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血で血を洗う物流抗争!? 社会問題化する過酷な配送業界と5人の女の物語

花松と5人の女
(著:佐藤 啓)
2020.03.24
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不思議な余韻が残る作品です。主人公は多くを語らず、有言実行。義理を重んじ、体を張ってまで筋を通す。
そんな昭和という時代とともに失われてしまったかに思えた男の中の男が、ここにいました。

伝説の鉄砲玉「唐獅子(からじし)の修治」こと花松修治は、15年の刑期を終えて出所すると、極道の世界とは手を切り配送業に身を転じます。
過酷な業務内容に初日で転職を考えた花松ですが、ひょんなことからやりがいを感じ、この仕事に没頭していくことに。
そこで出会う5人の女たちと花松とのふとした触れ合いが描かれるのですが、私が一番グッと来たのは、「かくも長き不在の女」。

いつも留守で何度も不在票を受け取っておきながら、「出かけるところだからお店に再配達して」と言うクラブで働く山城鈴香。

花松は、見て見ぬ振りができないというか、自ら厄介ごとに足を踏み入れてしまうタイプのようで、配送先の店では思わず……。

 

        

これを見て、あの昭和の大スターを思い出さない人はいないでしょう。
そう、その人の名は高倉健。
健さんと言えば、任侠(にんきょう)映画で不動の地位を築いた後、『幸せの黄色いハンカチ』『遥かなる山の呼び声』などの映画で、影のある寡黙な男を演じ、CMでは「不器用ですから……」というセリフが流行りました。
花松の「自分…配送員ですから」は、高倉健さんへのオマージュとしか思えない!!

数年前、浅草の場末の映画館で観た『昭和残侠伝』の健さんも、卑劣な相手を見過ごすことができず、命がけで落とし前をつけに行くのですが、この花松修治も命賭けで筋を通そうとします。

何もここまでしなくても……と思う反面、生きるということに腹をくくり、覚悟を持った男の美学を感じます。

さらにこの作品の面白さは、知られざる配送業界の裏側も描いているところです。
これを読むまで全く知らなかったのですが、この話に出て来る「再配達になる率」は、都市部で16%(2018年)。
全国のドライバー9万人の1年分の再配達時間を足し合わせると、約1.8億時間。あまりにも天文学的な数字に実感すら湧かないのですが、配送単価は一律120円、持ち帰れば0円!!

そして、もし駐車違反の反則金を取られたら1日分の労働が無駄になる可能性があると知り、配送のお兄さんが冬でも半袖で走っているのは、そういうことだったのかと納得してしまいました。

もう1つ、この『花松と5人の女』には、高倉健さんだけてなく、名作映画へのオマージュが散りばめられています。
第1話のタイトル『仁義なき配送』は、深作欣二監督、菅原文太主演の『仁義なき戦い』だし、『その女、クレーマーにつき』は、北野武監督作品『その男、凶暴につき』。『荷物配達は二度ベルを鳴らす』は『郵便配達は二度ベルを鳴らす』から来ています。

そして、花松が殺めた組長の名前と墓参りで偶然出会う未亡人、さらには花松が使っていた偽名は、『昭和残侠伝 唐獅子牡丹』の健さんの役名と同じ!!
改めて読み直すと、花松の呼び名も「唐獅子の修治」。
やられた!! 
背負った罪の深さのせいか、いつも感情を封じ込めた仏頂面で、決して多くを語らない花松ですが、セリフの先にある余韻をぜひ感じ取って欲しい作品だと思いました。

  • 電子あり
『花松と5人の女』書影
著:佐藤 啓

極道から足を洗い、配送業に身を投じることになった男・花松。寡黙で不器用な花松は、自らに降りかかる不条理には一切の反抗もせず、黙々と過酷な配送の仕事をこなしていく。だが、哀しき女の涙を見れば、見過ごせないのが男道。時に命を懸けながら「本当に大切なもの」を運ぶ、仁義なき配送が今始まる――。社会問題化する「過酷な配送業界」を舞台に、魂震える5人の女の物語を紡ぎ出す衝撃作!

レビュアー

黒田順子

「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。

公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp

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