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もし私が癌になったら。大事な人と「もしもの話」をしたくなる漫画

さよならしきゅう
(著:岡田 有希)
2017.11.03
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土曜日の午後、夫とカフェでパフェを食べながらこの漫画を読みました。『さよならしきゅう』を読み終わったら自分の下腹部に手を当てていました。目の前にいる夫を3回くらい見て、もう1回お腹を触りました。

この漫画を話を知らない人に説明するとしたら「私とほぼ同年代の女性が、恋をして、結婚をして、子供を産んで、癌になって、生きる事を選んでいく彼女とその家族の物語」と言ってしまうでしょう。しかしこれだけでは言葉はあきらかに足らず、もし相手が興味をもってくれたのなら、私は堰(せき)を切ったように言うでしょう。

「あのね、あのね、あのさ」

この漫画の主人公のおかだゆきは33歳、既婚一児の女性。職業は漫画家。カワイイ2歳の娘と漫画家の夫。職業こそ少し個性的な夫婦ではあるけれど、至って普通の幸せな3人家族。

そんな穏やかに暮らすある日、おかだゆきが体に不調を感じます。どうも生理不順のようだけど、なんだか様子が違う。そこで病院を訪れると、どうもただならぬ不正出血ではないらしい。

検査を経て告げられた答えが「癌です」でした。


(『さよならしきゅう』 P12)


実はこのおかだゆきという主人公はこの漫画の著者岡田有希本人がモデルになっています。そう、この漫画は彼女のリアルな子宮頸がん闘病記です。


国立がん研究センターが発表する統計によると、子宮頸がんはここ20年で約2倍に増えました。30代前半の女性がかかる確率が高く、女性の76人に1人がかかると言われています。

参照:子宮頸がん 私の問題
http://www.shikyukeigan.jp/sp/infographics/index.xhtml


子宮頸がんは子宮頸部(子宮の入り口)とよばれる部分から発症していきます。触診で発見しやすい病気なので、健診による検査で早期発見ができれば比較的治療しやすく予後がよい癌だと言われています。

参照:国立がん研究センター がん情報サービス 子宮頸がんとは
http://ganjoho.jp/public/cancer/cervix_uteri/index.html


漫画の中でも検査結果を聞くシーンで描写があり、子宮頸部(子宮の入り口)についてわかります。

(『さよならしきゅう』 P8)


日々が平穏で穏やかであればあるほど、癌という病気は遠く感じてしまいます。自分は大丈夫だろうという、根拠のない安心に、つい胡座(あぐら)をかいてしまいます。

漫画の中のおかだゆきも、そんなごく普通の感覚の持ち主だったと思います。そのごく普通の感覚に突然やってきた癌です。

年齢も世代も近く、漫画を客観的に読もうとしても、自分を当事者に置いて読んでしまいます。読みながら手と目が止まり「自分だったらどうするだろう?」。しばし考えてから、また読むという感じで、食べていたパフェは溶けてテーブルをシロップで汚していました。

徐々に癌という病気が現実なのだと感じられるようになってくると、少しずつ家族も変化していきます。その変化は、みんながそれぞれに、どう生きていかなければならないかと向き合う時間だったのかもしれません。

想定していなかった未来に対して、新しく想定を組み立てて行く時間は、待ってくれない。限られた時間と条件の中で選択肢を選んで行く。笑顔でギャグ風に描かれているからこそ、そこには数々の葛藤と心の迷いがあったのだろうと想像します。

このコマの夫さんはほんわかした微笑みで「俺 仕事 休むよ」と言います。週刊連載を持つ夫が仕事を休むという事の意味を誰より理解出来たのは、きっと、妻であり漫画家であったおかだゆきだったろうと思います。

このコマの中の深い夫婦の一瞬の繋がりに、読む手が止まって、ページをめくれなくなりました。理解出来ればできるほど、他人を想像できればできるほど、人はその心の決断までの苦しみを共有します。きっとこのとき、この夫婦は、ひとつ今までなかった感覚で繋がったのではないだろうかと思いました。



