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【野球ファン必読】名手・向井万起男、演歌で北米爆走ドライブの目的は?

2018.06.17
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「ジョー・ブラックを、もう一度よろしく」から始まる77編のコラム、読み進むにつれてどんどん頬が緩んできます。実にチャーミングでユーモアたっぷりで、コラムの真髄・お手本のような名コラム集です。手に取ったかたは素晴らしい選球眼の持ち主です。

著者は「1955年、8歳の私は来日したニューヨーク・ヤンキースの試合」を見て以来の筋金入りの大リーグファン。大リーガーの生家、卒業校、博物館、モニュメント、もちろん野球場をも訪ねまくるアクティブなファンです。

移動手段はレンタカー。走ったことのないアメリカの州はないのでは? 総走行距離はどれくらいになるのか想像もつきません。ハイウエイを疾走する車のカーステレオから流れるのはアメリカンロック……ではなくてこれが演歌!

いつものように田舎ばかりをアッチャコッチャ走り回る爆走ドライブ。いつものように日本の歌手のCDを聴きながら。石川さゆり、都はるみ、森進一。……米国の田舎を「津軽海峡・冬景色」や「好きになった人」や「襟裳岬」を聴きながら爆走するのはサイコーです。感極まって涙してしまう自分が妙に可愛く思えてくるし、"どこにいようがオレはやっぱり根っからの日本人だ"と再確認できるので。

爆走ぶりはカナダ国境付近の街から南部ミシシッピ州まで走り抜けた逸話だけでなくこの本のあちこちらこちらからうかがえます。ドライブのお供は……「米国には必ずバットとグラブを持参していく」……という野球ファンの鑑とでもいえる装備(?)です。

こういう著者の書いたコラムがおもしろくないわけはありません。悪戦苦闘して撮った写真も多く収録されたこの本は、大リーガーへの著者の愛情、畏敬の念が溢れています。時には不幸な晩年を迎えた選手たちへ思いをいたした愛惜も……。著者のそんな気持ちにうたれて"爆読"してしまいました。

この本が取り上げたのは、"球聖"と呼ばれたタイ・カッブ、"悲劇のヒーロー"ジョー・ジャクソン、ベイブ・ルースなどの球史に残るプレーヤーだけでなく、偉大な記録を残したといってももはや知る人ぞ知る存在となったプレーヤーまでのべ100人近くにのぼります。

なかには大記録だけでなく変わった経歴を持っていた大リーガーも登場します。反ナチ活動に従事し、スパイとなってドイツの物理学者ハイゼンベルグの暗殺を謀ったモウ・バーグ、引退後キリスト教の伝道師となって人気を集めたビリー・サンデー、理科の先生だったジム・モリス、なんと強盗犯から大リーガーとなったロン・ルフロアと彼を育てたリーランド監督など、プレーだけでなく野球場(フィールド)だけでない「ちょっとイイ話」にも心ひかれます。

フィールドといえばこの本でしばしば取り上げられているのが『フィールド・オブ・ドリームズ』という映画。ジョー・ジャクソンを描いた小説『シューレス・ジョー』を原作とした傑作映画です。

「トウモロコシ畑を潰して野球場を造れば、ジョー・ジャクソンがやっている」という"声"に導かれるように野球場(フィールド)造りに取り組んだ貧乏農家の主人公(ケビン・コスナー)、周囲の無理解にもかかわらず家族に支えられついに野球場が完成します。

トウモロコシといえばアメリカは生産量、消費量、輸出量のいずれも世界第1位。まさしくアメリカを代表する穀物です(コーンベルト!)。このトウモロコシ畑の中にある野球場は、アメリカの現実の中でも失ってはならない夢・希望(アメリカン・ドリーム)を象徴しているようにも思えます。決して派手な映画ではありませんが、滋味溢れる素晴らしい作品です。この映画のために造られた野球場はいまでも観光名所として残されているそうです。

博物館、モニュメント訪問記もこの本の読みどころです。卒業校の中に作られた記念館、展示室は当たり前としても、ショッピングモール内に置かれたモニュメントまで紹介されています。野球場跡に建てられたこのショッピングモールには、なんと「ど真ん中にヤケに広くて立派なテーマパーク」があり、そのなかにモニュメントが置かれているのです。

通路に刻まれたホームベースの記念碑(実際の位置!)、もちろんお客は無造作に踏んで歩いていました。超特大ホームランが直撃した外野席もモニュメントとしてそのままの位置で残されています。といってもその位置はいまではテーマパークの壁……つまり壁からイスが突き出て……絶景……!?(この写真撮影、苦労されたんでしょうね)

また、道に迷った著者に記念館や生家の場所を教えてくれる住人たち(時に市長も)とのやりとりからは、彼ら彼女たちが大リーガーを心から"我等の街のヒーロー"として思っていることが感じられてきます。見知らぬ(というか時には不審な)訪問者を、"我等のヒーロー"を訪ねて日本からきたと知るや、いきなりの親密度アップ! 大リーグファンという印籠はアメリカ人とのコミュニケーションの最大の武器なのかもしれません。国技ですね、これこそが。

野球がアメリカの文化・スピリットを表しているのと同じように映画もまたアメリカの文化を代表しています。この本は映画の話題も溢れています。先に挙げた『フィールド・オブ・ドリームズ』や『打撃王』『人生の特等席』のように直接大リーグを舞台としたものだけでなく『あなたに降る夢』『エルビス・オン・ステージ』『大脱走』『ハドソン川の奇跡』など多くの作品が登場します。『大脱走』ではマックィーンのキャッチボールシーンに異議をとなえ、『ハドソン川の奇跡』では画面に出てきたフェリーボートの名前が大リーガーということに気づき、その船に乗ろうと悪戦苦闘……。これもまた著者の猪突猛進な実行力ぶりがとても楽しい1節です。思い込んだらとことんという実行ぶりではイチロー3000本安打を見るために長逗留したクーパーズタウンの日々が最高です。爆笑まちがいなしですから、人のいないところでぜひどうぞ!

ところで「型破りな説教」で人気を博す伝道師になったサンデーの記念館を訪れた感想がこう記されています。

1階の長い廊下の壁にサンデーが親交を持った当時の大統領たちの自筆サイン入り写真が飾られている。第30代カルビン・クーリッジ、第31代ハーバート・フーバー……・2階の書斎にはサンデーが親交を持った元判事で大リーグの初代コミッショナー、ケネソー・ランディスの自筆サイン入り写真が飾られていることにチョット違和感を覚えた。権威への対抗が真骨頂のサンデーには相応しくないように思えたから。……こういう親交を持った(持たざるをえなかった?)ことにサンデーの限界が表れているのかもしれない。

ユーモアたっぷりの冒険譚、そのなかににじみ出る大人(失礼!)の観測眼……どことなくアメリカの国民的作家、マーク・トウェインの作品を思わせる読み味がしてきます。アメリカの粋ともいえる大リーグ、その世界に愛情のおもむくまま素手で立ち向かった記録でもあるこの本は、野球ファンを超えてあらゆる人間ファンに読んで欲しい1冊です。

『人に言いたくなるアメリカと野球の「ちょっとイイ話」』書影
著:向井 万起男

アメリカ人とアメリカ文化を知るのに、大リーグほど良い教材はない。日本一の大リーグ通、向井万起男氏の朝日新聞人気コラムを厳選して書籍化。ちょっとホロットする話、へーそうなんだと勉強になる話、アメリカと大リーグについて深く考えさせられる話……エッセイの名手の真髄が堪能できる珠玉の77本!

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。

note⇒https://note.mu/nonakayukihiro

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