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【超密着】実は知らない『国境なき医師団』の現場へ。感動を伝えます。

「国境なき医師団」を見に行く
(著:いとう せいこう)
2017.12.02
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『国境なき医師団』に些細な寄付をしていた。

これがまた妙な話なのでおおまかに再現すると、もともと「男も日傘を持たないと日本の夏は厳し過ぎる」と数年前にツイッターに書き込んだのである。で、日傘というとどうしてもピンクでフリルがあってという印象が強いから、ドクロの柄でも染めたロック感のあるやつなどがいいと自分のポンチ絵を付け加えた。すると、小さくない反響があり、その中に本当の傘屋さんからの返信があった。「作りましょう!」と言うのである。

SNSの平和な時代でもあった。嫌がらせなどもなく、とんとん拍子に話は進み、その年の夏には「Docrot」という名前で初の商品が出た。その後さらに改作が進んで今は定番商品になっており、何より驚いたのは「男だけじゃなく、女もフリルの日傘なんか使いたくない。デザインもそうだが女性用は小さくて困る」という顧客が少なくなかったことで、熱帯化の進む日本の男女の苦難解消のため我々は貢献し続けているのだった。

さて、そのアイデア料をどうしましょうかと、初年度に傘屋さんはメールしてきてくれた。ここからが話の本筋である。俺はそういう目的で考えたわけでなく、むしろ実現してくれてありがたいと思っていたから、間を取ってどこかに寄付したいと申し出た。人間の苦難と立ち向かっている団体がいいと思った。

で、すぐに頭に思い浮かんだのが『国境なき医師団』であった。

というわけでこっちは数年、勝手に寄付してもらっていた。

<難民の子どもがMSFスタッフを描いた絵。医療用の車の中に貼られていた(ギリシャ)>

するとある時、『国境なき医師団』自身から取材の依頼が来た。寄付を謳(うた)っていたことを知った広報部が、『国境なき医師団』(ここからは海外での略称MSFで行きます。なんか堅苦しいので)の出している記事上でインタビューしたいとおっしゃるのである。

一も二もなく受けた。

広報から谷口さんという女性が来てくれて、そもそもMSFがどういう団体であるかの簡単な講義をしてくれた。そこで初めて知ったことがあまりに多かった。まず、彼らが戦地以外の地域にもいて、例えば性暴力被害の多い場所で治療や啓蒙活動をしていることや、貧困国での栄養失調治療にも余念がないことを、寄付者である自分は知らなかった。また何よりも、「医者でなくてもMSFのメンバーになれる」ことに自分は無知だった。

話を聞き始めて十分もしなかった。

「あの、谷口さん。僕があちこちで海外取材しちゃダメですか?」

逆取材の申込みであった。自分が知らなかったことを、より深く知りたい。そして自分と同じく知らなかった人に伝えたい。俺は単純にそう思った。谷口さんは少し驚いた表情を浮かべたのち、もちろんお願いしますと答えたのだったと記憶する。あとから聞くと、まさかそんな展開になるとは思っておらず、かなりとまどったようだ。それはそうだろう。

だが、そこからもとんとん拍子であった。取材日程だけがまず決まり、ともかくその期間に受け入れてくれるところを柔軟に探すことになった(各地域で事情はすぐ変わるから、我々は直前までどこに行くかを決められない)。さらに、自分の知りあいがちょうどヤフージャパンの中に編集者として転職し、彼に相談したところありがたいことにヤフーに自由に記事を出していいことになった。連載して一ヵ月後には、ニューズウィーク日本版が転載してくれることにもなり、これは電子メディアの良心と素早い対応力のおかげであった。

あとは取材をがむしゃらにした。そして締切りもないのに二年間、四ヵ国での体験を月に最大四回ずつ書いた。書くことでMSFの役に立ちたいという一心だった。現地でたくさん感動させられたことも当然強いモチベーションとなった。

<産科救急センターで、心臓に障害のある赤ちゃんに注射器で授乳する母親〈ハイチ〉>

<いとうせいこうさんの取材メモ>

かつて作家はよく戦記文学を書いた。開高健のベトナムなど、名作が自分の前に常にあった。緊迫感は先行者にかなわない。しかし、世界がゆるやかに崩壊しているような時、自分はそれをどうやって書くベきか。そしてどう柔らかく伝えるべきかを常に考えた。

結果が知らぬうちに七百枚以上の手記『「国境なき医師団」を見に行く』になった。

世界中の「国境なき医師団」でも、こんなに内部を書かせたことがないし、現地にいるMSFメンバーの内面をここまであれこれと聞き書きされたことはないそうだ。

各国語に翻訳されればいいと思っている。

(「本」2017年12月号)

  • 電子あり
『「国境なき医師団」を見に行く』書影
著:いとう せいこう

生きるのは難しい。
けれど人間には仲間がいる。

大地震後のハイチで、中東・アフリカから難民が集まるギリシャの島で、フィリピンのスラムで、南スーダンからの難民が100万人を超えたウガンダ国境で。作家・いとうせいこうが「国境なき医師団」の活動に同行し、世界のリアルな現場を訪ねる傑作ルポルタージュ。日本の小説家がとらえた、「世界の今」と「人間の希望」とは?

 

いとうせいこう イメージ
いとうせいこう

作家・クリエーター。1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など多方面で活躍。『ボタニカル・ライフ』で第15回講談社エッセイ賞を受賞。『想像ラジオ』が三島賞、芥川賞候補となり、第35回野間文芸新人賞を受賞。ほかの著書に『ノーライフキング』『鼻に挟み撃ち』『存在しない小説』『我々の恋愛』『どんぶらこ』、『見仏記』(みうらじゅんとの共著)など。

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