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行き場も金もない自殺志願男とセレブ妻。二人を結びつけたのは蟹──!?

雪女と蟹を食う(1)
(著:Gino0808)
2019.07.02
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蟹を食べてほしいような、ほしくないような

「好きな男のタイプは?」という話題が不得意すぎる。いくら考えても霧の中だし、気の利いた答えも出てこない。なのに「好きでないタイプ」は無限に挙げることができる。

無精髭の男。



「どーせ」と言う男。



自殺願望のある男。



そして欲望を抱いた女に母性も見てしまう男。



ぜんぶ好きじゃない。各要素ごとに3時間ずつ悪口を言える。そんななのに、この男の、この計画にはちょっと泣けてくる。



弾むような蟹の身にむしゃぶりついてほしい。ただ、彼が本当に蟹にありつけるのか不安でしょうがない。だって、蟹を食べてほしいような、ほしくないような。そういう駄々をこねたくなるのだ。題名は『雪女と蟹を食う』。「ロードムービー」より「道行き」という言葉が似合うマンガだ。

夏は嫌な予感がする

物語は、真夏のある日、主人公の“男”が自殺を試みるところから始まります。



なんとなく死にそびれ、だらだらとテレビを眺めていたら「俺、今まで蟹を食べたことないぞ!?」と気づきます。食べなよ、元気が出るかもしれないし……とか思ってたら、お金がない。蟹の美味しい北海道への旅費も蟹代もない。どん詰まり。

しょうがないので図書館で会ったセレブ妻“雪枝彩女”さんの家に強盗に入ります。どん詰まりプラス行き当たりばったり。ところがこのセレブ妻が曲者で。



1.3カラットくらいの傷ひとつないダイヤを右手の人差し指になんとなーくつけているような美人。この高価そうな指輪の収まる位置が左手の薬指じゃないあたりにドスの効いた雰囲気が出ている。



強盗に入った男に対してこんなことをスラスラと言い、



事後はこうです。被害者オーラがゼロ。



挙げ句の果てには男の蟹計画にノリノリで参加することに。かくして強盗犯と被害者の奇妙な道行きが始まります。誰かに追われているわけでもなく、ごはん(蟹)を食べに行くだけなのに、なんなんだろう、この逃避行っぽさは。蟹が何かのメタファーに思えてしょうがない。

男が夢見る雪女

北海道に向かう最中、ふたりは日本のあちこちに寄り道します。



底がしれない女からの楽しいご提案と、その女に翻弄される男。事あるごとに男性読者が「終わらないでくれ……!」と祈る姿が目に浮かぶ。なぜなら、雪枝さんのドリームっぷりがすごいのだ。



夜は愛らしく誘惑し、



昼は男が本当に食べたいものを理解し、用意している。オーダー時に「アナタは湯葉なんて上品で淡白なお料理は好きじゃないはずだからおやめなさい」なんて言わず、あとで優しくうな重と交換してくれるんです。「女にこう行動してほしいなあ」と願うままに描くと雪枝さんが出来上がる気がする。



そして“男”も夢の存在だと思う。できるものなら彼のように生きたい人は少なくない気がする。精悍な肉体を持ちつつ、マッチョな価値観とは反対側の住人です。自分の本名は明かさず("北"と言う偽名を使います)、不運な人生に唾を吐き、やさしい女に甘やかされ、強盗犯なのに凶悪になりきれず、死にたいけれどビールは超おいしくて、蟹にあこがれる……。ただの悪人よりずっと危うい。だからなんだろうか、この2人の道行きは妙に心地いい。



でも夏休みは終わってしまうもの。日差しにさらされた小さな氷のようにあっという間に消えてしまう。やがてふたりは北海道に辿り着くはずです。蟹を食べつくして「ごちそうさま」と手を合わせたあとの風景は? 男と私はそれを恐れている。

男の前ではいつも優しくひんやり微笑む雪枝さんはどんな表情になるのだろう。それが一番こわい。

※特設ページはこちら⇒https://yanmaga.jp/c/yukionnatokani

  • 電子あり
『雪女と蟹を食う(1)』書影
著:Gino0808

金も行き場もない男・北は、自殺を図るが、どうしてもあと一歩が踏み出せずにいた。ある日、テレビのグルメ番組を観て、「人生最後の日は北海道で蟹を食べたい」と思い立ち、強盗を決意する。高級住宅に押し入り、人妻に金を要求するが、彼女の行動は、全く予期せぬものだった――。

レビュアー

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花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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