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低所得層急増の理由と影響──日本はなぜ「階級社会」へ堕ちたのか?

かつて「一億総中流」が信じられた時代を経て、「格差社会」という言葉が語られ始めたのは2006年。しかし、格差拡大はすでにバブル時代から始まっていた。今や平均年収186万円の低所得者層「アンダークラス」は、900万人を超え、確実に「階級社会」へと変化してきている──。最新のSSM調査(社会階層と社会移動全国調査)や2016年首都圏調査の分析から明らかになったのは、現代社会の悲惨な実態だった。今年1月の発行以来、大きな反響を呼んでいる『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)について、著者の橋本健二さんに話を伺った。

2018.03.06
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雑誌や新聞でも紹介され、話題沸騰中!

──発売後約1ヵ月で、累計発行部数5万部を突破しました。『新・日本の階級社会』が今これだけの注目を集めていることについて、どう思われますか?

いろいろな意味で機が熟したのだと思います。私が著書で「アンダークラス」という言葉を使うようになったのは10年ほど前。そういった下層にいる非正規労働者の人たち(専門管理職とパート主婦を除く)が、ものすごい勢いで増えていた時期でした。このまま増え続けたらとんでもないことになるぞと危惧してきましたが、現在はもう900万人を超えています。
2010年頃までは、格差社会に関する本が毎月何十冊も出るような格差社会論ブームの時期もありました。しかし東日本大震災が起き、「格差の問題より被災者支援のほうが大事だ」「格差より防災だ」という雰囲気に変わりました。政府の世論調査でも、震災のあとは「自分の生活に満足している」という人の比率が急激に上がり、「自分は中ぐらいの生活だと思う」と回答する人が大幅に増えました。一時的に、「一億総中流」時代に似た形に戻ったわけです。しかしその間、日本の格差の状況は変わることなく、むしろ悪化しました。震災の問題はまだまだ解決したわけではありませんが、時間が経って格差問題にも再び目が向き始めた時期なのだと思います。

──本の構想自体は、5年前からあったそうですね。

はい。2006年に講談社選書メチエから出した『階級社会』のバージョンアップ版を出しませんかとお声がけいただいて。ただ、そのときはまだ今回の本で主に取り扱っている2つのデータがそろっていませんでした。10年に一度行われるSSM調査(社会階層と社会移動全国調査)が2015年に行われるということがわかっていたので、そのデータを使おうということと、2016年に私が中心になって行った首都圏調査のデータも扱おうということで、今回のタイミングになったわけです。これら2つの調査の分析結果はこれからいろいろな研究者たちが本や論文にまとめると思いますが、たぶんこれが最初に出たものになるのではないでしょうか。

──データ自体も本文中にいろいろ掲載されていて、一つひとつ大変興味深かったです。

私は研究者なので、データに基づいてものを語ります。でも、データに忠実に、細かく分析すればするほど一般の人にはわかりにくくなる面もある。そのバランスをとるのが大変でした。根拠となるデータをその都度示しているので、パラパラめくると一見「数字とグラフばっかり!」と思われるかもしれませんが、本文は図表を見なくても読めるようにしたので、詳しく知りたいところだけ細かく見ていただければと思います。

社会保障制度の充実が起こすイノベーション

──現代日本の階級構造は、5つの層から成り立っているというご指摘でした。企業経営者や役員などの「資本家階級」、被雇用の管理職・専門職・上級事務職にあたる「新中間階級」、労働者階級には「正規労働者」と非正規労働者の「アンダークラス」、農業や商工サービスの自営業者やその家族従業者で構成された「旧中間階級」の5つということでしたが、実際にこの本を読む方も、それぞれの層で気づきがありそうです。

格差の問題を研究している以上、現実世界で問題が深刻化していることに対しては何かしらメッセージを発していかなければと思っています。できれば社会に影響を与えて、実際に問題が解決される方向へ社会が動いていくように力を尽くせればと思ってきました。

──必要最低限の所得を無条件で給付する「ベーシック・インカム」についても提言されていましたね。

真剣に検討すべきことだと思います。やり方はいろいろあって、一定基準よりも所得の低い人たちにマイナスの所得税を適用するという給付付き税額控除などもベーシック・インカムに似た効果があります。高齢者に対して基礎年金を認めるのであれば、失業した人や貧困世帯に対する給付もできるはずですから。充実した社会保障制度があれば、人は新しい事業の開拓などにもチャレンジできます。実際に北欧諸国など社会保障がしっかりしたところでは、イノベーションも進んでいる。日本は社会保障の不備によってイノベーションが起こりにくい社会になっているのです。

