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視覚障害者マラソンの『伴走者』が熱い! @NHK_PR(中の人1号)長編秘話

視覚障害のある選手が全力を出せるよう、その目の代わりとなる「伴走者」。並走しながら周囲の状況や方向を伝え、ペース配分やタイム管理まで行うため、世界レベルの選手の伴走者には、健常者のトップクラスの選手が必要となる。そんな「選手ではないが競技者」というユニークな存在に焦点を当てたスポーツ小説『伴走者』。著者の浅生鴨さんは、元NHK広報局ツイッターの初代担当「NHK_PR1号」としても知られる。担当編集の須田美音とともに、『伴走者』誕生秘話を語った。

2018.01.12
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「NHK_PR1号」から、作家「浅生鴨」へ

須田 私が浅生さんに初めてご連絡したのは、NHK広報局の初代ツイッター担当「NHK_PR1号」として書かれた『中の人などいない』を読んだのがきっかけでした。当時、私も「群像」編集部で公式ツイッターの中の人をやっていて、方向性に悩んでいたので(笑)。

浅生 実際はノウハウより哲学を書いた本ですけどね。

須田 そうなんですよね。でも、読みものとして素晴らしかった。それで「『群像』でエッセイを書きませんか」とお願いして。「私のベスト3」というコーナーでした。

浅生 僕が好きな「スイッチ」のベスト3を書かせてもらったんですよね。「トグルスイッチ」とか……。

須田 スイッチを選ばれたのが、また(笑)。それが面白かったので、今度は「小説を書きませんか」と。

浅生 無茶しますよね(笑)。最初は絶対無理! と思ったのですが、断る言い訳がなくて、ひとまず書くことにしました。原稿を送ったら、同時期にすごく似たテーマで他の人が書いているから書き直してほしいと言われて。しょうがないからもう一度書いたんですよ。そしたらお電話いただいて、「もうちょっとがんばってもらわないと困る」と言われたんです。「小説になっていません!」と。

須田 ちょっと偉そうでしたね(笑)。「群像」は特に新人作家の方には厳しいところがあるかもしれません。

浅生 最初に書いたものがいきなり書き直しになって、かつ「こんなのダメ!」ってスパルタから入ったから、かえって気が楽だったというのもあります(笑)。

須田 初の短編小説『エビくん』では、“浅生鴨”という筆名も誕生しました。NHKのことは一切出さなかったので、まさに彗星のごとく現れた謎の新人。

浅生 まだ職員でしたが、NHKの名前を出す場合は内容を全部チェックされるんです。「スイッチ」のエッセイでも混乱したのに、小説のチェックなんて通らないなと(笑)。それで急遽考えたのが、口癖の「あ、そうかも」からの浅生鴨。もう一つ、ジョン・マルコヴィッチが好きなので「マルコミチオ」という案もあったんですよ。

須田 マルコミチオだと、だいぶ印象が違っちゃいますね(笑)。でもこの『エビくん』が、いきなりその年のベスト短編小説として日本文藝家協会に選ばれて、アンソロジー『文学2014』に収録されたんですよね。

浅生 読んでいただいてるんだなぁと、驚きました。

選手でもなく、コーチでもない「伴走者」という存在

須田 『伴走者』は、今度は長編をということで、いくつか出していただいたアイディアの一つでした。選手でもコーチでもない、他にはない存在です。

浅生 ちょうどソチパラリンピックのCM制作をしていた頃、取材の中で伴走者という人たちを知ったんです。不思議なポジションで、面白い存在だなと。

須田 『伴走者』は「夏マラソン編」と「冬スキー編」の2部構成になっています。マラソンは、1本のロープの端と端を選手と伴走者が持って走り、スキーは伴走者が選手の前を滑って声だけでガイドします。でも、選手も伴走者もお互いがお互いの伴走者になっているところがあるんですよね。私たちも、誰もが誰かの伴走者として生きているんだなと感じさせられる作品でした。

浅生 はい。ソチパラリンピックのCMでも、僕は「伴走者になろう」というキャッチコピーを書きました。障害とか関係なく、誰かの夢を叶えたいと思い、その夢を叶えようと手を差し伸べる者は、みんな伴走者だと。

須田 執筆にあたっても、取材をたくさんされて。

浅生 僕が取材した伴走者の方は、もう夢中でしたね。「こいつを勝たせるんだ」という想いは、感覚で言うとF1ドライバーに指示を出す感じに近い。マラソンなら、一緒に42.195キロ走りながらです。自身も大会にずっと出て、トップレベルを維持していました。そうじゃないと伴走なんてできないんです。

取材を経て見えてきた障害者たちの等身大の姿

須田 夏編の視覚障害者ランナー・内田は元プロサッカー選手で、大金を費やして勝とうとする貪欲な性格。「勝つためには手段を選ばない」という、今までにない選手像です。

浅生 どうしても障害者が映画やドラマに出てくると「逆境に打ち勝って」とか、すごく努力して何か得ていく感じになるんですけど、障害者だからって、別に聖人君子じゃない。僕の友達でも、車椅子に乗っている男の子とか、公園のベンチにかわいい子が座っていたら、その前で急に車椅子が動かなくなりますから……。

須田 新しいナンパのテクニックですね(笑)。

浅生 悪い奴です(笑)。だから夏編では傲慢な障害者を、冬編では怠け者の障害者を描きたかったんです。

須田 冬編に出てくる全盲の天才スキーヤー・晴(はる)は、いわゆる今どきの女子高生で、基礎練習をサボってばかりなんですよね。やる気がない晴を、伴走者の涼介がどう練習させていくかという展開が新鮮でした。

