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【SNSで大反響】100m全力疾走に人生全てをかけた少年の日々。『ひゃくえむ。』

ひゃくえむ。(1)
(著:魚豊)
2019.06.22
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猛烈に買って配りたい

むかし、ある人がイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」のレコードを大量に買い、自主的に周りの人たちへ配っていたという逸話を聞いたことがある。イーグルスのメンバーでもないのに、だ。「これは良い」と感動したファンが取る行動のなかでもだいぶ猛烈な部類のふるまいだと思う。『ひゃくえむ。』をどう紹介しようかと考えながら、どうしても頭から消えなかったのは、買い込んで勝手に配りまくる自分の姿だった。親切ではない。凶暴なおすそ分けだ。

本作を説明するうえで「100m走の漫画」という表現はピタッと隙間なく適切に吸い付く。そしてこの「適切さ」の意味を考えるとゾクゾクしてくる。あー、読むたびに喉の奥から這い出てくる"これ"はなんなのか。



今も昔も走るのは好きじゃない。オリンピックのチケットだって申し込んでない。でもこの煮えたぎる何かを私は知っていて、見入ってしまう。この猛々しさがちょっと怖い。だから配りたい。

生まれつき足が速かった。

主人公の"トガシ"は100m走で全国一の小学6年生。



自分でもよくわからないまま生まれつき足が速いトガシは、その事実だけで学校生活における快適な一等地にフルアクセスできる男子です。そりゃそのはずで、小学校ではリレーのアンカーってだけでもイケてる存在なのに、トガシは日本最強。小6にして既に人生はピカピカ。

そんなトガシの前に現れたのが転校生"小宮"くん。



初登場から1分後には即いじめがスタートするような内気な男子。トガシとは正反対の存在に見える小宮くんですが、トガシとの接点があります。それが「走ること」でした。

100mだけ、誰よりも速ければ

が、本当にただの「点」なんですよ。お互いが見ている景色は別物。かたや100m走のスターで人生楽勝なトガシに対し、小宮くんはというと。



ここを読んだ人全員がトガシみたいな顔になったと思う。不穏すぎる。



小宮くん、それ、9%の酎ハイで日々の辛さを押し流す中年と同じだ。しかも足が速いわけでもなく、むしろヘタクソ。いたたまれない。




頭から爪先までネガティヴに包まれた小宮くんにトガシは思わず「ある秘訣」を口にしてしまいます。



「100mを一番速く走る」メリットと、そうなるためのコツを、トガシは小宮くんに丁寧に教えることに。はちゃめちゃに頑張る小宮くん。……こうして「天才vs.秀才」の素地は整うのですが、このあたりから本作の魅惑的な化け物っぽさが立ち上がってきます。

これは得とかじゃない

私はいま何を読んでいるんだろう。いじめられっ子の奮闘記?



そうだと思った。でも違った。



いつの間にかこの不穏な空気がブスブスと並走してるんですよ。

ほどなくして小宮くんはメリットを問わない世界に吸い込まれてゆきます。



そして、トガシも変わってしまいます。



生まれて初めて敗北を意識し、恐れ、人生のフリーパスのように扱ってきた自分の才能に追い込まれることに。

そう、『ひゃくえむ。』では、教室ドラマのカタルシスも、天才の焦りも、秀才の狂気も、すべて強烈な圧で描かれるのに、いつまでたっても「100mを一番速く走る」というただ一点にまつわる呪いのような物語にフォーカスが合い続けて、その一点から全方向に向かって熱線が飛んでくるんですよ。



全方向なのでこの先どうなるのか全くわからず「熱い」だけがわかる。この狂いっぷりが紙やインクの匂いと相性がとてもいい。なんと5ヵ月連続で刊行されるらしい。引きずり回されたい。丸焦げになる準備はできてます。

  • 電子あり
『ひゃくえむ。(1)』書影
著:魚豊

俺はトガシ。生まれつき足が速かった。だから、100m走は全国1位だった。「友達」も「居場所」も、“それ”で手に入れた。しかし小6の秋、初めて敗北の恐怖を知った。そして同時に味わった。本気の高揚と昂奮を──。100mの全力疾走。時間にすれば十数秒。だがそこには、人生全てを懸けるだけの“熱”があった。

レビュアー

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花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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