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「一つの戦争が終わって十年以上たつと、昔の事はわすれてしまってまた戦争を始める。が、私は二度と戦争に行くのはいやである。これは戦争を体験した人のいつわらざる本心であると思う」

2015.08.17
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一兵士として南方戦線ニューブリテン島で過酷な体験をした水木さんですが、この作品は一兵卒の視点だけではなく、下士官、士官の挿話や指揮官(将軍たち)の視点も含めて多層的に太平洋戦争を描いたことにあるように思います。
7話にわたって描かれた「決戦レイテ湾」に司令官栗田中将の独白があります。
「損害は問題ではないが、敵の一を沈めて我の十を失うが如き、連合艦隊の名折れを、責任深き司令長官が冒して申し訳が立つか? 単に大本営の命令だからといって、一〇〇%必敗の戦場に突入して行って、何の戦果もあげないで、徒に一万二〇〇〇の部下を殺すようなことはできない。「突入せよ」という大本営(天皇)の命令だから、突入すれば司令長官として充分責任を果たしたことになる(大勲位元帥にはなれる)。だが、栗田はそのような人物ではなかった。自分はどうでもよい。ここで犬死に一番、部下を救ってやろうと決意した」

謎の反転といわれているレイテ海戦での栗田艦隊の行動をこう水木さんは記しています。戦後多くを語らず、自宅で筆耕の内職を行っていたそうですが(亀井宏さんの『ミッドウェー戦記』にも記されていたように思います)その胸中にあったものは“兵士の死”とは何かという問いかけだったように思います。(これは水木さんの想像した栗田さんなのかも知れませんが……)

この作品は「印度洋作戦」「ミッドウェー作戦」「珊瑚海大海戦」から上記の「決戦レイテ湾」さらに「人間魚雷回天」までと本帝国海軍の興亡史を作戦のありようと、その中でいきた将兵の姿を描いた大長編です。それは大胆なフィクションとできる限り知り得た当時の史料に基づいた一大絵巻とでもいっていいように思います。

貸本漫画として描かれたものに水木さんの体験記や取材記、さまざまな史料を加えて編集されたこの一冊、本格的な戦記ものといっていいのではないでしょうか。
けれどこの作品の根底にある“兵士の死”というものを決して手放さなかったことは、この本(下巻)のあとがきに引用された水木さんの言葉
「秋の叙勲で旭日小綬章をもらった。ぼくは名誉なことだとは思うが、生きたくてたまらなかったのに戦争で無念に死んだ人たちにあげたい」
ということにもあらわれているように思います。
水木さんは戦争という愚行の中で、犠牲心や名誉という偽りに翻弄されたもの、その偽善に気づいたもの、それぞれの生き方を見つめながら描いているように思えるのです。

大日本帝国の勲章のユーモラスな紹介から始まり、運命に翻弄される将兵の姿が描き出されています。雄壮とも悲壮とも呼ぶ人が後を絶たない彼らの姿ですが、それは決してくり返してはならない雄壮さであり悲壮さなのです。
「人間ばかりではなく動物には斗争本能というものがあり、一つの戦争が終わって十年以上たつと、昔の事はわすれてしまってまた戦争を始める。大昔からくりかえされた年中行事のようなものであるが、私は二度と戦争に行くのはいやである。これは戦争を体験した人のいつわらざる本心であると思う」

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