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連想ゲームのように知識がつながり、世界が広がる。『齋藤孝の大人の教養図鑑』
テレビなどでもおなじみの教育学者・齋藤孝による新刊は、題して「大人の教養図鑑」。まず「教養」とはなんだろうか? それを「図鑑」というかたちで紹介する書とは、一体どういうものか?
教養とは「学問、幅広い知識などを得ることで人間の精神を豊かにし、人格を養い育てていくこと、またその成果を指す」などといわれる。著者自身も、大学生のときに教養とは何かを考え抜いた結果、「人として成長していく、自己形成のプロセスであると思うようになった」と巻頭言で語っている。
私自身も、これまでの人生でいろんなものに触れて、新しい知識や価値観を得るたびに、自分の中に教養が地層のように積み重なっていくのを感じました。そうやって、人間としての深みや広がり、豊かさを与えてくれるのが教養だと感じています。
残念ながら「生きていくだけで精いっぱい」な昨今、人間の基本的生存においては必要のない要素として、教養は真っ先に切り捨てられがちである。コロナ禍において「不要不急」という言葉が広く世に定着してしまったことも拍車をかけているのかもしれない。だが、これは時流における浮き沈みのひとつで、いずれ揺り戻しはあるだろう。確実に「ないよりは、あったほうがいいもの」ではある。
本書は博覧強記の著者による、これさえ覚えておけば役に立つ基礎教養を集めたガイドブック……というわけではない。教養とは、そもそも損得勘定で得るものではなく、あらゆる事物から吸収・咀嚼・消化して自分のものにしなければ意味がない。だから本書が真っ先に伝えるのは、知識を得る=教養を身に着けるという活動自体のアトランダムな「楽しさ」である。
「デルフォイの神託」から始まり「日本の神々」にまで至る450超におよぶトピックを、本書では体系立てて杓子定規に並べていくのではなく、さながらしりとりのように「○○といえば△△」という連想形式で繋いでいくという、かなり野放図なスタイルがとられている。だから話題がどこへ飛んでいくかわからない読み物としての面白さがあるし、ひとつのジャンルに的を絞った専門書特有の堅苦しさや閉塞感もない。
たとえば「アインシュタイン」→「相対性理論」→「ブラックホール」というように誰もが納得するオーソドックスな繋ぎもあれば、「ベルリンの壁」→「進撃の巨人」→「我が子を食うサトゥルヌス」といった多様なジャンルを横断するものもあるし、「ディオニソス」→「ゾロアスター」→「フレディ・マーキュリー」のように思わず二度見してしまうページも頻発する。こうした繋ぎを可能にするのが教養(博識さ)であるともいえるだろう。中にはだいぶアクロバティックな連想もあったりして笑ってしまうが、そのユーモアも本書の魅力である。「トランスヒューマン」と「ニシオンデンザメ」が並び立つ見開きなど、なんともおかしい。
各トピックの大きなカラー図版と平易な解説文は、まさに図鑑ならではのビジュアルとしての楽しさと親しみやすさがあり、百科事典の大仰さや味気無さとは無縁だ。かといって、適当に作った雑学辞典のような俗っぽさや軽薄さもない。このバランスが本書の魅力である。
世界最古の文明とされる「シュメール文明」のトピックもあれば、新型コロナ対策で開発された「mRNAワクチン」も紹介される。このレンジの広さがうれしい。また、巻頭にはジャンル別索引のページもしっかり設けられており、気になる項目を拾い読みもできる親切設計である。多くの人は、すべてのジャンルの知識を完全に網羅しているわけではないと思うので、本書で初めて得る知識もあるだろう。また、知ってるつもりでも、実は正確には知らなかったこともあるかもしれない。たとえば個人的な発見で言うと、H・G・ウェルズの古典SF小説『宇宙戦争』の項。
1938年、アメリカの俳優オーソン・ウェルズが、『宇宙戦争』を脚色したラジオドラマを偽のニュース番組として放送。火星人の侵略と勘違いした何千人もの人々がパニックに陥ったと言われている。実際には当時のラジオ聴取者は少なく、動揺したのはごくわずかな人々だった。
さまざまな知識を授けてくれる本書だが、中には物足りないという読者も、もちろんいるだろう。これだけ膨大なトピック数を誇っても「あれがない、これがない」という意見はあるだろうし、あえて図鑑としての平易な書き方を選んでいるために「もっと詳しい記述がほしい」という要望が出てくるのも当然だ。中には「○○といえば△△よりも□□では?」という独自の連想ゲームを展開する読者もいるかもしれない。
それはそれで、本書の役割としては正しい。教養の旅は終わることがなく、その広大な海原は広がり続けている。本書はそんな旅路へ読者が分け入っていく、新たなきっかけになる1冊でもあるからだ。その「教養欲」を目覚めさせるためにも、さらにアクロバティックかつ多様性あふれる連想で楽しませてくれるシリーズ化を期待したい。
- 電子あり
齋藤孝氏が提案する「新時代の教養」! 200枚以上の写真、図版と300以上の問いから構成され、視覚とテキストの両面から読者に訴えかける、新しいスタイルの図鑑です。すべてのトピックは相互につながりを持ち、「プラトンといえば、アリストテレス」「アリストテレスといえば、アレキサンダー大王」、「葛飾北斎といえば、ジャポニズム」「ジャポニズムといえば、ゴッホ」というように、トピックからトピックを連想しながら読み進むことができ、いつの間にか多様なジャンルの様々な知識を学ぶことができます。
美術、文学、歴史、人類学、科学、21世紀の最新情報まで、様々なジャンルを縦横無尽に横断する盛りだくさんの教養図鑑です!
レビュアー
ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。
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