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戦国の主役は大名でも武将でもない。時代を動かした庶民の生存戦略とは?
(著:高木 久史)
抑圧されるだけの庶民?
時は戦国、群雄割拠の時代。相次ぐ戦乱に荒廃する農村。
「お侍様、おねげぇしますだ。この米を持っていかれたら、オラたち生きていけねぇだ」
地面に頭を擦り付ける農民をみて、「みんなが笑って暮らせる世の中をつくる」と決意する若き日の英雄。
キリッ!
「はい、それ本当ですか?」と、著者は疑問を投げかけます。
支配は、服従する側が「服従する」ことを選択するから成り立つ。映画『仁義なき戦い』(東映、一九七三年)で、松方弘樹演じるヤクザが金子信雄演じる狡猾だが気量の小さい親分に対し「あんた、はじめからワシら担いどるミコシじゃないの(中略)ミコシがかってに歩けるいうんなら歩いてみいや。ワシらのいう通りにしとってくれたら、ワシらも黙って担ぐが」と詰め寄るシーンは、その原理を的確に表現する。戦国日本の庶民と英雄たちとの関係も同じだ。「お前になら服従してやってもいい」と決めるのは庶民である。庶民は、ただ受け身だったのではなく、主体的に生きている。
と、本書の「はじめに」の一節を読んで、俄然“前のめり”になりました。
この本は「戦国日本の社会システムと生態系とを包括的にとらえ、その系の中で庶民がとった生存戦略を考える」ことを目的にしている。……難しい。噛み砕くとこうです。
「オラたち生きていけねぇだ」と絶望しないための、戦国時代の庶民のポートフォリオを探る。
投資でいうポートフォリオとは、株や投資信託などの金融商品の組み合わせ(さまざまなリスクを考慮し、その内容が決定される)ですが、ここでいうポートフォリオとは生業(生きるためのナリワイ)を指します。戦国時代の庶民は、田を耕すことだけで生きていたわけではなく、いろんな生業を持ち、実に多彩な活動を行っていました。その実態を、著者はまるでアリの生態を虫眼鏡で観察するように、残された記録から読み解いていくのです。観察場所は越前国の極西部(現在の福井市南西部、越前市西部、南越前町海岸部など)、支配者は朝倉家~柴田勝家の時代です。
「名もなき人びと」が歴史を作る
越前国の極西部はほとんどが山。平地が少なく雪深い自然地理環境に加えて戦争が続き、人が生物種として生きるには厳しい時代なのですが、それでも庶民は生きていかなければならない。そのために庶民がとった、生存戦略とは? 著者は、そんな庶民の姿を内陸部、海岸部、内陸部の工業(越前焼)、流通の4つに焦点を当て、明らかにしていきます。
たとえば内陸部では、庶民は田を耕しつつ、自然からさまざまなものを採取していました。そのためには積極的に自然環境に介入し、何世代にもわたって作り変えていたのです。現在、私たちは「自然が残る、いい里山ですねぇ」なんて呑気なこと言いますが、それはかつての庶民が生きるために「必死こいて」作り上げた、いわば人間化された生態系なのです。特に山の木は建築材、皿や腕など加工品のマテリアルとして、またこの地では生き死にに関わる燃材(バイオマスエネルギー)として重要。それは“自然との共生”といった生やさしいものではなかったようです。
たとえば地域領主である寺が木の無断伐採を禁じた記録から、著者はこう読み解きます。木を伐採するなと禁じたということは、裏を返すと切ったやつがいたのだと。それも結構頻繁に。信仰の対象で修行を行う山で、聖域の木を切る! 「仏罰なんか怖くねぇ。やっちまえ!」という庶民の声が聞こえてきそうじゃないですか。
また納税一覧からは、庶民がどんな財を生産していたかがわかります。漆、ススキ、木製品(まな板からシャベルまで)、漆器、燃材に木炭、柿にヤマノイモ(スイーツだったらしい)と、その品目は驚くほど幅広い。そのことは庶民が米を作りながら、木製品の生産技術を持ち、自然地理環境から得られるものを採取し、さまざまな生業を持って複合的に生産したことを示しています。同時に税を払うことで、支配者から山での活動が限定的でも認められてもいた。いざとなれば、伐採禁止区域でも木を切った。搾取されっぱなしの庶民ではないのです。
さらに戦時には、斧を持参して工兵として参加する労働奉仕も求められています。しかも庶民は一方的に駆り出されたのではなく、参加すれば納税免除の見返りがあり、行政権力とギブアンドテイクの関係にあったのです。
信長や秀吉など英雄たちが「新しい世の中」をつくるために行ったとされるさまざまな政策やドンパチやった戦争は、結局のところ、庶民がそれに従ってくれたからこそ成り立っており、また、庶民が生業を営む中で生産し供給するさまざまな財やサービスを消費することで成り立っていた。
もう一点、山間部集落イコール閉鎖的という勝手なイメージを覆(くつがえ)す事実が見えてきます。実は、内陸部の庶民と海岸部の庶民は、それぞれが生業を営むにあたり、お互いの存在を必要としていたのです。彼らを結びつけたものは何か? それは生命を維持するために必要不可欠な塩。製塩は海岸部でしか行えないが、塩を作るには大量の燃材が必要で、それを内陸部が供給していました。内陸部の庶民も海岸部の庶民も外の世界に積極的に関わり合い、市場に応じて生産する財を選択し、生業に組み込んでいたのです。さらに海岸部で獲れた魚の加工品、内陸部の窯業、水運・陸運など流通に関わる庶民とも密接に関わり合ってもいた。なんとなく「この時代の人は自給自足の生活していた」なんて思っているかもしれませんが、そんな閉じられた世界では生きていないのです。戦国時代の庶民の生きるパワーを舐(な)めてはいけません!
