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2020年からの賃金・雇用危機。米中は借金バブル、日本人はどうすれば?

2018.05.08
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少し前に麻生財務大臣がこんな発言をしました。「経済成長を感じない人はよほど運がない」と。この発言は国民の8割が「景気回復を実感していない」という結果とあまりにへだたっています。著者のいうとおり、景気回復は株価の上昇などで判断するものではありません。

私はふだんから、経済を分析するうえで経済成長率や企業収益はその一部にすぎず、本当の意味での好況・不況の判断は国民生活の実感で決めるほうが適当であると考えています。そういった意味では、国民のおよそ8割が「景気回復を実感していない」という事実は、国が判断する景気感に重い課題を突きつけているように思われます。

近年、大企業の経営者が集まる催しに参加するたびの思うのは、大企業の景気感と国民の生活実感のあいだには大きな乖離(かいり)があるということです。

奇しくも麻生財務大臣の発言は、日本に新たな階級分化が起きていることを象徴しているように思えます。景気回復とはいわれているものの、株価、一部地域(東京のごく一部)での不動産バブルはありますが、それはとうてい私たちの生活に密着した「景気回復」ではありません。経済成長率や株価の指標や経済統計数字でもありません。重きを置くべき指標は「実質的な所得」です。この実質賃金の推移を見ると驚くべきことに気づかされます

私たちが本当に豊かになったと感じるのは、「可処分所得」が増加するか、実質賃金が上昇するか、いずれかのケースであると考えられます。(略)
円安によって物価の上昇が顕著であった2013~2015年までの3年間の実質賃金の下落幅は、リーマン・ショック期に匹敵するほどの落ち込みを記録しています。

「円安」によって企業の収益が高まっただけで「国民の賃金上昇は物価上昇に割り負け」しています。ですから名目賃金の上昇にだまされてはいけません。さらにいえば所得税、社会保険料等を控除した「可処分所得」の推移を見なければなりません。この「可処分所得」に追い打ちをかけるのが消費税です。消費税を上げることは「可処分所得が実質的に目減り」することにつながります。

アベノミクスの成功をいう人がいますが、彼らは経営する企業が円安等による増収や「可処分所得増」の恩恵を受けている人々でしょう。いわゆる富裕層です。そしてそれは2割に満たない層でしかありません。

ではそれ以外の大多数の人々はどうなっていくのでしょうか。「実感」と冷静で論理的な「現状分析」を行って「明日の日本の姿」を追究したのがこの本です。

まず著者は好調とみられる現在の世界経済にはある大きな弱点があると分析します。その弱点とは「膨らみ続けている債務」です。いまの世界の好景気を牽引しているのが、アメリカ人の旺盛な消費です。この消費拡大は「原油安による物価の下落」と「史上最低の水準で推移する低金利」によって生み出されました。

さらにアメリカ人は「借金」のことを「レバレッジ」という言葉で表現しています。レバレッジという言葉は、日本人のいう借金とは少し意味合いが異なり、手持ちの資金の何倍もの力で行える取引のことを指しますので、いかにも前向きな感じがします。彼らは借金をレバレッジと捉えることによって、借金を大胆にできる、あるいは借金を借金とも思わないような国民性があるのでしょう。

これがアメリカの消費拡大を支えています。著者によると、現在のアメリカ人のローンは「リーマン・ショック時を上回る」ほどです。レバレッジと呼ぼうとローンと呼ぼうと借金であることには変わりありません。ですから借金依存の景気(拡大)がいつまでも続くとは思えません。

金利の上昇が引き金になって、家計債務の延滞率が上昇すると同時に消費が減少するというリスクが顕在化し、借金経済を回し続けることが不可能になっていくでしょう。

その時はいつくるか。「遅くとも2020年」には「借金による景気の好循環は維持できなくなる」と予想しています。

もう1つの大国、中国はどうでしょうか。中国もまた「民間債務」の増大に直面しています。(実態の詳細はお読みください)

こうした世界経済の不透明感に加えて、日本はさらに大きな問題に直面しています。他国に例を見ない少子高齢化社会の出現です。生産年齢人口の激減、それに伴う労働市場への影響、さらに社会保険へ大きな影響を与えます。雇用人口の減少による雇用機会の増大はその実態をみればなにも景気回復をあらわしてはいません。その一方で

