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『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』ありのままの幸せ。オノ・ナツメを読める幸せ。

ハヴ・ア・グレイト・サンデー(1)
(著:オノ・ナツメ)
2018.03.17
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自分メモ
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・「ありのままでいい」という優しさが、小さな幸せに気づかせる。何でもない日曜日に

オノ・ナツメさんという漫画家を好きになって、もう幾年経つでしょうか。本棚に並ぶ「オノ・ナツメ」という背表紙の本が、1冊ずつリアルタイムに増えていくのを眺められる。そのことは私をとても幸せにしてくれます。

新刊が出るたびに本屋さんで平積みから表紙を探します。毎回、個性的でグラフィカルなデザインの表紙。そこにいるキャラクターと目が合うと「は!? 今回はこんなデザインできたか!?」と心の中で叫び、顔の筋肉全部がニヤニヤっと変形していきます。

先日、ファッションニュースを読んでいたときのことです。漫画好きなので、プラダの2018年春夏コレクションの記事を眺めていると、見覚えのある絵が。オノ・ナツメさんの絵がコレクションの中で使われています。ええ!?と驚きましたが、とても嬉しくなりました。

※プラダのニュースはこちら⇒http://morning.moae.jp/news/3920

オノ・ナツメさんの描く人間は、独特の「ナツメ立ち」の姿勢をしています。そのやわらかい腰と脚の曲線の取り方、アンニュイな表情が漫画とイラストの中間の仕上がりをしていて、コマすべてが1枚ずつ絵のように見えます。今回のプラダの絵も、やはりコマがそのまま絵のようでもあり、どこを切り取ってもオノ・ナツメさんの絵でした。自分の大好きな作家さんの絵が、世界中で注目されるプラダのショーを彩る。そのニュースもまた、私を幸せにしてくれました。

「オノ・ナツメさんの漫画ってすごくいいんだよ。本当に面白いんだよ」。自分の中での漫画愛(私の場合は「読者」としての漫画愛です)が溢れて、ひとりでも多くの人に伝わるといいなぁと願ってしまいます。オノ・ナツメさんの漫画が好きです。


■予習したい方は『COPPERS』も読んでみて

そんなオノ・ナツメさんの新刊『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』が出ました。

『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』についてお話しする前に、2008年ころに発売された『COPPERS(カッパーズ)』というニューヨークを舞台にした警察と街の人がテーマになっている全2巻の漫画の話を少し。(ちなみにカッパーズとは、警察官を呼ぶときの古い言い方だと漫画の中で説明されています)


『COPPERS』  警察官がカッパーズと呼ばれているシーン

『COPPERS』の舞台になったNYに住んでいた小説家・楽々居輪治(ささいりんじ)が日本に戻ってきて父の家を引き継いで暮らしているという設定から始まります。


『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』 現在の輪治

完全な続編として描かれたわけではないので、『COPPERS』を読んでいなくても話はわかるようになっていました。ですが、『COPPERS』を先に読んでおくと(軽く予習しておくと)ニヤニヤ度がアップしするのでオススメです。なるほど、この世界観の続きを日本で描いているんだなと分かります。


■3人の男たちの「ある日曜日」が舞台

今回の舞台は、東京。クールでインテリなおじさま輪治、素直で明るい息子マックス、繊細で寡黙な輪治の娘の夫(輪治にとっては婿)ヤス。育った文化も背景も年代も違う個性的な3人の男たちが繰り広げる「ある日曜日」の物語です。


『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』 登場人物

1話完結で、毎話「ある日曜日」が舞台となります。ひとつの話が6ページほどと短く、ショートフィルムを見ているような感覚で楽しむことができます。連載漫画らしく日曜日には季節があり、行事があります。

どの話にも、少し距離感のある、でも優しさと相手への愛情がある言葉や描写が続きます。きっとすべてのお話の根底には「他人への思いやりと優しさ」があるのでしょう。読んでいて、嫌な気持ちになるとか、悲しい気持ちになることはありません。それぞれの生きるペースや性格の違いがあっても、誰かが誰かに無理をして合わせるわけでもなく、ただ淡々と時間が進んでいきます。その淡々としたリズムが、良い意味でのドライ感を生み出し、無駄のなさになんともいえない読後の心地よさを感じます。

いくつか紹介すると、6話のテーマである「日曜日の味と風物詩」の話では、それぞれの子ども時代の日曜日の食や季節物の話をしています。

『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』  風物詩の話

日本の夏の食べ物である素麺や縁側でたべるスイカについての会話は、アメリカで過ごしてきたマックスとヤスノリには少し遠く感じるようで、少し切なそうに、懐かしそうに話す輪治との温度差に哀愁があります。漫画の描写も、輪治には眼鏡のレンズの光のコントラストにより、かすかな影を感じます。