織田信長たち歴史上の著名人以外を指して「名もなき人びと」と表現する向きがある。失礼だ。名はある。記録が残りにくいだけだ。
本書は、「名を語る記録が残らなかった人たちが、どう生きていたのか?」をイキイキとつまびらかにします。そこに見るのは、さまざまな生業をもち、外の社会と積極的に関わり合い、たくましく生きる姿。たとえば「あなたの生業は?」と聞かれて、「サラリーマンです」と答える現代人と、「農民で、木地師で、林業に携わり、ときどき工兵もやるよ」という戦国時代の庶民、どちらが変動する社会に対してリスクヘッジがかかっているでしょう。専業だけで生きられる時代なんて、実はほんの少し前に始まったもので、今後も約束された社会ではありません。戦国時代の庶民の生業ポートフォリオは、これからの社会を生きる知恵に満ちているのではないでしょうか。
- 電子あり
戦国時代の主役は大名でも武将でもない!
ヒトとモノのエコシステム=生態系が、中世日本のダイナミックな変動を生み出した!
戦乱が多発したのみならず、寒冷化という気候変動もあって、当時の列島は生物種としてのヒトにとって、きわめて生存が厳しい環境であった。
そのような「戦場」を、庶民たちはどのようにしてサバイバルし、時代を動かしたのか?
本書は、戦国日本とはいかなる時代であったのかという問いに対し、庶民の主体的な行動が歴史の動因であったことに注目して、ひとつの答えを示そうという試みである。
海・山の動植物が織りなす生態系と、そこから恵みを得て生活を営む人々の社会システムを一つの系としてとらえ、戦国の動因を描き出す、斬新な〈生態学的アプローチ〉による中世史像!
【本書より】
考えてみれば、信長や秀吉など英雄たちが「新しい世の中」をつくるために行ったとされるさまざまな政策やドンパチやった戦争は、結局のところ、庶民がそれに従ってくれたからこそ成り立っており、また、庶民が生業を営む中で生産し供給するさまざまな財やサービスを消費することで成り立っていた。徴税は庶民が納税してくれるからこそ可能だし、戦争は庶民が食糧や武器などを生産し供給してくれるからこそ可能である。
【主な内容】
はじめに たくさんの「久三郎たち」の歴史
序章 生存戦略、生態系、生業――越前国極西部
第一章 山森林の恵みと生業ポートフォリオ――越知山
山森林の生態系の恵みと多様な生産/資源分配をめぐるせめぎあい/柴田勝家と森林史の近世化
第二章 「海あり山村」の生存戦略――越前海岸
生業は海岸部だけで完結しているか/海の生態系のさまざまな恵みと技術革新/行政権力が生業技術を求める
第三章 工業も生態系の恵み――越前焼
大量生産化と資源分配―考古学的知見が語る生産戦略/売る、組織整備、新アイテム――記録が語る生産戦略と近世への助走
第四章 戦国ロジスティクス――干飯浦と西街道敦賀
馬借たちの生存戦略と競争/水運業者たちの生存戦略と広域的な経済構造
終章 「久三郎たち」の歴史、ふたたび
凡例
参考文献
注
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。
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