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ロシア・ウクライナ戦争を地政学の視点で説明すると? 地理的条件は世界をどう動かしてきたのか?
地政学とはなにか
地政学とは読んで字のごとく、国に備わった地形が政治に大きな影響力をもつという考え方のことです。
ロシアによるウクライナ侵攻は、地政学への関心を大きく高めました。なぜロシアは国際的な非難を浴びてまで、ウクライナを領有したがるのか。地政学的な視点をもとにすると、それに一応の答えをもたらすことができます。簡単に述べてみましょう。
ロシアは本当に古い時代から(帝政ロシアの時代から)領土的野心をあらわにしてきました。かの地は広大な北極海に面していますから海には困らないように思えますが、気温が低いため、冬になると海が凍結してしまうのです。
日本に住んでいれば理解しやすい事象かもしれません。北海道の知床は冬になると海が凍り、流氷が見られるようになります。美しいので観光資源になっていますが、港をつくることはできません。凍ってしまえば船が入ることはできないからです。
ウクライナは黒海に面し、凍らない港を持っています。ロシアとしてはどうしても欲しい地です。
日清・日露の両戦争は朝鮮半島を舞台にしていますが、これもロシアの「凍らない港が欲しい」という考えと無縁ではありません。朝鮮半島を領有するということは、凍らない港を手にすることとイコールだからです。日本としてはそんなところにロシアに来られては困ります。日本本土を守るために朝鮮半島を支配下に置く必要があり、朝鮮半島を防衛するために満州が必要だったと見ることも可能でしょう。
半藤一利さんが「日本の戦争の要因はすべて『ロシアがおっかない』だ」(修辞は筆者)と言っていましたが、言い得て妙と思います。
地政学とはごく簡単に言えば上のような論を展開するものです。
本書の執筆にあたって、あらためて「地政学」という文字が題名に入っている、近年に公刊された書籍を数十冊買いあさって渉猟してみた。カラフルな挿絵が数多く挿入されていたり、漫画の登場人物が会話をする形式であったり、趣向が凝らされていて、楽しめた。
地政学には、様々な引き出しがある。わかりやすい地図があって便利なもの、思い切った単純化を施して劇画化しているもの、詳細な国際情勢分析を施しているものなど、多様である。地政学の視点の魅力の一つは、地理的条件が国際情勢に影響を与えているという簡明なメッセージとともに、切り口の多様さでもあるだろう。その地政学が持つ懐の深さは、今後も維持されるべきだし、発展させていくべきだ。
だがちょっと待てよ。地政学ってそんな単純なもんじゃないぜ。本書の執筆動機はなによりそれだ。著者はそう語っています(修辞は筆者)。
地政学はともすれば、世界を単純化してわかったつもりになりがちです。粗雑な見解や解釈も多く見られます。
しかし、地政学を扱うならば、ひとつの考えに固執することは類型的思考に至ることであり、まったく異なる価値観が存在することも知らねばなりません。本書は、戦前の日本やナチスドイツが、ひとつの地政学を信奉したために大きな失敗を招いたことを指摘しています。
地政学をその誕生からひもとき、深くまで入って論を展開する本書は、地政学を題材とした書籍の決定版と呼べるものです。
ふたつの地政学
本書の冒頭、著者は次のように述べています。
地政学の視点が明らかにする国際紛争の構図は、どのようなものか。
本書はこの問いに取り組む。地政学の視点を用いて、国際政治情勢を見ていく。安全保障の分野に特に焦点をあてながら、地政学の視点が、どのような有用性を持っているのかも考える。そこで本書が特に重視するのは、異なる地政学の視点が映し出す世界観の違いである。
地政学には大きくわけて、「英米系地政学」と主としてドイツで発達した「大陸系地政学」、ふたつの潮流があります。これらは単なる学派の相違ではなく、その出発点から異なるまったく別の考え方です。ひとくちに「地政学」と言うと誤謬をふくむことが多いのは、まったく異なるふたつの考え方が存在し、それが国際紛争に発展することも多いからです。
戦中の日本が高らかに宣言した「大東亜共栄圏」という発想は、あきらかに大陸系地政学に基づくものです。しかし、日清・日露のふたつの戦争にからくも勝利することができたのは、日英同盟があったためでした。すなわち、そのころの日本は英米系地政学に近い考え方であったことがわかります(日英同盟は、英米系地政学の誕生に寄与しました)。
太平洋戦争/日中戦争の敗戦後、日本は米国に統治され、やがて強固な同盟関係を築くことになりますが、敗戦後の日本の再出発に英米系地政学が果たした役割はきわめて大きなものでした。すなわち、同じ国が、英米系→大陸系→英米系と変遷を遂げているわけです。本書はなぜその変遷があったのかを詳細に述べるとともに、近年大きな注目を集める中国の動向についても言及しています。
ウクライナ戦争も、ロシアの大陸系地政学を参照するならば、まったく別の視座を得ることができます。
プーチンが激怒したのは、アメリカが支援した民主化運動によってマイダン革命が起こったことだ。民主化支援は、アメリカ側から見ればロシアの勢力圏の切り崩しとは異なる事柄であっただろうが、他方において、プーチンにとっては、暗黙の合意に対する裏切り行為であった。そこでプーチンは、首都キーウがアメリカの勢力圏に入ったとみなし、代わりにクリミア併合と、東部地域の分離主義運動への軍事的加担を行ったのであった。
- 電子あり
そもそも「地政学」とは何か?
地理的条件は世界をどう動かしてきたのか?
「そもそも」「なぜ」から根本的に問いなおし、激動世界のしくみを深く読み解く「地政学入門」の決定版!
現代人の必須教養「地政学」の二つの世界観を理解することで、17世紀ヨーロッパの国際情勢から第二次大戦前後の日本、冷戦、ロシア・ウクライナ戦争まで、約500年間に起きた戦争の「構造を視る力」をゼロから身につける!
「一般に地政学と呼ばれているものには、二つの全く異なる伝統がある。『英米系地政学』と『大陸系地政学』と呼ばれている伝統だ。両者の相違は、一般には、二つの学派の違いのようなものだと説明される。しかし、両者は、地政学の中の学派的な相違というよりも、実はもっと大きな根源的な世界観の対立を示すものだ。しかもそれは政策面の違いにも行きつく。たとえば海を重視する英米系地政学は、分散的に存在する独立主体のネットワーク型の結びつきを重視する戦略に行きつく。陸を重視する大陸系地政学は、圏域思想をその特徴とし、影響が及ぶ範囲の確保と拡張にこだわる」――「はじめに」より
【本書のおもな内容】
●地政学は「学問分野」ではないという事実
●「英米系地政学」と「大陸系地政学」の決定的な違い
●地政学をめぐる争いは「人間の世界観」をめぐる争い
●ハートランド、シー・パワー、ランド・パワーとは?
●生存圏、パン・イデーン、ゲオポリティークとは?
●日英同盟が「マッキンダー理論」を生み出した
●なぜ戦後日本で地政学が“タブー視”されたのか?
●日米“シー・パワー”同盟が英米系地政学の命運を左右する
●冷戦終焉をめぐる視点――「歴史の終わり」と「文明の衝突」
●地政学はロシア・ウクライナ戦争をどう説明するのか?
●中国とは何か? 「一帯一路」とは何か?
●私たちはどんな時代に生きているのか?
【目次】
はじめに 地政学の視点と激変する世界情勢
第1部 地政学とは何か
第2部 地政学から見た戦争の歴史
第3部 地政学から見た日本の戦争
第4部 地政学から見た現代世界の戦争
おわりに 地政学という紛争分析の視点
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/
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