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原著累計100万部突破の傑作ミステリをコミックリメイク。凄惨な殺人事件の開幕
(原作:綾辻 行人 漫画:清原 紘)
傑作『十角館の殺人』
綾辻行人の『十角館の殺人』がマンガになるという話を聞いたとき、とてもうれしく思ったことを覚えています。
『十角館の殺人』は日本が世界に誇るミステリの傑作です。ホームズものやクリスティの手になる一連の作品のように、多くの人が親しむべきものです。
日本の小説はすげえんだぞ!
自分は常々、そう言いたいと思っています。その主張を通すためには、なにより多くの人に「日本の小説」を知ってもらわなければなりません。コミカライズはその絶好の機会を与えてくれることでしょう。
ミステリはこんなふうにも楽しめる
強い違和感が襲ってきたのは、それからしばらくしてからのことです。
「あれっ?」
思わずそう叫んでしまったことを覚えています。
『十角館の殺人』のトリックは、安易にドラマ化できるようなものではありません。すくなくとも、自分のおぼろげな記憶ではそうなっていました。
「『十角館の殺人』って、コミカライズ不能じゃなかったか?」
大昔に読んだ原作小説をもう一度手にとってみました。自分が記憶ちがいをしているのではないことを確認したかったのです。
そのうえであらためて、本書に接しました。つまり、犯人もトリックもすべてわかった状態で接したのです。
「おおお、なるほど!」
誇張ではなく感動しました。すげえ、と思いました。やったな、と思いました。考案したのが作者の清原紘先生なのか編集者なのかは知らないが、どえらい方法を考えついたものです。
あまり言うとネタバレになりますからこのぐらいでやめておきますが――これはこの作品だから、清原先生だから成立する表現です。ほかの作家では不可能だと断じていいでしょう。
今後がとても楽しみになりました。
こんな描き方もあると知ったからです。
これはミステリの新しい楽しみ方である。
そう語っても、言い過ぎにはならないでしょう。
ミステリとリアリティ
原作小説の『十角館の殺人』が出版された当時、この作品ないしは似た表現をとる作品を否定する人が多くありました。
『十角館の殺人』は、無人島に天才建築家が建てた奇怪な洋館があり、そこで連続殺人が起こるという話なのですが、そんな話、現実にあるはずがありません。
千鳥の大悟さんは自分が瀬戸内海の島の出身であり、島で成長したことをよくネタにします。しかし、彼は断じて孤独な子ども時代を過ごしたわけではありません。島には学校があったし、学友もありました。本土の子どもと同じ教科書で同じことを学習し、同じテレビ番組を見て成長したのです。
島とはそういう環境であり、そうでなければ満潮時には海に沈んでしまうような、生活の基盤にはならないような土地であることが多くなっています。奇妙な形をした洋館が建った無人島なんてないし、そこが連続殺人の舞台になるなんてまず、ありません。
殺人にリアリティを求めるならば、そんな話はあり得ません。基本的に犯人は、現場に言い逃れできない証拠を残すものです。もしそうでなければ、そこには政治家や高級官僚、大企業重役など、「権力」が関わっている可能性が高くなります。リアリティを追及するならば、ここを描くべきである。これがいわゆる「社会派」という立場です。
『十角館の殺人』はその意見にたいするカウンターとして世に出た作品でした。マンガにもほぼそのまま引用されていますが、あるキャラクターはこう語っています。
「願い下げだ」
誤解を怖れずに言うならば、『十角館の殺人』そして「新本格」と呼ばれるジャンルは、「ミステリとはファンタジーである」と認めるところからスタートしたのです。
(個人的には、現代に「社会派」が存在する場所がほとんどないことに危機感をおぼえています)
本書、コミック版『十角館の殺人』は、原作小説より、さらにファンタジー色が濃くなっています。島に集った殺人被害者の顔ぶれを見てください。これ、みな同じサークルのメンバーですよ? こんな美男美女ばっかりのサークル、あるはずないでしょう? 孤島の連続殺人のほうがずっとリアリティがあるよ。
とはいえ、ここにツッコミを入れるのは不粋というものです。
むしろ、この作品には原作小説とはまったくプロフィールが異なる人物が登場していることに着目すべきでしょう。
自分はこの改変、大賛成です。
読む楽しみが増えました。わくわくします。
これこそ、ミステリがもたらしてくれる感情の最たるものでしょう。
犯人やトリックを知っているひねた読者にも、この感情を抱かせることはできる。この作品は、それをハッキリ示しています。
- 電子あり
孤島に建つ十角形の奇妙な館を、大学のミステリ研に所属する7人が訪ねる。この館を設計した中村青司は、半年前に謎の焼死を遂げていた。そして、凄惨な殺人劇が、幕を開ける――。
第22回日本ミステリー文学大賞受賞の綾辻行人と、美しさの中に影がある絵でイラストレーターとしても活躍する清原紘がタッグを組んで贈る、本格ミステリの金字塔をもとにした「コミックリメイク」!
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/
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