浅生 夏編ではスポーツとしての面白さや、そこでの熱いかけ引きを描きましたが、冬編では選手と伴走者がどう出会い、打ち解け、あるいはケンカしながら関係を築いていくかという日常の部分を際立たせました。僕は退職後もNHKでずっとパラリンピックの番組を作っているのですが、ゴールボールの選手を取材したときに、「恋愛のほうはどうですか?」なんて、ほかのスポーツ記者たちがまったく聞かないような質問をしていましたよ(笑)。どういう人が好きか聞くと、「イケ声の人!」なんて言われて、そんな言い方をするんだなぁと知ったりもしました。

須田 盲学校にも取材されていましたよね。

浅生 視覚障害がある女子高生たちにグループインタビューしたり、先生にも話を聞いたり、いろいろしました。彼女たちに「怠け者を描きたいんだ」と言ったら、「やっとそういうの書いてくれるんだ!」と大喜びでしたよ。「自分たちはがんばってるとか思われるから、超めんどいんだよー!」って。僕はやっぱり、世の中にはいろんな見方があって、それをちゃんと知ることが多様性につながると思うんです。だから、まずは「そういう人たちもいるのね」と読者に思ってもらって、「いて当たり前だよね」ということがうまく伝わるといいなと。

須田 私自身、この作品を読んではじめて知ることもたくさんありました。これを読んでからパラリンピックを見たら、すごく面白いだろうなと思います。だから、どうしても平昌の前に出したかったんです。

浅生 そうですね。なんとか間に合いました(笑)!

「夏マラソン編」を執筆したのはキューバ撮影中

須田 最初に夏編を書いていただいて「群像」に掲載したのは、2016年の9月号でした。テレビの番組制作などもされて、すごくお忙しい中で書いていただいて。

浅生 書き出したのは5月頃です。ちょうど番組の撮影でキューバにいました。夏編で描いた国際マラソンは架空の暑い南国の設定でしたが、実際にキューバの街中で42.195キロのコースを作って、ビデオを撮りながらそこを自転車で走ったんです。全体の設計図みたいなものも作って、映像を見ながら原稿を書き直していく作業をしました。

須田 国名は書かれていませんが、読者の方が現地へ行ったら気づくかもしれませんね。

浅生 そうですね。「この病院ってあれかな?」とか、ふっとわかるかもしれません。

須田 写真ではなく映像で撮影されたのは、やはりお仕事で慣れていたからですか?

浅生 自転車に乗りながら写真を撮るのが、ちょっと面倒くさいというのもありました(笑)。あと、ここから勢いよくカーブを曲がったら何が見えてくるとか、自分の肉体の感覚として走っている感じがわかりたかったのもあります。僕も昔、社会人のチームでラグビーをやっていたので、長距離はトレーニングでよく走っていたんですよ。

須田 キューバにいらっしゃらなかったら、また違った描写になったかもしれませんね。

浅生 全然違ったでしょうね。ちなみに、冬編はフィンランドで書き始めました(笑)。

須田 そうでしたか。2作とも、舞台は2020年の東京パラリンピックが終わった後ですね。

浅生 ルールが毎年のように変わるので、その整合性をとるためでもあるのですが、やっぱり2020年の後はいろいろ環境も変わるだろうなと思っていて。おそらく、2020年までは盛り上がるけど、そこから先は残念ながらブームが去って、みんな忘れちゃうんだろうなと。

須田 作品の中にも、そうした記述がありましたね。

浅生 そういうことも書いておくと、みんなが「2020年が終わっても忘れないようにしなきゃな」って、ちょっと思ってくれるかな、そうだといいなという思いがあって。そこには僕の個人的な狙いというか、願いがこもっていますね。あとは、日本人選手が出場しない冬季パラリンピックの視覚障害アルペンスキーがどれだけ日本で放送されるかですね。

須田 そうなんですよね。作中でも、選手がいないから伴走者も育たなくなり、年配の方が増えているということが描かれていました。そこへ、天才女子高生スキーヤーが現れる。

浅生 もしかしたら、日本中探せばこういう子が本当にいるかもしれない。

須田 見つけられていないだけかもしれないですよね。

浅生 夏編では健常者より障害者がスポーツをするほうがお金がかかるということを描きましたが、スキーもそうなんですよね。伴走者にかかる費用から、用具、ウェアも必要だし、ゲレンデにも行かなきゃいけない。その上、ケガするかもしれない競技用スキーをやらせようという親はなかなかいない。レジャーで楽しんでいる方はたくさんいますけどね。

須田 もしかしたら、この本をきっかけにして競技を始める方も出てくるかもしれません。ぜひ、いろいろな方に読んでいただきたいと思います!

浅生 鴨(あそう・かも) イメージ
浅生 鴨(あそう・かも)

1971年、兵庫県生まれ。NHK職員時代の2009年にNHK広報局のツイッターを開設し、「NHK_PR1号」として公式アカウントらしからぬユルいツイートが人気を呼ぶ。フォロワー数は60万人に達した。2013年、「群像」に初の短編小説『エビくん』を発表。2014年にNHKを退社。現在は執筆活動をしながら、広告やテレビ番組の企画・制作・演出なども手がけている。著書にエッセイ『中の人などいない』、『アグニオン』、『猫たちの色メガネ』がある。

『伴走者』書影
著:浅生 鴨

【伴走者(ばんそうしゃ)】=視覚障害のある選手が安心して全力を出せるように、選手の目の代わりとなって周囲の状況や方向を伝えたり、ペース配分やタイム管理をしたり、伴走(ガイド)をする存在。資金はない。趣味ではない。福祉でもない。障害者スポーツの世界にあるのは、ひたすら真っ直ぐな「本気」だけ。選手を勝たせるためなら手段は選ばない。伴走者の熱くてひたむきな戦いを描く、新しいスポーツ小説!

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