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学力の個人差は遺伝の影響が50%!「なぜヒトは学ぶのか」を生物学的に考える

2018.10.15
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とても画期的な論考です。類書はおそらく、ないでしょう。

本書が指摘するとおり、教育に関する本は大きく2つにわけることができます。

ひとつは「どう教育すればいいか」すなわち教育の方法について扱った本です。もうひとつは「教育とは何か」について書かれた本です。

前者には、正直かなりいかがわしいものも含まれています。非科学的な……もっといえばトンデモに属するようなものも多くあります。

これは、世の人々が、教育を重要なものだと考えていることの裏返しです。さらに言えば、ここでは「質の高い教育を受ける=学業でよい成績が修められる=学歴が高い=社会的に成功できる」という粗雑な方程式が、とても強い影響力を持っています。

著者は本書を後者、すなわち「教育とは何か」について述べた本である、と語っています。

ただし、この本の眼目は、従来の教育に関する本を、ほとんどすべて「非科学的な態度に貫かれている」と認めることにあります。乱暴にまとめるなら、本書は「教育について語られた言説は、ほとんどがトンデモだ」と主張しているのです。

本書は、科学的な論拠をあげることによって、教育の世界ではタブーとなっている「学力の個人差は遺伝による」ことを述べています。

人間も40億年前から遺伝子を伝達し進化してきた結果として存在し(中略)、能力だって遺伝の影響を受けるのはあたりまえのことなのに、教育の世界ではこのあたりまえのことがあたりまえとされていません。なんと非科学的な態度でしょう。

著者は「学校が教育の正当な場の一つであることは認めざるを得ない」としながらも、学校だけが教育の場ではないことを述べています。学校システムには向き/不向きがあり、不向きな人はそこでいくら努力したところで、思うような成果をあげることはできません。そういう遺伝子がないのだから。

したがって、本書は、学校で成績をあげられなかった人には福音です。彼/彼女は、遺伝によってもたらされた性質が、学校が提示する価値観に向いていなかっただけなのだから。活躍の場は別のジャンルにあり、そっちを伸ばす方が隣人のため社会のため、ひいてはその人のためになります。

ただし、これは諸刃の剣です。著者の言葉を引用するならば、

「どう」学べば他人と比べて成績を上げられるかではなく、むしろ「何を」学べばあなたが生きていくのに意味があるか

を、自分で発見しなければならないのですから。

学校でよい成績を修められる人が優秀であり、そうでない人はオチコボレであるという、牧歌的ともいえる従来の価値観が否定された世界では、自分で自分を判断しなければなりません。

これが決して容易なことでないことはおわかりでしょう。

自分が何に向いているかなんて、誰にもわかりません。お父さんが魚屋で成功しているからといって、息子も魚屋に向いているとは限りません。いったい自分は何に向いているのか。何を学ぶべきなのか。不断に問い続けなければなりません。手段は、(学校が提示する価値観をふくめて)あれこれやってみることだけ。それこそが「学習」である。本書はそう述べています。
これはたいへん厳しい認識です。

それでも、人は学ぶことをやめることはできません。人間とはそういう動物なのだから。


手前味噌になりますが、自分は以前、この場を借りて学校システムにたいする批判を書いたことがあります。(http://news.kodansha.co.jp/5867

フィンランド教育があんまり評判いいから、どんなもんだろうと思ってフィンランドに行ったこともあります。

まあ、教育の専門家でもないくせに教育に大きな興味を抱いている一般人ということでしょう。

そういう人にとって、本書の内容はたいへん刺激的でした。

この本が生まれたからといって、教育が、学校が、すぐに変わるということはないでしょう。ただし、この指摘を重く受け止める人は決してすくなくないはずです。

本書が教育学の論文ではなく、一般向けの書物として出版されていることにも、大きな意味を感じます。これは、多くの人が考えるべき問題です。あなたも、この言説とは無縁でいることはできません。本書は、それを述べた、とても画期的な書物です。

おそらくこれは、終身雇用・年功序列の日本的経営が破綻していることと、大きな関連があるでしょう。別の言い方をするならば、教育は、その状況に対応できてはいなかったのです。

なお、著者のステイトメントはこちら(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57572)でも接することができます。本書の手堅い要約になっている優れた記事です。

  • 電子あり
『なぜヒトは学ぶのか 教育を生物学的に考える』書影
著:安藤 寿康

学力の個人差における遺伝の影響は50%。しかし、これは決して残酷な現実ではありません。皆さんの遺伝的素質を花開かせるために、教育があり、学習があるのです。

教育とは決して他人よりもよい成績をとろうと競い合うためでなく、また自分自身の楽しみを追求するためでもなく、むしろ他の人たちと知識を通じてつながりあうためにある。その意味で、ヒトは進化的に、生物学的に、教育で生きる動物なのです。

さあ、あなたはこれからどこに向かって、何を学習し続けていきますか? いま学校で勉強している学生の皆さん、そして昔勉強で悩んだことがあるすべての大人の皆さんに、生物学の視点から「勉強する意味」をお伝えします。


<本書の構成>
序章 教育は何のためにあるのか?
第1部 教育の進化学
 第1章 動物と「学習」
 第2章 人間は教育する動物である
第2部 教育の遺伝学
 第3章 個人差と遺伝の関係
 第4章 能力と学習
第3部 教育の脳科学
 第5章 知識をつかさどる脳

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/

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