「人口減少をバネに生産性を高めていけば、日本は経済成長を続けることができる」というピント外れな主張が意外なほど多いのに驚かされます。

さらにまたロボット化などのイノベーションで生産性を向上させで景気回復をはかるという声もあります。ですが、それは本当に可能なのでしょうか? イノベーションというものがもたらす「幻想」を著者は暴いていきます。アマゾンショックから始まる現状分析はこの本の白眉の章です。

いま実現を目指しているイノベーションは、これまでとはまったく様相が異なります。21世紀以降のIT、AT、ロボットによるイノベーション(第4次産業革命)は、コストを抑えるための自動化を最大限にまで推し進め、これまでの産業集積や雇用を破壊していくという特性を持っています。

イノベーションはさらに日本の階級分化を推し進め、持てる者はより、持てるものへ、持たない者はより窮乏化に向かいます。

「富の寡占を生む」というしくみを内包している点において、ITやAIによる技術革新は株式資本主義との親和性が高く、一般の労働者に恩恵が浸透することはあまり期待してはいけないのです。

著者がいうように「生産性を上げれば、経済成長率は高まる」「生産性を上げれば、賃金は上がる」というふたつの常識はもはやみられなくなっています。「生産性を上げれば、株価が上がる」ということなのです。ここでも持てる者への恩恵がさらに大きくなっています。

もう1つ、極めて重要な指摘がされています。東京の一極集中がもたらす悪影響です。

東京圏では生活コストがもっとも高いうえに、企業活動が活発なために長時間労働が当たり前になっています。今の企業の賃金体系では残業代が占める割合が大きいので、東京圏で普通の生活を送るためには、残業代を稼がなければならないという問題があります。(略)東京への一極集中によって、「地方にいたら結婚できるのに、東京では結婚もままならない」または「地方だったら2~3人産めるのに、東京では1人しか産めない」という状況を強いられる若者が増え、少子化のスパイラルが一向に止まらないかたちになっているのです。

地方は人口の流出によって過疎、破綻に追いやられ、東京(大都市圏)は人口の流入によって生活コストの上昇、労働環境の悪化と負のスパイラルが続きます。相対的貧困率は増大します。

この本で指摘された欠陥に早く気づく必要があります。喧伝されている景気回復の実態を知り、危機を回復する道を探るうえで極めて重要な指摘がされています。今読まれるべき1冊です。

  • 電子あり
『日本の国難 2020年からの賃金・雇用・企業』書影
著:中原 圭介

アメリカ人の借金の総額がすでにリーマン・ショック時を超え、過去最高水準を更新するなど、いま、世界では「借金バブル」が暴発寸前となっていることをご存じだろうか。

翻って日本では、大企業の淘汰・再編、増税による可処分所得の減少、生産性向上に伴う失業者の増加など、日常生活を脅かす様々なリスクが訪れようとしている。

まさに「国難」ともいえるこの状況に、私たちはどう立ち向かえばいいのか。

いち早く「サブプライム崩壊とその後の株価暴落」を予見していた経済アナリストが、金融危機「再来」の可能性について警鐘を鳴らすとともに、大きく様変わりする日本の近未来を描く──。

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私がいつも疑問に思っているのは、「経済政策や金融政策はいったい誰のために存在するのか」ということです。

アメリカの大型減税策や日本のアベノミクス、主要な中央銀行のインフレ目標政策などは、富裕層や大企業などごく一部に恩恵が集中させる政策のため、普通に暮らす大多数の人々の立場から見ると、あまりにも希望が持てないものばかりです。

本書は、これからの日本経済や国民生活がどうなっていくのかについて、日本の企業や雇用、賃金にスポットをあてながら、冷静に述べたものです。

2020年前後から世界経済の大きな流れが変わるなか、少子高齢化が世界でいち早く進む日本は、ITやAIといった技術革新によって本当に国民生活を豊かにできるのか──。

経済の常識がはらんだ根本的な誤りも含めて説明したいと思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。

note⇒https://note.mu/nonakayukihiro

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