階級社会の問題はすべての人に降りかかる

──アンダークラスの問題は決して他人ごとではないということも、我々は知らなければいけませんね。

フリーターという言葉が使われるようになったのは格差が広がり始めたバブルの頃ですが、当時20代だったフリーターが今は50代になり、もう10年もすれば仕事を引退します。その後、彼らの多くは生活保護を受けることが考えられます。しかも時期により波はありますが、平均して毎年20万人ほどがアンダークラスに加わっていきます。これらの人々の老後を生活保護で支えるとすれば、おそらく数十兆円もの費用がかかるでしょう。
それだけではありません。大きな格差は対立を生みます。自己責任論をふりかざして叩く人も出てくるでしょうし、それに反発する人も出てくるでしょう。あくまでもごく一部のことですが、貧困状態のお年寄りが万引きその他の罪を犯すことも増えています。また法務省の報告書では、無差別殺傷事件の犯人の多くが20〜30歳代の若者で、また大部分が無職や非正規労働者などの貧困層だったことが明らかにされています。こういったことが今後増大していく可能性があるのです。

──昨今では、自己責任論で議論を終えてしまう人が少なくないということも浮き彫りになりました。

世界各国の研究では、「格差で困るのは貧困層だけではない」という結果が出ています。格差によって人々の連帯感は失われ、いろいろな問題が起こりやすくなり、ストレスがたまって社会の豊かな層まで健康状態が悪化していく。犯罪が増えれば、もちろんすべての人が被害を受けます。格差が拡大すると、単に貧しい人だけが不利益を被るのではなく、社会全体が不利益を被るということが、研究からもわかってきているのです。自己責任論を唱えるのは自由ですが、もしそれで格差が放置されたら、その不利益は自己責任論を唱えるあなたにも及ぶのだということを知ってほしいですね。

──まさに、今我々が読むべき本ですね。部数もさらに伸びていきそうなので、今後の反響も楽しみです!

データ分析から見えてきた不安要素

──今回の本では女性の格差についても、かなりページを割かれていましたね。

男性の場合の格差は、基本的には自分の職業が何であるか、安定しているか、職種がどうなのかということで決まります。しかし女性の場合、現状の日本ではまだまだ男性に比べて経済力が弱いですから、配偶者がいるかどうか、その配偶者が何の職についているかということで生活のかなりの部分が決まってしまいます。自分がパートや派遣など不利な職業についていて配偶者がいない、あるいは配偶者が低賃金の職についているなど、不利が重なって非常に厳しい立場に置かれている人もいます。その意味で、女性の格差の問題というのは男性以上に深刻だし、本人だけでなく配偶者も関係してくるので構造が複雑なのです。
さらに女性について細かく分析していくと、一番不利なのは配偶者がいない非正規労働者のアンダークラスだということがわかります。これらの人たちはかなりの比率で配偶者との離死別経験を持っていて、子どもがいます。そのうえ、親まで養っている場合も多く、二重、三重、四重に不利な条件がある。こういう人たちの存在は知られていましたが、実際に統計で把握できるほどの数がいるのがわかったのは、大きな発見だったと思います。

──テレビドラマなどでも、母子家庭を題材にしたものなどが近年話題になっていました。

そうですね。女性に関して分析した章では、実際にドラマチックなところがいろいろありました。母子家庭がその典型ですが、そのほかにも本人は高学歴の専門職で、夫は工場の労働者だとか、夫が稼ぎの少ない職人で、本人はパートに出ているなど。誰か有能な女性ジャーナリストが、この本とコラボする形で取材してくれたら面白いのではないかと思うのですが。

──男性のデータで意外な発見などはありましたか?

