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発達障害、子ども虐待、いじめ──児童精神科医が解く今の子どもたちに必要な子育て

2018.10.16
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【子育ての複雑さや困難さを正直に示してくれる本】

子育ての悩みは年齢が上がるにつれどんどん複雑化する。
生まれたての時は頻回授乳にエンドレスおむつ替え。眠る時間がないという体力的な悩みだったものが、イヤイヤ期では振り回され、集団行動が始まりそこで問題を起こす。
早く文字を教えなければいけないのだろうか、何か習い事をさせるべきなのだろうか…。友達と喧嘩して噛みついてしまうのは、発達に問題があるのだろうか…。
頭や心を酷使する悩みにシフトし、親は精神的に追い詰められる。そして時に子どもをコントロールしてしまおうとする。

子育ては本当に複雑だ。

子育てとは、とても手のかかる作業なんだよ。僕自身、自分の子どもを上手く育てられたかというと全くわからない。なにせ僕の子ども達は、僕に似てみな多動児だった。子どもに一つ親の言うことを聞かせるのにどれほど苦労したことか。(中略)このようにね、個人差があって、子ども本人の気質の違いでかなり左右されるのが子育てなんだ。子育てのコツなんてものを一般論にして本を出すのは不可能に近い、というのが事実だ。

このセリフを言った文中の杉本教授≒著者はとても正直で真っ直ぐな人だと思った。
世の中には一般論の答えが載っている子育て本が溢れている。だが子育てはそんな簡単な方法でどうにかなるものではない。様々な要因が複雑に絡み合って、相関し、複雑な結果を出している。それを一つの方法で全員が解決できるわけなどそもそもないのだ。

子育てには、子どもの遺伝的素因・環境的因子、社会の貧困や学校の問題、児童虐待、児童養護施設や社会的養護の問題、大人の働き方の問題…本当に様々な要素や問題が存在すること、その複雑さと解決の困難さを理知的に示してくれるのが本書だ。
本当に正直な本。きれいごとで済まそうとしない真摯な姿勢だ。

医師や専門家でも解決するのが困難なモヤモヤの存在を示してくれたことに、逆に大きな安心を得た。

子どもや子育ては「多様」であるとあったが、まずそれを自分自身受け入れようと改めて思えた。複雑に立ち向かう第1歩だ。

【対話形式で小説のように読みやすい】

ただ複雑さを学術的に小難しく並べているわけでもない。著者がとった方法は、全編を対話形式にすることだった。これが功を奏して、非常に親しみやすく読みやすい本となっている。短時間で一気に読める。

登場人物は3人だ。
子育て本を企画している編集者・橋本ミサキ、35歳。
ミサキが本の著者として目をつけた、発達障害研究・臨床の第1人者である杉本教授。
そして杉本教授のもとで研究をする矢野友二教授。

ミサキと教授とのオール対話形式で話が進んでいく。まるで小説を読むか、その場にいあわせている感覚を覚える。
学術書や専門書が苦手な人でも容易に読むことができる。読者に優しい。


【愛着障害と発達障害の関係に驚く】

最近は発達障害が一般的に知れ渡り、本もサイトもたくさんあるので調べればASD(自閉症スペクトラム障害)やADHD(注意欠陥/多動性障害)について誰でもある程度は知ることができる。

「愛着=アタッチメント=近接」についても、一般的なこととして「幼いころの特定の大人との愛着の形成が人生の基礎を作る」として知られているイメージがある。

本書もそれらについて書かれているが、発達障害を「障害」と訳すより発達「凸凹(でこぼこ)」とした方が良いという考えや、「愛着の内在化」「愛着の4つの型」などを示しているのが踏み込んでいて興味深かった。

そして何より本書の特筆すべき点は、「愛着形成と発達障害の関係性」について書かれている点である。
愛着障害が発達障害に結び付くという事実は、恥ずかしながら今回初めて知った。とてもショッキングだった。杉本教授(≒著者)は子供虐待による愛着障害を"第4の発達障害"と名づけた。

発達障害の一覧。第1が古典的な発達障害である知的障害、第2は自閉症スペクトラム障害、第3はいわゆる軽度発達障害でADHDと学習障害、第4が反応性愛着障害。

(児童自立支援施設には)虐待を受けた子達が大集合している。ほぼ全員が被虐待児と言ってもいい。児童相談所の統計では少ないが、ネグレクトを加えたらほぼ100%となる。一人一人にきちんとした診断をしてみると、自閉症スペクトラム障害が7割に達した。注意欠陥/多動性障害は5割で、どちらか一方でも持っている子は、なんと8割に上った。(中略)
第4の発達障害である愛着障害、医学的診断名では反応性愛着障害だが、被虐待児にはこれが起きてくる。重度なグループは自閉症スペクトラム障害、もう少し軽いグループは注意欠陥/多動性障害そっくりの症状を呈するんだ。
そして非行児の施設に来るくらいの子は、多動で衝動的な上に、人への共感とかいった社会的な行動も苦手ということで、この両方の発達障害の診断基準を満たしてしまう。
(中略)
愛着障害があるから発達障害の症状を示すのか、発達障害があってそこに愛着障害が掛け算されたのかがはっきりしない。

