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広島カープ初代監督・石本秀一の野球に捧げた苛烈な生涯。日本野球の歴史を活写!

2018.12.25
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禅智内供の鼻といえば、池の尾で知らない者はない――言わずと知れた芥川龍之介『鼻』の冒頭だが、同じく、石本秀一といえば、広島で知らない者はない。いや、若い世代はさておき、少なくとも、ある年代以上の人にとっては、そうだ。もっとも、広島以外の地域では、まず知られない人だろう。そう。本書の主人公は、広島カープ初代監督・石本秀一である。

なあんだ、昨今のカープブームに乗った"広島本"か。もし、そう思われたとすれば、それは早計というものである。これは、断じて一介の広島本ではない。

とはいえ、一般に、石本が有名なのは、広島カープの初代監督として、采配そっちのけで、球団存続のための資金集めに奔走する姿である。ベンチではなく、客席をうろうろして、もぐりで入場する輩がいないか監視していた、などというエピソードには事欠かない。

そもそもセ・リーグは、昭和25年に、8球団でスタートした。カープも加盟したわけだが、翌26年には、1球団が脱落して7球団になってしまう。球団数が奇数では、試合の運営の効率が悪い。さっそく、弱くて、資金力のないカープに、大洋との合併話が持ちあがる。合併と言っても、カープから大洋に移れるのは三~四人と言われたそうだから、事実上の吸収である。

いよいよカープ球団に幕を下ろすという土壇場の会議にのぞんで、石本は突然、後援会組織を結成して資金を調達するという奇策をぶちあげ、球団存亡の危機を救う。このあたりが、よく紹介される、石本の生涯のハイライトである。本書も、そのいきさつは詳しく述べるし、後援会の株券についてのちょっとしたスクープ情報も盛り込まれる。

ただし、これだけなら、これまでにも広島ではよく語られた石本である。

本書がきわめておもしろいのは、石本という人物が持っていた裾野の広さを、まるごと調べ尽くし、描いたことである。それは、図らずもタイトルが示すように、ほぼ日本の野球の歴史に重ね合わせることができる。

たとえば、第1回全国中等学校優勝野球大会に広島商業の選手として出場している。現在の、甲子園大会である。後に広島商業監督として、4度全国優勝を果たす。
 
次はプロ野球である。戦前は職業野球と言ったが、大阪タイガース(もちろん、現在の阪神タイガースの前身)監督に就任して、2期連続優勝を果たす。タイガースに黄金期をもたらしたのである。
 
さらにいえば、タイガース時代の最大の功績は、後にミスタータイガースと呼ばれることになる藤村富美男を投手から打者に転向させたことかもしれない。

さらに、戦後、広島カープの監督を追われてからは、西鉄ライオンズの投手コーチに就任。このことを語る第8章は、もしかしたら、本書最大の山場かも知れない。なにしろ、後の大エース稲尾和久を発掘し、ひそかに育てたのは石本だというのだ。稲尾に関する著者の取材は行き届いており、じつにスリリングである。西鉄3連覇の土台をつくったのは石本だったという感慨も、根拠のあることと納得させられる。


西鉄・三原監督(右)と石本(所蔵:増田功)


西鉄時代のあとは、評論家、中日のヘッドコーチ、そしてカープにヘッドコーチとして復帰とつづく。(中日で、20勝投手・柿本実を育て上げる話など、古い野球ファンにはたまらないだろう)。

思い込んだら、極端まで走る。傍若無人、奇想天外……。けっして著者の筆が走っているわけではなく、それでも、どこか漫画的な人物造形は、たしかに痛快でおもしろい。

ただ、石本の本当の本質は、野球の技術を徹底して極めようとする、その気構えにある。それが、随所に現れるのが、本書の最大の魅力ではないか。
 
後に阪急ブレーブスを率いて名将の名をほしいままにする上田利治は、石本が広島に復帰したとき、若いコーチだった。生前の上田に取材した石本についての証言の部分を引用してみる。

まず、バッターのタイプを短打、中距離、長距離に分けて、そのスタンスにおける重心の置き方をみていました。要は短打の選手は、打った後に前足に七〇ぐらいの割合で重心がかかるんです。長距離や中距離は、スタンスを少し狭めて、後ろ足の方に五〇、もしくは六〇ぐらいの割合で重心を置かせていました。

指導には、「四分のラジアン」なる言葉も飛び交ったという。1ラジアンの4分の1なら14~15度ということになるが、

バットにあたる瞬間のことですが、バットにボールをのせる角度のことを言っていました。
(略)当時、あの人ぐらいだったね。バッティングの論点がしっかりしていたのは。

「おわりに」によれば、足かけ10年をかけた労作だという。その間、上田のように、取材後、故人となった人も少なくない。その証言者たちの声ひとつひとつが、日本野球の歴史として響いてくる。綿密な取材のみがなせる業だろう。
 
本書は、広島カープのみならず、日本の野球の歴史の、大切な部分の襞(ひだ)にふれることができた、屈指の力作と言うことができよう。

『日本野球をつくった男――石本秀一伝』書影
著:西本 恵

石本秀一(1897-1982)は、広島カープの初代監督として知られる。カープ草創期は、資金難で球団解散の危機に瀕したが、独特の後援会組織の結成など、資金集めに奔走して球団存続に尽力した。その知恵と行動力で有名だが、それだけではない。

大正から昭和初期には、高校野球の監督として、広島商業を4度、全国制覇に導き、またプロ野球に転じては、大阪タイガース監督に就任して、2期連続優勝を果たしタイガース黄金時代を築いた。また、広島カープ監督退任後も、西鉄ライオンズのピッチングコーチに就任して後の大エース・稲尾和久を発掘するなど手腕を発揮。また中日ではヘッドコーチとして、20勝投手を育成するなど、選手を育て続けた。
大正4年に第1回全国中等学校優勝野球大会(今の甲子園)が始まったとき、石本は広島商業のエースとして参加している。以来、昭和41年にカープにヘッドコーチとして復帰するまで、その生涯は、広島カープの礎を築いただけではなく、まさに、日本野球の礎を築き、その歴史を生き抜いた人生だったと言えよう。
広島初代監督時代の、球団存続に奔走する姿ばかりがクローズアップされるが、独自の投球理論、打撃理論で、日本野球に果たした貢献度は非常に大きいものがある。本書は、関係者に綿密な取材をくりかえし、「野球の鬼」ともいわれた石本の人生と、日本野球の歴史を浮き彫りにする力作ノンフィクションである。

レビュアー

野澤隆之

1955年生まれ。フリーライター。
長年、野球取材を続ける一方で、哲学・思想の動向にも目配りを欠かさない。現在の関心事は、横浜DeNAラミレス監督、大谷翔平(エンゼルス)、中村奨成(広島)。哲学では、ソクラテス以前の哲学者たちに注目。「日本歌謡論」にもとりくんでいる。

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