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『銀河鉄道の父』直木賞秘話──「偉大な父とドラ息子」エピソードに鳥肌!

国民作家・宮沢賢治は、岩手県花巻に祖父の代から続く裕福な質屋に生まれた。長男で家を継ぐ立場だったが、学問の道へ進み、創作に情熱を注ぐようになる。そんな賢治の父・政次郎は地元の名士であり、篤志家でもあったが、賢治は父とは異なり、社会性や生活力には著しく欠けていた。最愛の妹トシとの死別など、紆余曲折に満ちた賢治の生涯を、父の視点から描いた『銀河鉄道の父』。今回の直木賞受賞を受けて、著者の門井慶喜さんと前担当編集の岡本淳史、現担当の小林龍之が語り合った。

2018.02.05
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原案を聞いた時点で直木賞を確信していた

岡本 あらためて、直木賞受賞おめでとうございます。『銀河鉄道の父』の原案を最初にお話しいただいたのは、調べてみると2014年の11月30日でした。門井さんは大阪にお住まいですが、「今度大阪へ行きますので飲みましょう!」と軽い感じでお誘いしたのがきっかけでしたね。

門井 ありがとうございます。そんなに前でしたか。

岡本 そこで門井さんから、「宮沢賢治の父・政次郎のエピソードがすごいんですよ」と。それを聞いただけでもう、鳥肌が立っちゃったんですよね。僕も編集は長いですが、鳥肌が立つほど感動するエピソードってなかなか出会えない。これはすごい作品になるなと確信しました。

門井 『銀河鉄道の父』というタイトルも、そのときに出来上がっていましたね。

岡本 そうですね。直後のプラン会議では、すでに『銀河鉄道の父(仮)』としていました。

小林 僕は「小説現代」の連載開始時からの担当ですが、当時引き継いだとき、まだ連載が始まってすらいないのに「この作品は直木賞をとります!」って、岡本が宣言していたんですよ。

門井 そうだったんですか……初耳です。それは聞かないでおいてよかった(笑)。

小林 そうですよね。僕にもプレッシャーでした(笑)。

岡本 我ながら大胆だったなあ。でも、それだけの覚悟と期待があったんですよ!

門井 僕が政次郎に興味を持ったのは、子どものために買った賢治の伝記漫画を読んだのがきっかけです。政次郎は少ししか出てきませんが。

岡本 実際に盛岡や花巻で取材をしたのは、それから1年ほど経ってからですね。門井さんもたくさん連載をお持ちだったので、それが落ち着いたらというのと、取材する前にいろいろな資料を集めて目を通したほうが効率も良いということで。

門井 賢治に関しての文献は読み切れないほどありますが、政次郎に関しては1冊もありません。政次郎を知っている人は賢治の研究者くらい。賢治ファンでもまず知らない存在ですから、資料がどれだけあるかというのも不安でした。書き始める前に、岡本さんと岩手の農場を取材したり、地元の図書館で郷土史コーナーを探したり、賢治が亡くなったときの岩手日報を読んだりしました。その帰りの飛行機で「これはいけそうだ」と、ようやくほっとしたのを覚えています。

トシが入院していた病院跡が講談社近くに!

岡本 門井さんとは最初、あるパーティで知り合いましたが、「講談社について語っていいですか」と、簡潔ながらも、まさにおもしろくて、ためになる解説をしていただいたんですよね。いろいろな会社にお詳しくて、僕は“社史研究家”だと思っていますよ。

門井 当時は講談社の50年史を読んでいて。相手が中央公論の方なら中央公論の話ができたでしょう(笑)。

岡本 今回の『銀河鉄道の父』も短い文章ですべてがわかるような心地よい語り口が素晴らしく、社史を語るときの門井さんに通じるものがありました。

小林 連載が始まってからは、賢治がトシの看病をするために上京してくる場面などで東京での追加取材もされましたよね。トシが入院していた病院の跡地は、講談社のすぐ近くにあって。

門井 そうそう。病院が講談社の近くだったというのがわかったとき、賢治が「おらもいつかここから本を出してやる!」と講談社本館を見上げるシーンを思い浮かべました。これはもう絶対に書こうとさらに調べたら、なんとその時代には講談社がまだ今の場所になかった(笑)。

小林 これまた講談社の近くにある日本女子大学の取材では、トシが実際に書いた答案も手にとって見せていただきましたね。

門井 あれは恐らく未発表ですよ。自分はいかに生きるべきかという道徳論みたいなものでした。本当にきれいな万年筆の字でしたね。

小林 ああ、やっぱりできる娘(こ)だったんだなぁというのが、ひしひしと伝わってきました。

門井 トシは頭のいい人だし、自分に自信がある人ですよね。資料を見ていてもそんな気がしましたが、ああいう字を見るとあらためてそう感じました。「永訣の朝」で描かれた死ぬ間際のはかない妹のイメージがありますが、とんでもない。病気をしなければ作家か雑誌記者になっていただろうというくらい、活発な人だったのだと思います。

想像もしていなかった父の愛が取材で判明

門井 政次郎を調べて意外だったのが、賢治の死後だいぶ経ってから改宗していることです。宮沢家はもともと熱心な浄土真宗の家でしたが、賢治がそれに逆らって日蓮宗系の国柱会へ入る。いわば家庭内での両派対立状態だったわけですが、政次郎は後で宮沢家ごと改宗しているんですね。厳しいだけの人じゃないということが、事実としてわかったわけです。とても感銘を受けましたが、この作品にはあえて入れませんでした。そこまで書いてしまうと「きれいに終わらせるために私が作った話じゃないか」と思われる恐れがあるから。

小林 そのギリギリで留めてあるところが、すごく上手いと思いました。さすがだなと。

門井 まずこの話を描こうと思った時点で、賢治が生まれてから亡くなるまでの話であろうというのがありました。素材がいいので、変に作為をしないで一番ストレートに読者に伝わるものにしようというイメージが最初からあって。それは連載最後まで動きませんでしたね。

岡本 門井さんの作品は、読むとみなさんファンになります。最初の一歩を踏み出せばずっと長く読み続けたくなるはず。今回の直木賞でさらに多くの方に読んでもらう機会になればいいですね。

門井 僕もこういう素晴らしい体験をさせていただいたので、講談社にはこれからもぜひ作品で恩返しをさせていただきたいと思います!