愛着障害によって発達障害と同じ症状を呈する可能性があるなんてことを、今まで知らなかった。
「でもその子が愛着障害が先なのか、発達障害が先なのかは、世の中ではちっとも検証・診断されていない。虐待があっての愛着障害だと考えられるときは、その根本のトラウマへの治療をしなければならないのに」と杉本教授は憤慨する。

さらに

長期にわたって繰り返される配偶者暴力や子ども虐待によって起きる問題は、複雑性PTSDと呼ばれている。複雑性PTSDは、まずいろんな問題が一緒に起きる。うつ病みたいに見えても、ハイテンションになってしまうこともあって、じゃあ躁うつ病かというと、躁うつ病の薬では気分の上下は治らない。他には、ぼーっとなって日常的にめちゃくちゃな物忘れがあったり、すぐ死にたくなったり、まあ本当に大変なんだ。多分それの引き金に、フラッシュバックがあるからなんだと思う。普通の精神科の薬はほぼ効かないといっていい。実はこの複雑性PTSDはこれまで精神医学の診断基準に登場していなかったんだよ。ようやく2018年に公表されるICD-11に登場する予定なのだが。(中略)そうだ。大多数の精神科医は、診断も治療もできない。(中略)
これは子どもの話だけではないんだよ。虐待ゆえなのだから親の世代も問題だ。

と続く。

一般の医師たちに診断も治療もできない、こんな問題をどうしたらいいのだ。この子どもたちを、親たちをどうしたらいいのだ。
空を仰いで泣きそうな気持ちになる。

なぜ虐待がいけないのか……「かわいそうだから」だけでは済まされない、子どもの将来に影響を及ぼす医学的根拠が示されている。どうか目を背けず読んでほしい。


【さまざまな問題が立ちはだかるが、子育てで一番大切なことはやっぱり……】

本書はここまででまだ半分だ! 内容が実に濃い。
後半は「貧困が親の抑うつ状態と子どもの発達障害を生む」「愛のある体罰でも脳の萎縮が起きる」「睡眠時間の短い子どもは緊張が高まる」「発達凸凹を持つ小学生の増加」「日本の支援クラスの問題点(ギフテッド含む)」「幼稚園6年制の提案」「日本の社会的養護の問題点、児童養護施設の問題点」「里親の問題」「家族のあり方・多様性を考える」といったこれまた複雑な問題たちに対し、次々と鋭いメスを入れていく。

杉本教授が毒を吐く場面や、極端にも見える提案を言うことも多々ある。
でもこんなに山積した複雑な問題を処理するには、そのくらい革新的なアイデアや意見を出すことも大切だ。日本人の曖昧に穏便にことを済まそうという精神では、これらの問題は長く解決できない気がする。杉本教授には負けないでほしい。

全編にわたり厳しい物言いだった杉本教授だが、最後はこう優しく締める。

人はヒトという生き物だろう。"太古から受け継いだ生物としてのヒト"という生き物のあり方にできるだけ逆らわず、無視や無理をせず、子どもが成長していくということ。これが子育てで一番大切なこととして、見直されるようになると良いんだ。
それはやはり、一人一人が基本を思い出すこと、からだね。

無視や無理をせず、愛ある子育てをしようと誓った。

生き物として、正しく正直に生き、育もう。

  • 電子あり
『子育てで一番大切なこと 愛着形成と発達障害』書影
著:杉山 登志郎

発達障害研究の第一人者が書く、今の子どもたちにとって本当に必要な子育ての方法。発達障害の増加や子ども虐待の急増、いじめや校内暴力など、子育ての大変さばかりが際立っている。そこで、いくつかのとても大事なことだけ押さえておけばいいということを示す

レビュアー

野本紗紀恵 イメージ
野本紗紀恵

一級建築士でありながらイラストレーター・占い師・芸能・各種バイトなど、職歴がおかしい1978年千葉県生まれ。趣味は音楽・絵画・書道・舞台などの芸術全般。某高IQ団体会員。今一番面白いことは子育て。

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