたくないくらいなんです。でも、長いストーリー漫画をこれまで描いてきた中で、「一番大事なところだけを短く描いて作品にする」というのもいいんじゃないかなと思っていたんです。何十枚、何百枚と続く長編漫画の良さもありますが、大事なところだけを3〜4ページとか、それこそ8コマで読めるものの良さもあるのではないかと。
外岡 本当にそうですね。この漫画の登場人物は、その人の長い人生の中で、平さんと出会った一瞬だけが切り取られ、8コマの中に描かれている。でも、その人のこれまでと、これからまでが見えてきます。 この作品は一話一話、大量生産ではなくオーガニックで手作りしている感じがします。お母さんの味、みたいな。私はお母さんと一緒に、必死にじゃがいもの皮をむいているような感じです(笑)。
深谷 外岡さんにはいつも助けていただいて、感謝しています(笑)。
外岡 私は以前から深谷さんの作品が大好きだったので、モーニング編集部に異動になったあとの去年、深谷さんに「働く人へ向けた作品を描いていただけないか」とお願いをしに行ったんですよね。そうしたら、「『夜廻り猫』なら、すぐにでも」とおっしゃっていただけて。で、「モアイ」(モーニング・アフタヌーン・イブニングの合同Webコミックサイト)での連載が始まりました。
深谷 実は私にとって「モーニング」は敷居が高いというか、自分が描くなんて考えたこともありませんでした。私よりも活きのいい、もっとうまい人が描くところという感じで(笑)。
外岡 私は深谷さんと一緒にやらせていただいて、「いいものを作りたい」という意欲や、人に対して正直であろうとする強さを感じています。それでいて、すごく茶目っ気があるところが素敵です。『夜廻り猫』の平さんそのままだと思っています。
とくに単行本を作るときは、掲載するすべての8コマ漫画に一枚ずつ扉絵を描きおろしていただいているので、すごく大変な作業だと思うのですが、深谷さんは決してへこたれない。すごい意欲を感じます。
深谷 外岡さんの助けがあってこそです(笑)。
外岡 いえいえ。とはいえ、今回は第3巻を含めて4作品を同日発売するので本当に大変でした。
深谷 ちょっと無謀だったかもしれないですね(笑)。
外岡 すみません。そのうちの一冊『夜廻り猫レストラン』は、『夜廻り猫』に登場したいくつものオリジナル料理を再現し、その写真を中心にした作品です。撮影に参加したスタイリストさんも『夜廻り猫』の大ファンで、すごく作り込んだ写真になりました。レシピは載っていませんが、見ているだけで楽しくなり、お腹がすいてくる本です。
深谷 オリジナル料理で、反響が大きかったのは、「貧(ひん)むす」(第2巻収録)でしょうか。揚げ玉にめんつゆをしみ込ませ、刻んだみつ葉と共に炊きたてご飯に混ぜてから作るおむすびです。たいしたレシピもない、ちょっとした食べ物が喜ばれることに味をしめました(笑)。
外岡 どれも本当に美味しそう。ちなみに、この本には描き下ろし漫画も掲載されていてオールカラーです。
12月には個展もあります
外岡 続いて、『夜廻り猫』のイラストや漫画のポストカードが10枚入った『夜廻り猫ポストカードBOX』。これは読者さんからのリクエストもあっての企画ですね。
深谷 ツイッター連載を始めた頃から、8コマ漫画をポストカードにしてほしいという声をいただいていたんです。『夜廻り猫』のポストカードがあれば、人を励ましたいときなどに気持ちを託して送れるから、と。
外岡 カードを入れる箱も含めて何度も試作をして、ようやく納得のいくものが完成しました。そして、同日発売のもう一点が『夜廻り猫2018カレンダー』。いずれも深谷さんのこだわりがたくさん詰まった作品です。
深谷 『夜廻り猫』は「やっぱりここをやり直したい」というのが多いんです。単行本第3巻もギリギリになって口絵を変えてもらったりして。本当に手間のかかる形でやらせてもらっていますが、外岡さんは嫌な顔ひとつしないで、ありがたいです。
外岡 何と言っても、私はこの作品を最初に読むことのできる読者ですから! それを思えば、つらいことなんて何もありません。
あともうひとつ、11月22日から12月5日まで、日本橋三越本店で深谷さんの個展「『夜廻り猫』のクリスマス」が開催されます。これから、この準備の詰めが始まります。
深谷 外岡さん、引き続き助けてくださいね。
平さんのぬいぐるみを手作りしてくれたファンも
外岡 読者さんからの反応で、印象に残っているものはありますか。
深谷 あるとき、就職活動ですごく悩んでいるという学生さんからツイッターが来て、私はうまい返事ができなかったのですが、それを見ていたたくさんの人たちが励ましたり意見を言ったりしてくれたんです。しばらくして「あの子、どうしたかなぁ」と思っていたら、当人から「おかげさまで就職先が決まりました!」といううれしい報告も来て。そんなふうに、SNSだと見ているみなさんが助けてくれたり、盛り上げてくれたりします。
外岡 作品自体がSNSで広まったこともあって、私も読者の方々がすごく身近に感じられます。それは本当にありがたいことですね。漫画というのは一人一人に手渡すものなんだということを、あらためて意識させてくれる作品に出会えたと思っています。
深谷 外岡さんも名前を出してツイッターをやってくださっていて、読者さんも直接外岡さんにいろいろ聞いたり言ったりしていますよね。何がいつ出るのかとか、こんな内容にしてほしいとか。そういうものひとつひとつに、ちゃんと返事をしてくださって感謝しています。
外岡 読者の皆さんがすごく温かいので、何の苦労もありません。
深谷 そういえば、外岡さんと仲良しの書店員さんで、平さんのぬいぐるみを手作りしてくださった方がいましたよね。平さんのごわごわした感じの毛を再現するために、いろいろな生地を手に入れて、それを自分で染めて、どれが最適かを検証して……。
外岡 その結果、100円ショップで売っていたタオルが最適ということになって(笑)。
深谷 ほかにもいろいろこだわって作ってくださって、出来たものを一度抱かせてもらいましたが、肌触りも重さも本当に素晴らしい出来で、私自身とても刺激になりました。
外岡 『夜廻り猫』に関わっていただいている方って、印刷所や製版や業務の方とか、みんなこの作品をすごく好きになってくれるんですよね。それで「がんばります!」とガッツを見せてくれたりして。作っている側の人もどんどんファンになっていく、不思議な魅力のある作品だなと思います。
これからも変わらずよろしくお願いします。
福島県生まれ。武蔵野美術大学デザイン科卒。2015年10月、ツイッターで『夜廻り猫』の連載を開始。以後、毎夜のように更新を続け、読者の共感を得る。代表作は『エデンの東北』(竹書房)、『ハガネの女』 『カンナさーん!』(ともに集英社)など。
ツイッター生まれの8コマ漫画『夜廻り猫』の10枚のポストカードを今回のために作られた特製ボックスに入れてお届けします。自分へのご褒美や遠くにいる人へ“葉っぱのお手紙”はいかがでしょう?
「夜廻り猫」のイラストを使用した2018年版カレンダー。デスクに置けて、壁にもかけられるフック(紙製)つきのB6サイズ。「ひとりでは泣かせない」路上でたくましく生きる「夜廻り猫」をおそばにぜひ。
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