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講談社社員 人生の1冊【19】孤独は寒いのだ。『ゴースト アンド レディ』
(著:藤田和日郎)
松岡政孝 第三・第四事業販売部 20代 男
一歩、踏み出す。寒さから逃れるために。
![](/content/images/201706/4688/photo.jpg)
小学校低学年のころ、先生がクラスメイトを呼ぶ「おともだち」という言葉が苦手だった。友達じゃないやつもいるじゃないか、そう思っていた。大人からすれば賢しげで扱いにくかったはずだ。
人の輪の中にいてもふとした瞬間に自分は独りなんだと気づくと身体の芯が凍った。その冷たいものが他人から気づかれてやしないかと考えるとよく気持ちが塞いだ。
集団の中でやっていくために受け身になることを覚えた。派手なやつが先にボケてくれるからそれに合わせてツッコめばよかった。でも周りが笑うと自分は却って冷めた。そこでもやっぱりそれを悟られないように笑った顔だけはつくっていた。
結局人間は独りなのになんで集団に合わせて生きているんだ、そういうことを考えていたんだと思う。よくある思春期だと今はわかる。
そうそう、藤田和日郎先生の『黒博物館 ゴースト アンド レディ』の紹介だった。
舞台は19世紀。ロンドンはドルーリー・レーン王立劇場。そのアッパーサークルのD列の端の席には灰色の男の幽霊が出るという。
その灰色の男──グレイは暇を持て余していた。彼は数々の名作を観客席から見てきたが、見ただけだった。彼は気づくともうその席にいて、他にすることも思いつかなかった。幽霊なので誰に邪魔されることもなく、彼はただただ劇を見ていた。
物語はとある「お嬢様」がこのグレイに自分を取り殺してくれと依頼することから幕を開ける。殺してくれと望む女、望まれる幽霊。グレイは観客にすぎなかった自分についに悲劇役者の役が与えられたのだと歓喜して誓う。女が絶望し悲劇が最高潮に盛り上がったそのとき、必ず殺してやる、と。
「お嬢様」は自らをフローと名乗る。フロレンス・ナイチンゲール、と。
テレビ番組「浦沢直樹の漫勉」の藤田和日郎回。藤田先生はちょうどこの作品を描いているところだった。なんども修正液で消しては描きを繰り返し自身の納得のいくまで描き込んでいく。
藤田作品の魅力は何といってもキャラクターだ。味方も敵も一筋縄ではいかず、どこか愛着が沸いてしまう魅力的なキャラクターたち。特にその眼にはキャラクターと作者両方の譲れない気持ち、執念とでも呼ぶべきものが籠っていると読んでいて強く感じる。
フローの眼にも強い光が宿っている。悲劇役者になれたと息巻くグレイだったがしばらくは傍観者のままだ。しかし、フローの眼の光に衝き動かされて、グレイは自分でも気づかぬまま真の一歩目を舞台へ踏み出す。
幽霊はひどく寒いんだとグレイはいつかフローに語る。孤独は寒いのだと。 しかし、一歩を踏み出したあとで、グレイはそれまで感じたことのない温かさを感じる。
自分もいつの間にか寒くなくなっていた。
色々ときっかけがあったのだとは思うがはっきりとは憶えていない。
でもどこかできっと自分も一歩踏み出したのだろう。自分の人生の舞台へと。
できることなら、観客席に留まって寒さに震えていた幼いころの自分にこの作品を読ませてあげたいと思う。言い古された言葉だが、自分の人生の主役は自分しかいないんだよという言葉を添えて。
藤田先生の作品にはシェイクスピアからの引用がよく出てくるので自分も一つ。
「この世は舞台。男も女もみな役者にすぎない。」(『お気に召すまま』)
せっかくの舞台なのだから楽しく演じなければ損だ。
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら──とも言うが。
- 電子あり
藤田和日郎の19世紀英国伝奇アクション超待望の第2弾。
ロンドン警視庁の犯罪資料館「黒博物館」に展示された“かち合い弾”と呼ばれる謎の銃弾。ある日、それを見せてほしいという老人が訪れたとき、黒衣の学芸員は知ることになる。超有名な「お嬢様」と、「もうひとり」が歴史的大事件の裏で繰り広げた不思議な冒険と戦いを……。
既刊・関連作品
執筆した社員
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松岡政孝【第三・第四事業販売部 20代 男】
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