総勢5人! 親バカで何が悪い!?

岡本 実は小説現代から異動になったとき、「門井さんは小林に担当してほしい」とリクエストしたんです。門井さんはこの作品を「自分が父だからこそ、ぜひ書きあげたい」とおっしゃっていたので、ここは父親としてもベテランの小林が適任かと。この世界観をわかってもらえると思っていたし、しっかりゴールしてくれると確信していました。

小林 門井さんはお子さんが3人、私が2人、岡本も1人いて、われわれは3人とも父親なんですよね。今日は誰が一番親バカかを話そうと思っていました(笑)。

岡本 僕は、赤川次郎先生に「親バカだね」と認定されましたよ!

門井 何があったんですか(笑)。

岡本 うちの子どもはたまに舞台に立っているのですが、ある雑誌に写真が載ったんです。それを赤川先生のファンクラブの方にお見せしようとしているところへ先生が……。

門井 それは親バカですね。僕もやると思いますけど(笑)。

岡本 甘いですよね……。その雑誌はいっぱい買いました(笑)。

門井 まさに、政次郎と一緒ですね。『銀河鉄道の父』には賢治の作品が載った岩手毎日新聞を政次郎が親戚に配って歩くシーンを描きましたが、あれは僕のフィクションです。うちの息子たちも「子供の科学」という雑誌で投稿した写真が何度か掲載されていますが、僕は掲載されると毎回4冊は買っています。読む分と、永久保存版と、僕の実家に送る分と、奥さんの実家に送る分(笑)。

小林 私も親バカと自負しています。本当に偶然ちょうど今朝のことですが、新聞で子どもの詩や文章を取り上げる欄に、4歳の娘の言葉が載ったんです。今日はそのコピーを持ってきていますよ!

門井 これは親バカだ! 僕の受賞記念エッセイのコピーは持ってきていないのに(笑)!

岡本 今回直木賞を受賞されて、息子さんの反応はどうですか。

門井 記者会見では「息子には父親心理がわかってしまうのであまり読んでほしくない」なんて冗談に紛らわせて言いましたが、次男はクラスであだ名が「ナオキ」になったとか (笑)。

岡本 名前みたいですね(笑)。ニュースで門井さんを観たうちの子が、「受賞した瞬間の門井さんやります!」と、スマホを持ってガッツポーズするものまねをしていました。息子にとって門井さんはヒーローですよ。

小林 うちの娘はよく分かっていなくて、我が家ではお父さんが受賞したことになっています(笑)。

門井 四捨五入すればそうかもしれない(笑)!

岡本 そんな親バカだけに、政次郎を見るといろいろな思いがよぎるんですよね。

門井 あともう1人、親バカがいますよ。僕の亡くなった父です。僕は2003年にオール讀物推理小説新人賞を受賞しているのですが、その前に3回落ちているんですね。でも、名前と選評がちょっとだけ載る。それを父は何冊も買って、自分の会社の取引先や関係者に配ったそうです。僕としては落ちたやつだからやめてほしかったですけど(笑)。

岡本 今となっては同じようなことをしているわけですね(笑)。

門井 この作品は政次郎がドラ息子に苦しめられる話を書くつもりで始めたのですが、途中から「ああ、このドラ息子は僕だな」と。僕も長男に生まれながら、父と同じことはやらなかった。売れもしない原稿をせっせと書く、社会能力のない男という点で、まさしく僕は賢治です。それでこの作品が父の話ではなく、父と子の関係の話になって、1冊の中でテーマが深まったので、結果としてはすごくよかったんですけれど。ただ、その自己発見は僕にとって必ずしも愉快ではなかったということですね(笑)。

門井慶喜(かどい・よしのぶ) イメージ
門井慶喜(かどい・よしのぶ)

1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。2015年『東京帝大叡古教授』、翌年『家康、江戸を建てる』が続けて直木賞候補となる。2016年に『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)受賞。同年咲くやこの花賞(文芸その他部門)を受賞。2018年、『銀河鉄道の父』で第158回直木賞を受賞。

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『銀河鉄道の父』書影
著:門井 慶喜

明治29年(1896年)、岩手県花巻に生まれた宮沢賢治は、昭和8年(1933年)に亡くなるまで、主に東京と花巻を行き来しながら多数の詩や童話を創作した。 賢治の生家は祖父の代から富裕な質屋であり、長男である彼は本来なら家を継ぐ立場だが、賢治は学問の道を進み、後には教師や技師として地元に貢献しながら、創作に情熱を注ぎ続けた。 地元の名士であり、熱心な浄土真宗信者でもあった賢治の父・政次郎は、このユニークな息子をいかに育て上げたのか。 父の信念とは異なる信仰への目覚めや最愛の妹トシとの死別など、決して長くはないが紆余曲折に満ちた宮沢賢治の生涯を、父・政次郎の視点から描く、気鋭作家の意欲作。

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