以前に比べて、恵まれた層の男性が保守化しているということですね。2010年までのデータでは、新中間階級にあたる高学歴のホワイトカラーの人たちは、政治意識が高く、自民党以外の支持者が多く、「格差は是正しなければいけない」と考える人の比率が高かったんです。しかし今では、男性の資本家階級、新中間階級や正規労働者、いわば資本主義のメインストリームにいる人たちは、自己責任論に立って格差を容認する傾向が強くなっています。それによって「所得再分配をして格差を縮小させるべきだ」と考える傾向が弱まっていることが、今回かなりはっきりしました。
一方でアンダークラスは、格差拡大の被害者であるだけに、自己責任論を否定し、格差是正を求める傾向が強くなっています。ただし、一枚岩ではありません。しかも格差縮小を求める傾向が、外国人を排斥しようとする排外主義が結びつく傾向が、主に男性の一部に見られます。これはかつてのファシズムで見られたかなり危険な傾向です。これも不安要素と言っていいと思います。

──かつての中間層である農家などの「旧中間階級」も、格差是正の傾向が強いようですね。

旧中間階級、女性、アンダークラスといった資本主義のメインストリームから外れた人たちでは、格差の是正や平等を求める傾向が強いことが、今回わかりました。また、新中間階級や労働者階級の中にも、格差是正を強く求める人々が、一定の比率で存在し続けています。ただし、これらの人々には支持政党がないことが多く、このためになかなか政治を変える動きになりにくい。政治を変えようとする野党は、こうした層や貧困層に、もっと強力にアピールした方がいい。今回のデータ分析からは、政治が変わっていく見通しも若干見えてきたのではないでしょうか。

──先生は「橋本健二の居酒屋考現学」というブログ(http://d.hatena.ne.jp/classingkenji/)も書かれていて、数多くの居酒屋巡りをされていますね。これはフィールドワークと趣味を兼ねてということでしょうか。

まさにその通りです。バブルがはじけてからある時、それまで大衆的な居酒屋にはいなかった高学歴のホワイトカラーの層が急に増え始めました。居酒屋で飲んでいても、世の中の変化がとてもよく見えるのです。趣味が高じて2冊の本も出してしまいました(『居酒屋ほろ酔い考現学』/毎日新聞社、『居酒屋の戦後史』/祥伝社新書)。普段は池袋や練馬区・板橋区周辺などを巡っていますが、「今日は総武線沿線に行ってみよう」などとテーマを決めていろいろな街に足を運ぶこともありますよ。

橋本健二(はしもと・けんじ) イメージ
橋本健二(はしもと・けんじ)

1959年、石川県生まれ。東京大学教育学部卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。現在、早稲田大学人間科学学術院教授(社会学)。専門は理論社会学。主な著書に『階級社会』(講談社選書メチエ)、『「格差」の戦後史』『はじまりの戦後日本』(以上、河出ブックス)、『階級都市』(ちくま新書)、『戦後日本社会の誕生』(弘文堂)などがある。

  • 電子あり
『 新・日本の階級社会』書影
著:橋本 健二

かつて日本には、「一億総中流」といわれた時代がありました。高度成長の恩恵で、日本は国民のほとんどが豊かな暮らしを送る格差の小さい社会だとみなされていました。しかし、それも今や昔。最新の社会調査によれば1980年前後、新自由主義の台頭とともに始まった格差拡大は、いまやどのような「神話」によっても糊塗できない厳然たる事実となり、ついにはその「負の遺産」は世代を超えて固定化し、日本社会は「階級社会」へ変貌を遂げたのです。
900万人を超える、非正規労働者から成る階級以下の階層(アンダークラス)が誕生。男性は人口の3割が貧困から家庭を持つことができず、またひとり親世帯(約9割が母子世帯)に限った貧困率は50.8%にも達しています。日本にはすでに、膨大な貧困層が形成されているのです。
人々はこうした格差の存在をはっきりと感じ、豊かな人々は豊かさを、貧しい人々は貧しさをそれぞれに自覚しながら日々を送っています。現在は「そこそこ上」の生活を享受できている中間層も、現在の地位を維持するのさえも難しく、その子供は「階層転落」の脅威に常にさらされている。この40年間の政府の無策により、現代日本は、金持ち以外には非常に生きるのが困難な、恐るべき社会になったのです。
官庁等の統計の他、さまざまな社会調査データ、なかでもSSM(「社会階層と社会移動全国調査」)調査データと、2016年首都圏調査データを中心にしたデータを基に、衝撃の現実が暴き出されてゆきます。

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