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「不幸な日本」を経済学で考え直す──GDPと幸福感の上下関係とは?

「幸福な日本」の経済学
(著:石見 徹)
2018.01.31
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“経済”の語源が“経世済民”にあるというのはよく知られています。「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」という語義ですが、この課題が今ほど“経済”に求められているときはない、というのが著者がこの本に込めた思いです。

議論の出発点は、人々がどれくらい生活に満足しているか、幸福と感じているかでなければならないだろう。

まず私たちが感じる幸福感と代表的な経済指標であるGDPとどのような関係があるのかが取り上げられています。

GDPが大きくなれば、別の言い方をすると、経済が成長すれば、労働者の受け取る賃金や報酬も増えて、人々の暮らし向きもよくなる。配当が増えれば株主は喜ぶ。なお企業や個人に配分された部分には税がかかるので、その一部は税収として政府に配分されることになる。
さらに付け加えると、経済が成長すると通常は雇用も増えるので、失業者が減ったり、新卒学生の就職状況がよくなったりする。

歓迎すべきことだけのように思える“GDPが大きくなる=成長”ですが、それがそのまま“幸福感”に直結するわけではありません。

GDP、あるいは付加価値は市場で取引される財やサービスに限られることである。逆にいうと、育児や家事労働など無償のサービスは含まれない。この事実から、次のように皮肉な結果も生まれる。(略)専業主婦が家庭や生活に不可欠な無償労働をしていても、少しも経済的価値は生まないのに対して、外に働きに出ればGDPが増えることになる。むろんだからといって、育児をベビーシッターや専門の会社に任せることが、当の女性にとって「幸福」を増すことになるかどうか、それは別の問題である。

“幸福”と“経済”の関係の難しさを象徴しています。つまり。経済的充実をもたらすと(考えられている)“成長”が幸福の要因となることはあっても、幸福そのものではないということです。経済的充実は幸福の条件になりうるものをつかむツールなのだということです。

こう考えると現在のグローバリズムの中心的なイデオロギーである新自由主義(市場至上主義)の過ちも見えやすいのではないでしょうか。グローバリズムは手段(ツール)と目的(幸福になる)を混同しているのか、あるいは手段が目的化しているというのです。なにやらそれは金融資本主義がマネーそのものの増大を目的視していることにも通じているように思います。

さらにグローバリズムは「賃金を抑制する要因」となります。詳細は本書を読んでいただきたいのですが、それは「低賃金国との国際競争」や「国際資本移動の活発化」により、引き起こされます。

新自由主義(市場至上主義)とグローバリズムは「労働分配率」を下げ、格差を拡大する重要な要因となるのです。とはいってもトランプ大統領に代表される“自国ファースト”“自国オンリー”が幸福になる道ではありません。トランプは国際的な経済関係や経済発展の方向性を恣意的に変えられると思い込んでいるだけです。

では格差にどう立ち向かえばいいのでしょうか。

世帯所得の減少を逆転させるには、第一に経済を成長させること、第二に労働分配率を高めることがさしあたり考えられる。この二つの目標はたがいに対立するものではないが、それぞれを実現するには、中長期的な取り組みが必要になる。その根底には「グローバル化」、「金融化」、「情報化」といった近年の経済発展の方向性が関係しているからである。

このどちらも幸福への重要な要因です。この要因に中長期的に取り組むことがこそが経済政策であり国家の役割になります。とりわけ労働分配率を高めるには国家の役割をはずすことはできません。新たな“大きな政府=福祉国家”のあり方を考える必要が出てきたのです。

大きな政府というと、非効率やムダが指摘され、小さな国家を主張する新自由主義者などから目の敵にされてきました。いまでも構造改革、民営化推進として小さな政府を目指す主張が声高にされています。これは合理的というより功利的なものであり、また中長期的というよりも短期的に利益の最大化をはかっているだけのように見えます。水道民営化法案などはその最たるものです。

いったい、本当に新自由主義者がいうように「大きな政府」は経済成長を阻害するのでしょうか。著者が着目したのはスカンジナヴィア諸国のありかたです。

スカンジナヴィア諸国の経済が好調な理由として2つのことがあげています。

1.市場に対して適合的な政策・制度が維持されている:質の高い法制度、インフレを抑える金融政策、対外開放政策。
2.社会的信用:政府への信頼、市民間の信頼。

着目すべきなのは2の「社会的信用」です。日本の「政府、政党や国会に対する信頼度」は6~7割が信頼していないという結果が出ています(『世界価値観調査』で48ヵ国中最下位に近い)。

さらに日本で政府の信頼が低いのは「国有地が一小学校に破格の条件で売却」(森友問題)されようとしたなどの事件が相次いでいることがあげられます。首相の不支持理由の最の理由が“人柄が信頼できない”というのも社会的信用が乏しいということこのあらわれでしょうか。

しかしながらこれらは現政権の悪政であって、「大きな政府」が原因ではありません。民営化・構造改革のもとにムダ、効率性の悪さで批判されてきた「大きな政府」ですが、いまこそ見直しが必要なのです。ベーシックインカムをはじめ、「大きな政府」の内実を検討しながら先の労働分配率を上げ、社会福祉環境を改善し福祉国家をめざすべきなのです。そのために必要なのは「中長期的な視点」です。目先の成長だけでなく“持続する”ことを考えなければなりません。

大切なのは長い時間で考えることである。そもそも少子高齢化が予想されたにもかかわらず、最近まで対策が打たれてこなかったのも、長期的な視点が欠けていたからであった。それは政治の問題ともいえるが、最終的には私たちの考えを少しでも変えてみることが必要である。

幸福と経済の関係をめぐって次のような1節が記されています。

格差が所得の減少と同時に現れたことからすると、社会全体の閉塞感や「生きにくさ」と深くつながっていることはまず間違いないだろう。(略)格差の拡大は経済成長にマイナスに働くばかりではなく、社会的、政治的にも不安定要因を大きくするので、是正すべきことは明らかである。

経済政策はまず格差是正を目的にしなければならない、そういっているように思えます。「イースタリン・パラドックス」というものがあります。このパラドックスとは「所得が高くても、あるいは所得が増えても、幸福感はさほど向上しないという現象」のことだそうです。幸福についてじっくりと考えてみたくなる1冊です。

  • 電子あり
『「幸福な日本」の経済学』書影
著:石見 徹

「失われた20年」は、やがて30年になろうとしている。その間、非正規雇用者増加、未婚率上昇、格差拡大などの現象が顕著となり、「人並み」の生活を送るのが難しい「貧困」が広がっている。
一方で、若者たちの「幸福感」はこの20年以上高止まりしているという、意識調査に表れる奇妙な結果。
日本は何故ここまで行き詰まったのか。「幸福感」とのズレの理由は何か。そして経済・財政・社会状況を打開する道はあるのか。
目指すべきwelfare(福祉)とwell-being(幸福)達成への方策を考察する。

レビュアー

野中幸広

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note⇒https://note.mu/nonakayukihiro

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