そこへすっと入ってくる太陽の光を前面に浴びたマックスの、計算のない優しい言葉は、その場をふっと和ませます。誰かの記憶を家族でシェアする。そのシェアが新しい思い出になっていく。幸せとはそんな瞬間にあるのではと、一瞬、自分の中の「幸せとは?」という感覚にすっとリンクしていきました。


■マグカップに山盛りのアイスクリームは「最高に美味しそうじゃないかい?」

13話。輪治の家の冷蔵庫が壊れてしまい、買い換えることに。冷凍庫が冷えるまで時間がかかるので、ストックのアイスクリームが溶ける前に食べてしまおうと盛り上がります。マグカップに山盛りのアイスクリーム。それはニューヨーク時代の輪治の大好物です。


『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』 アイスクリームを縁側で食べる風景

マグカップにアイスクリームが入っていると「最高に美味しそうじゃないかい?」というシャレの効いた言葉。家族3人が並んだ東京の縁側で、輪治のニューヨークのアイスクリームの記憶が再現されます。

大事な思い出は時が経っても褪せることなくずっと誰かの中に残る。その残ったものを共有していく。冷蔵庫の物語の結末の1コマを見ていると、私もマグカップにアイスクリームを入れて、夫と食べながら「この漫画のマネしたら最高に美味しそうじゃないかい?」と新しい思い出を作りたくなりました。ちなみに13話の、縁側での風景が今回の本の表紙になっています。

16話。味付け海苔と焼き海苔にまつわるマックスの子ども時代の話。ニューヨークに住み幼かったマックスは、父である輪治が黒い紙のようなものを食べているのを見て驚きます。これは海苔だよと説明すると、食べたいとせがむマックス。機転を利かせた輪治は子どもにも食べやすい甘めの味付け海苔を与えます。


『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』  子ども時代のマックスと若い輪治

味付け海苔が好きなマックスは、「それは子ども用の海苔」とイメージを持ちます。なかなか味付け海苔を卒業できないことに悩みつつも、大きな身体で味付け海苔を愛するマックスがなんとも愛おしく見えます。


■あなたはあなたでいい。見守る優しい眼差しにほっこりする

『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』 3人で神保町を散歩するシーン

素直で優しいまま大人になったマックスと、マックスの性格の素直で優しい部分をそのままのびのびと育てた子煩悩な父の輪治。大きな声や大げさな言葉で話しかけることはありませんが「大人なんだから」「子どもらしく」のようなものがなく、マックスはマックスであればいいという眼差しで見守り続けたことがゆっくりと伝わってきます。ありのままでいいんだよという優しさが、漫画のキャラクターでありつつも、読み手を癒してくれるような感覚になります。


今回の第1巻は20個の小さな物語と、輪治のニューヨーク時代の読み切りがひとつ入っています。1話にひとつテーマがあるので、20個の小さな幸せの欠片に出会うことができるでしょう。スリリングな事件も、特別な事故も起きませんが、ただ、日々の小さな幸せや気づきが詰まっていて、たとえば移動の電車の中や寝る前のベッドの中なんかで、2~3話をポツポツ読んでいく、なんて読書にも合う冊です。読んだ後、なんとなく気持ちが少しほっこりします。


『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』 コーヒーのシーンをコラージュ


ちなみに余談ですが、この漫画を読んでいると、随所にコーヒーが登場します。大きなマグカップに、たっぷり入った描写。淹れ立ての香りまでしてくるようで、あまりにも美味しそうです。よく見るとマグカップのデザインもユニーク。

オノ・ナツメさんの漫画を読んでいると、毎回必ずコーヒーを飲みたくなります。なので、いつも漫画に出てくるのにそっくりな、真っ黒のコーヒーをいれた大ぶりのマグカップを片手に読んでいます。どうぞコーヒーと一緒に漫画をお楽しみください。おやつはシナモンドーナツで。

  • 電子あり
『ハヴ・ア・グレイト・サンデー(1)』書影
著:オノ・ナツメ

小説家・楽々居輪治(ささいりんじ)。長くニューヨークで暮らしていたが、ある事情で単身、東京に戻ってきた。きままな独り暮らしのはずが、日本に暮らす息子のマックスと娘婿のヤスは、輪治を慕って毎週末は入り浸り。男3人は、いつも「最高の休日」を夢見る。

レビュアー

兎村彩野 イメージ
兎村彩野

AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。

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