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笑いに人生を捧げた、麗しきこじらせ少女の観察系シニカルコメディ!
(著:遊園地 迷子)
麗しきこじらせ少女のサイレント苦悩劇
儚(はかな)げで、謎めいた魅力を持つアンニュイな女の子。男性からの評価が高いのはもちろん、同性からも憧れられる存在でしょう。そんな彼女の心の中を、想像してみたことはありますか?
『彼女のエレジー』は、「笑い」に人生を捧げたこじらせ美少女が、ギャグ漫画家を目指す中で向き合う苦悩の物語。主人公は、美しい顔に憂いの表情を浮かべる江萌井哀花(えもいあいか)。しかしこの物語もまたギャグ漫画なのです。キレキレのワードセンスや変顔を駆使し、時には体を張りながら、麗しきこじらせ少女が笑いの覇道を征く姿を描きます。
校内一の才色兼備で生徒会長、さらに両親ともに官僚というスーパーお嬢様の哀花は、どこか切なげな雰囲気をまとう美少女。
彼女の秘密の夢……。それは「当代一のギャグ漫画家になること」! “学校一面白い女子”田中さんと仲良く話しながらも、笑顔の下で彼女の面白さを分析してはライバル心を燃やす毎日です。
今のところ、「笑い」について何の評価も得ていない哀花ですが、ギャグ漫画家を目指すものの使命として「面白い」とは、「笑い」とはなにか……。答えのない問いに向き合い続けています。彼女のまとうどこか切なげな空気は、自ら(勝手に)背負ったその苦悩が生み出したものだったのです。
授業中も哀花の頭を占めるのは「笑い」。哀花に言わせれば、田中さんの笑いは室町時代のギャグにすぎません。脳内で厳しいツッコミを入れながら、いかに自分のほうが面白いことを考えられるか、ここでも(勝手に)競い、「羅生門」大喜利を繰り広げます。
「ババア」呼ばわりで嫌われる覚悟も辞さず、振り切ったギャグを繰り出すものの、他人だけではなく自分の笑いにも厳しい哀花は「いかに笑えるか」だけでなく、「笑いの質」にも妥協できません。暴走しすぎて下ネタに走った自分をすかさず諫(いさ)めます。
物憂げな泣きぼくろに、室内でも一人だけ優雅に風に揺れる髪。下品なことを考えても全く顔に出ない哀花が、人知れず自分を見失い、静かに苦悩する姿が、本当は誰より面白い。しかし本人だけがその才能(?)を自覚できずにいるのです。
どうして人は
かつて人はこの青い空を見て「青空」と名付けた……
でも「金玉」はどう?
玉はわかる――
でも金はどこから来たの?
金色でもないのに‥‥私なら
きっと安易に「ちん玉」と
名付けてた‥‥悔しい‥‥そこで「金」を出せなきゃ
プロにはなれない‥‥
「孤高の美少女」と思われがちな哀花の頭の中は、こんな感じ。
良くも悪くも内面が顔に出ず、たたずまいにお嬢様らしい品もある。まさか小学生男子レベルの下ネタと、自身の面白さの間で深く苦悩しているようには見えず、「高嶺の花」と思われています。そんな哀花に壁を作らず、話しかけてくれる田中さんは、爆笑ギャグとして繰り返し「カエルのモノマネ」を見せてくれるのですが……。
つまらない変顔を一刀両断する哀花。しかし「低レベルなカエルの顔ギャグ」を何度も繰り返す田中さんの姿から、哀花は大切なことを学びます。
一方の田中さんは、哀花の渾身(こんしん)のカエル顔にこの塩対応です。まさに「そりゃねーぜ」。素で面白い人って、こういうところありますよね……。
そう、哀花が笑いを計算しつくしている(?)一方で、素の言動で「学校一面白い子」の名をほしいままにしているのが田中さんです。計算ゼロの田中さんが哀花の考える「よい笑い」を裏切るとき、哀花はたびたび暴走します。
優秀な人がそろう生徒会のまじめなミーティングに笑いを差し込もうとして滑り倒してみたり、公園の飛び石でふざける田中さんに心を乱され、正気を失った悪ノリに走ってしまったり。
田中さんといることで、哀花の美少女キャラはどんどん崩壊していきます。時には哀花を「高嶺の花」と認識する男子たちが
たっ田中さん
君は江萌井さんに何をさせてるんだっう・・嘘だろ・・ 江萌井さんってあんな
ヤバい人だったの!?
怖すぎるだろ・・・・
と、恐れおののくことも。もし哀花が田中さんのように適度にふざけたタイプであれば、こんなキャラ崩壊はむしろ起きないでしょう。哀花はとてもまじめです。下ネタに走った自分も、巨大タコ焼きで食べ物をおもちゃにしようとした自分も許せないほどに。そのまじめさが哀花の面白さを生む一番のポイントなのですが……。どうして人は、自分の手の中にあるものの輝きに気づけないんでしょうね……。
これでいいのだ
Q. では、同じように至高の笑いを目指す者同士が顔を合わせると、どうなるのか?
A. 生涯の宿敵が爆誕します。
哀花を煽(あお)る彼女は“町田さん”。彼女もまたギャグ漫画家を志す一人ですが、そのギャグセンスはやはり微妙に独りよがり。田中さんの「素の面白さ」の前には無力です。
しかし、まさかここで令和の女子高生による、バカボンのパパの最終学歴に端を発するギャグマンガ談義(バトル?)を見られるとは思いませんでした。哀花は「天才バカボン」を、また赤塚不二夫先生をこよなくリスペクトしています。それと同じく、作中に歴代のギャグマンガへのリスペクトを感じる部分も本作のステキなところです。
大丈夫!! そんなに否定しなくても面白いわ!!
これでいいのだ!!
ギャグは「すべてが正解」。あなたもそのままで面白い。そのままでいいんだよ哀花……!
早くそれに気付いてほしいような、気づかずそのままでいてほしいような。こじらせ美少女のいばら生い茂る「笑いの道」は続きます。
- 電子あり
眉目秀麗、学問優秀な少女・江萌井哀花はいつも憂いを帯びた表情をしている。当代一のギャグ作家を目指す彼女は、日々の生活から「面白さ」を見つけ出すという至上命題に、絶えに取り組んでいるからだ。重き“業”を自ら勝手に背負い出した少女による、観察型シニカルコメディ!!
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019
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