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個性的な15人のこども──手塚治虫、池波正太郎、向田邦子ら、幼少環境のヒント

みんな昔はこどもだった
(著:池内 紀)
2018.04.14
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子供のころの環境や体験が、その後の人生に大きく影響することは、誰でも感じていることではないでしょうか?

本書は、手塚治虫、向田邦子、高峰秀子など世に名を残した15人が、自ら語った子供時代の話をもとに、著者独自の視点で彼らのその後の仕事にどう影響したのかや、著者による作品解釈が書かれています。

民俗学者であり、『遠野物語』の著者としても有名な柳田國男が1875年生まれで、一番若い野坂昭如が1930年生まれ。当然、戦前の話が大半を占めるのですが、当時を知っている人にはとても懐かしい匂いがするでしょうし、今ではあまり語られることもなくなった第2次世界大戦という時代背景を知ることもできます。

この中で、私が特に興味を惹かれたのは、漫画の神様、手塚治虫。手塚治虫は、4歳のときに大阪府豊中市から兵庫県宝塚市に引越し、何十年かをそこで過ごしたことが、後々、作品に大きく影響します。というのも、家の前の道を宝塚歌劇学校の新入生が緑の袴姿でゾロゾロと歩き、隣近所には越路吹雪をはじめとする宝塚歌劇団のスターたちが、住んでいたのです。

ぼくは宝塚歌劇が少女歌劇といった時代、最も変化に富んだ時代の何十年かを身近に過ごし、その影響を受けて育った世代である

手塚作品の中で宝塚といえば、誰もが『リボンの騎士』を思い浮かべることでしょう。実際、手塚治虫も亡くなる4年前に

『リボンの騎士』は、ぼくの宝塚体験の総決算から生まれた作品である


と言っています。

そしてこの時代は、軍人と軍服と号令が幅をきかせていたといいますが、その中にあってもタカラヅカという独特の世界が身近にあったことが、手塚漫画のキャラクターのもつ無国籍性、奇想天外さ、モダニズム、冒険趣味、いささかキザっぽい文学性とかさなっているのではないかと著者は分析しています。

また、手塚治虫の本名は、「手塚治」。ペンネームに「虫」という字をつけた、そのきっかけも宝塚での生活にありました。戦前の宝塚は、もの静かな郊外で、裏山にはさまざまな虫がいたそうです。

14歳になった治少年は、採集した虫の標本を克明に写生し、『原色甲蟲圖譜』を制作しました。それは、本物の昆虫図鑑を参考に、細かく分類までしてある本格的なものでした。

虫好きだから、「治虫」かと早合点してしまいそうですが、実はオサムシという甲虫の名をもじって「治虫」としたのです。手塚ファンの間では有名なことかもしれませんが、私の中でずっと気になっていた謎のひとつが解けました。

そういえば、もうひとつ気になっていたことが……。終戦記念日前後によく放送されるスタジオジブリの『火垂るの墓』の原作者が、野坂昭如であるということ。

『火垂るの墓』は、戦争孤児となった14歳の兄と4歳の妹が、身を寄せる場所も食べものもない中で必死に生きながら、結局、死んでしまう涙なしには見られない心打たれる映画です。私の知る野坂昭如は、元参議院議員の政治家であり、かなり風変わりで前衛的な文化人兼マルチタレントというイメージで、『火垂るの墓』とはかけ離れているように思えたのです。

ところが、この話は野坂昭如が14歳のときの実体験を基にして書かれたのだということが、本書でわかりました。

野坂昭如が生まれた翌年、昭和6年(1931年)は、満州事変という日本が戦争へと向かっていく大きな出来事があった年。
早くに母を失い、神戸に養子に出された野坂昭如は、14歳のときに神戸大空襲に遭い、養父は五体四散の爆死、養母は大火傷、つれだって疎開した義妹は餓死。養母の実家をたよって上京したものの、盗みで多摩少年院に入り、18歳で実父に引き取られたと自らの経歴を語っています。

こうした「人生の修羅場をくぐった人間」だからこそ、野坂昭如は、みずから道化役を買って出たのではないかと著者は分析しています。

本書のなかには、「本土空襲」が激化する昭和20年(1945年)の1月から6月まで、B29などの戦闘機が、何機、どこに襲来したのかが記されています。

100機、200機という想像以上の戦闘機の数に驚いていたら、「3月18日 米艦載機延べ1,400機、九州南部及び東部四国の一部を空襲」とあり、胸が苦しくなってしまいました。

私が子供のころ、母から聞いた唯一の戦争話は、「同級生が、防空壕を出た途端、目の前で空襲に遭い死んでしまった」というものでした。

母が生きているうちに、もっと戦争の話を聞いておくべきだったと、この歳になって思うのですが、野坂昭如と同年代の母が体験したであろう出来事が、この本から読み取ることができたのは、収穫でした。

そういった意味でもこの本は、ここに登場する15人の人生だけでなく、明治、大正、昭和と自分の両親や祖父母が生きて来た時代を改めて知るきっかけになる本だと思います。

『みんな昔はこどもだった』書影
著:池内 紀

最初の一歩が、しばしば最後の一歩になった。
柳田國男、澁澤龍彦、池波正太郎、向田邦子、野坂昭如、手塚治虫……幸い誰もが自分をたしかめるようにして、子供時代の記録を残している。時代相とともに、その人のすべてがそこに凝縮されている。個性的な仕事をなした、15人のこども時代。

レビュアー

黒田順子

「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。

公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp

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