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動けない植物の仰天の戦略。病原体との5憶年サバイバルレースの舞台裏

植物たちの戦争 病原体との5億年サバイバルレース
(著・編:日本植物病理学会)
2019.05.02
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きれいに咲いている花、豊かな実りをもたらせてくれる畑の野菜や果物、そんな彼らは地中の中で、日々激しい戦闘を続けています。その相手とは「微生物」。畑の土1gの中にはなんと100万種、20億にのぼる数の微生物たちが棲んでいます。「わずか数gの土の中には全世界の人類の数に匹敵する微生物がいる」のです。

土壌の中で「死んでしまった植物から栄養」をとって生きている微生物は百万種にのぼります。そこでは微生物同士が植物からの栄養分を奪い合いあっているのです。その微生物の中から、死んだ植物の栄養分の奪い合いという生存競争から離脱し、植物の死を待たず生きた部分から直接栄養を摂るものが出現しました。それが「植物感染菌(原始的な病原菌)」です。

こうして生物遺体や老廃物などから栄養を吸収する「腐生菌」だった微生物は、生きた植物から栄養を吸収する「植物感染菌(原始的な病原菌)」へと大きな進化をとげました。そしてこの時からこの本で描かれた植物vs.病原菌の戦いが始まったのです。

守りを固める植物

もちろん植物は栄養をとられるままになっているわけではありません。植物は表面にある固い殻(クチクラ層)でかれら病原菌の侵入を防ごうとします。ですが一部の病原菌は「付着器」を使ってこのクチクラ層を破って植物内部へ侵入を試みます。また、突破できない病原菌は「植物の気孔や傷口からの自然開口部」から内部へ侵入しようとします。

それに対して、植物は病原菌の存在を知ると気孔を閉じて侵入を阻止。けれど病原菌によっては「毒素」を使って気孔を開けてしまいます。

激しい戦闘法

気孔が破られたからといってもそれで植物が降参するわけではありません。侵入を許した植物は次のようにして戦いを続けます。

過敏感反応:栄養獲得のための器官を形成する病原菌に対して植物は「抗菌物質」とともに自らの細胞を殺し病原菌の器官を作らせない。
兵糧攻め:細胞間隙(細胞と細胞の間)にある栄養を獲得しようとする病原菌に対して栄養を植物細胞内へ吸収して病原菌を飢え死にさせる。

このような激しい戦術で植物は病原菌に立ち向かいます。(これらのメカニズムの詳細は本書を読んでください)

激しい「軍拡競争」は継続中

さらにこれらの戦術以外にも、植物は免疫システムを発達させたり、病原ウイルスの遺伝物質を分解したりする「武器」を持っています。けれど病原体のほうもまた、こうした「武器」の弱点を突く、新たな「武器」を産んでいきます。分子レベルの戦争です。

この本で「軍拡競争」と呼んでいるこの分子レベルの戦闘では「お互いの攻撃・防御能力の攪乱を狙った」攻防が続いています。まるで人間同士の「サイバー攻撃の応酬」を思わせるようです。

絶え間なく続いている病原微生物と植物との戦争は止まることを知りません。そしてこの戦争に打ち勝った植物が豊かな実りや美しい花をもたらせてくれるのです。

戦争の果て

微生物と植物の間にあるのは戦争という形だけではありません。この本には両者の戦争を越える「共生」という形もとりあげています。それはあたかも戦争を越える「希望」を思わせるものです。

従属栄養生物である動物も微生物も、ほかの生物とのバランスをとりながら栄養を獲得して繁殖する術を確保する以外に生きていく道はありません。植物に激しい病気を引き起こす病原菌も、弱い病原性を示す病原菌も、植物の生育を促進する共生菌も、植物の組織内で一見何もしていないエンドファイトも、すべての微生物はみずからが生き残るための良い位置を模索しながら、さらなる進化をする過程の段階にあるということでしょう。

苛烈な戦いの分析の後でこの「共生」を知るとどことなくホッとします。

ともあれ、細胞、分子レベルでの研究がされている「植物病理学」の、現在の到達点を解説したこの本は、格好の入門書です。日本の研究は世界でもトップクラスといわれているこの学問の世界を知るにはうってつけです。そしてこの本で解き明かされた植物と微生物の複雑な生態からは多くの学ぶものを得られると思います。そして路傍の草花、実り豊かな果実、野菜を見る目がきっと変わるでしょう。

  • 電子あり
『植物たちの戦争 病原体との5億年サバイバルレース』書影
著・編:日本植物病理学会

陸上植物が生まれてから約5億年といわれるが、その長い時間、植物と病原菌は生死をかけた「果てしなき戦争」を繰り広げてきた。スパイさながらの防諜戦、大量破壊兵器とそれを迎撃するミサイル、感染すると細胞がアポトーシスする「自爆機構」など、植物と病原体の分子レベルの闘いは、きわめてダイナミックである。本書では、そんな植物と病原菌の関係にフォーカスを合わせ、その驚くべき攻防の舞台裏を解説する。

私たち人間が風邪をひいたり、腹痛を起こしたりするように、実はありとあらゆる生命体(ウイルスを含めて)が病気になる。それは陽の光を浴びて光合成を行い、穏やかに暮らしているように見える植物も例外ではない。
しかしながら「植物の病気」については、一般にほとんど知られていない。そもそも植物に病気を起こす病原菌は、我々ヒトや動物に感染する菌と同じなのか? 動物では生体防御に必須の自然免疫や獲得免疫が存在するが、免疫に必要な白血球や抗体も、それを全身に運ぶ血液もない植物はどうやって病原体を撃退するのか?
動くことのできない植物は、ウイルスや病原体からの感染に対して無為無策のように思われるが、実は動物たちに勝るとも劣らない独自の感染防御機構を発達させてきた。病原体が細胞壁に付着しただけで、それを認識して、感染経路を遮断したり、有害物質を分泌して病原体を撃退する。驚くべきことに植物は、動物の自然免疫や獲得免疫に匹敵する特有の免疫機構で感染を防御していることがわかってきた。対する病原体も、こうした防御機構を無力化する、特殊な分子メカニズムを発達させてきた。陸上植物が生まれてから約5億年といわれるが、その長い時間、植物と病原菌は生死をかけた「果てしなき戦争」を繰り広げてきた。スパイさながらの防諜戦、大量破壊兵器とそれを迎撃するミサイル、感染すると細胞がアポトーシスする「自爆機構」など、植物と病原体の分子レベルの闘いは、きわめてダイナミックである。本書では、そんな植物と病原菌の関係にフォーカスを合わせ、その驚くべき攻防の舞台裏を解説する。

序章 植物と病気と人間社会
第1章 植物の宿敵たち
第2章 植物病原菌はどうやって病気を起こすのか
第3章 植物はどうやって病気から自らの身を守るのか
第4章 植物と病原微生物のはてしなき「軍拡競争」
第5章 植物と微生物の寄生と共生をめぐる「共進化」
第6章 植物の病気から生まれた科学的な発見

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。

note⇒https://note.mu/nonakayukihiro

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