今日のおすすめ

万世一系はいかに維持されたのか? 125代にわたって続く天皇制の転換点

院政 天皇と上皇の日本史
(著:本郷 恵子)
2019.06.20
  • facebook
  • twitter
  • 自分メモ
自分メモ
気になった本やコミックの情報を自分に送れます

天皇がつくった歴史

外国旅行をすると、ある事実に気づきます。
日本はとても特殊な国だということです。似た国は世界のどこにもありません。
これは、手塚治虫も遺作『グリンゴ』で主張していたことでした。

その特殊性のもっとも大きな要因のひとつが、日本には信じがたいほど長い長い歴史があるということです。

これほど長い歴史をがある国は、そうそうありません。
アメリカは250年に満たない短い歴史しか持たない新しい国です。中国は4000年といわれますが、土地に冠せられた形容で、国に対するものではありません。空前絶後の世界帝国の中心だった元はモンゴル人の、皇帝統治の完成形といえる清は女真族(満州人)の王朝です。秦や漢や唐はむろんのこと、現在の中華人民共和国ともまったく別の国です。一緒にするなと言って怒る漢人さえあります。あそこ、国はぜんぜんつながってないんだよ。

たいして、日本は長い歴史を持つひとつの国として存続してきました。そう主張することが可能なのは、万世一系とうたわれることも多い天皇家が存続してきたからです。

なぜ日本にそれが可能だったのか。
著者はこう分析しています。

神話時代は除くとしても、日本の天皇家は少なくとも千数百年にわたって、一二五代という皇位継承を実現してきた。これが可能だったのは、「天皇」の運用が非常に柔軟だったからだといえるだろう。(中略)それは時代の政治状況に応じてかなり大きな幅をもって運用することができた。ほとんど場当たり的と言ってよい。

「天皇」運用の柔軟性がもっとも端的に表れたのが、院(上皇、出家した場合は法皇)が権力の多くを掌握する院政という政治形態です。

天皇から日本史を考える

本書は、院政がなぜ生まれ、なぜ発達したのかを軸に、平安時代から現代までの「天皇」の歴史を追っていきます。

院政がもっともさかんにおこなわれたのは、その名も院政期と呼ばれる平安後期~鎌倉初期(『平家物語』に描かれた時代)です。
源氏による平家追討の戦に院がからまなかったことはないし、源義仲と義経の……つまりイトコ同士の争いでさえ、院が関わっています。言い換えればこの時代のできごとのほとんどは、院政が生み出しているのです。

しかし、鎌倉時代の開始とともに、院は話題にあがることが少なくなっていきます。院政が終わったわけではありません。譲位という制度も、院という存在も、明治維新まで存続していました。南北朝の争乱の淵源のひとつも、院と天皇、権力をどちらにおくか決定する必要がある、という事情から生まれています。

わたしたちの多くは、そうした事実を知りません。当然といえば当然のことです。徳川家康とときの天皇(後水尾天皇)、日本の歴史を知るうえでどちらが重要か、火を見るより明らかです。

だが、だからこそ見えなくなってしまうことが多くあります。
本書は、院政が生まれる前の時代から天皇を概観し、天皇の歴史を追いかける形で、日本の歴史を再構築しようとするたいへん画期的な本です。

わたしたちは摂関政治と源平合戦を、連続した相としてとらえることが難しくなっています。しかし、これも天皇をとおして見ることで、ひとつのつながりとして眺めることが可能になるのです。
同様に、断絶したものとして判断することに慣れてしまっている江戸時代後期と明治時代を、ひとつのつらなりとして見ることもできます。時間はつながっているのだから、そちらのほうが本然の姿に近いと言えるでしょう。

天皇から現代日本を考える

現在、わたしたちは天皇について、真剣に考えねばならない時期に来ています。

後宮が廃止された以上、天皇家はなんらかの変革を経ずには存続しえません。現在のかたちは早々に立ちゆかなくなるでしょう。

著者は「なりゆきにまかせる」という判断もあると語っています。しかし、それは「なりゆきにまかせる」という意志の産物です。

天皇制そのものについて考え抜き、進むべき方向を定めることは、何らかの痛みをもたらす営為となるだろう。国民国家概念だけでなく「母国」という枠組みまでを更新する、あるいは崩すことにつながるかもしれない。私たちは、千数百年のあいだ懸案となっていた課題に挑むことを求められているのだ。

日本という国のかたち、グランドデザインをどう描くべきなのか。天皇ひいては日本の歴史について考えることは、必ずそこにつながってきます。本書は、その格好の参考書になることでしょう。

その過程で、かまびすしく「日本の伝統」を語る人に出会うこともあるでしょう。しかし、本書の読者ならばわかるはずです。その人が語る伝統が本当に伝統かどうか。伝統とされているものの中には、明治以降に生まれた(正確には、生み出された)底の浅いものがかなりあります。
伝統ってけっこう、無知と不勉強の証だったりするのです。それを知るためにも、本書は重要な役割を果たすでしょう。

あーそれと、著者は本郷和人先生の奥様です。
日本史が好きな人は、本書から夫婦の相違を読み取ってもおもしろいかもしれませんね。

  • 電子あり
『院政 天皇と上皇の日本史』書影
著:本郷 恵子

125代にわたって続く天皇制。その「天皇」の運用において、最も画期的だったのが「院政」の開始だった「万世一系」とうたわれる血統の再生産は、いかにして維持されてきたのか、それを支えてきた組織や財政の仕組み、社会の構造がどのようなものだったのか。「天皇制」の変遷から、日本の歴史を読み解く。

本年4月30日、江戸時代の光格上皇以来、約200年振りに天皇が退位し、「上皇」の名称が復活することになりました。これは憲政史上、および一世一元の制が定められた明治以降初めてのことになります。
神話時代は除くとしても、日本の天皇家は少なくとも千数百年にわたって、125代という皇位継承を実現してきました。これが可能だったのは、「天皇」の運用が非常に柔軟だったからでした。天皇不在で皇太子が政務をとった時期もありましたし、女性天皇や幼帝が位につく場合もありました。また天皇は終身の地位ではなく、譲位も頻繁に行われていました。
天皇の地位が日本の頂点に置かれていたことは間違いないとしても、時代の政治状況に応じてかなり大きな幅をもって運用することができていたのです。いえむしろその運用のさまは、ほとんど場当たり的といってもよいほどです。

その「天皇」の運用において、最も画期的だったのが、おそらく「院政」の開始でした。古代以来の制度である太政官制を保持したまま、速やかな政治的判断と断固たる政治的決断を可能とする回路を作り出し、新しい時代を開いたのが、この院政という方式だったのです。天皇の父であることを根拠に権力を掌握した「院」=上皇のもとに、日本のさまざまな場所で胎動していたエネルギーが引き寄せられ、大きなうねりとなったなり、中世という、新しい時代を開いたのです。
本書では、「院政」という政治方式をを通して、「万世一系」とうたわれる血統の再生産がいかにして維持されてきたのか、またそれを支えてきた組織や財政の仕組み、社会の構造がどのようなものであったかを考えていきます。

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/

  • facebook
  • twitter
  • 自分メモ
自分メモ
気になった本やコミックの情報を自分に送れます