(『さよならしきゅう』41 P)

『さよならしきゅう』という漫画は、たしかに癌の闘病記を楽しく明るく綴った著者の繊細な優しさであふれる物語です。しかし、本当はそこだけではなく、家族が変化を受け入れて未来を見つけていく成長の物語でもあります。

生きるとは、人生を作るとは、選ぶとは。たまたまそのきっかけが著者には癌という大きな病気でしたが、癌を飛び越えておかだゆきと彼女の家族は、時に失敗しながら、時に笑い合いながら、泣いたり悲しんだりしながら、考えて、たまに考えることをやめて、強くたくましく未来へ歩んでいきます。

全家族が成長していきます。

岡田有希がなぜこの大変だった闘病記を、明るく、時にニヤリと笑ってしまう漫画に残そうとしたのか。きっと著者の中で深く思うところがあり、子宮頸がんと向き合い続けた著者の知識が、優しさと混ざりあって、自分と同じ痛みや辛(つら)さを感じる人が少しでも減って欲しい、同じ世代の人へ検査へ行って欲しいという、嘘のない気持ちがあったからではないでしょうか。


(『さよならしきゅう』88P)


私のとても好きなコマです。この漫画の色々な想いがひとつにまとまっているように感じました。これは子宮を持つ人へだけのメッセージではなく、全ての家族や大切な人を持つ人たちへ発しているのかもしれません。

このコマの吹き出しの「子宮と卵巣が」という部分をどんな言葉に置き換えたとしても、このコマの持つ優しさは普遍です。

自分の意思で検査へ行く大切さ、パートナーへあなたの大切な身体だからこそ検査へ行ってねと伝えられる大切さ。家族で、ある日やってくるかもしてない「もしも」を考えるきっかけを、日々の中にちゃんと持ってねと、著者が伝えているように思います。

『さよならしきゅう』は漫画としてとても面白い漫画です。これは間違いがないです。癌がテーマであったとしてもちゃんと娯楽になっているし、ちゃんと笑えます。

病気に気づくところから、病院での検査結果の医師からの伝え方、家族の変化、入院用意、入院生活、手術、予後。その全ての流れが漫画として時系列で絵と言葉で綴られており、すらすら読めるので、子宮頸がんを知るのに良い漫画です。

本来は真面目な堅い内容ですが、著者の漫画の明るいタッチや、端々に隠れているゲームの話や漫画の話は、なんとも言えないニヤニヤ感があります。私も「ときメモGS」 好きなので入院シーンではとくにニヤけてしまいました。

娯楽として読んだら終わり!の漫画ではなく、ページひとつひとつ、言葉の端っこに少しずつ、著者の「家族と生きていくとは?」というあたたかいメッセージが隠れています。

子宮頸がんと戦うための大きな手術、そこからの復帰を経験した彼女だからこそ伝えられるリアルが、ここにはあります。

「家族と生きていくとは?」には「自分が自分以外の誰かと生きていくとは?」にも繋がる大きなメッセージです。


(『さよならしきゅう』131P)


溶けたパフェを完食して、目の前の夫を見ながら本を閉じ、著者からもらったメッセージを確認していました。私ならどうかな?

来年もちゃんと人間ドックいかなきゃなと下腹部をさすりながら思いました。自分のために、誰かのために。漫画を描いてくれた岡田有希さんのために。

男女関係なく同じ世代の人にぜひ読んでいただきたい漫画です。そして読み終わったら大切な人と「あのね」「あのさ」と「もしもな未来」の話をしてもらえたらきっとこの漫画は喜ぶだろうなと思いました。

  • 電子あり
『さよならしきゅう』書影
著:岡田 有希

子宮頸がんと診断された33歳、漫画家。同じ病の人のブログなどをたくさん読んだが、いつも最後は絶望することになった……。元気になれるものが読みたかった。その思いから生まれたこの作品。家族、友人との絆、同じ病室の人達の温かさに支えられた闘病エッセイ。

レビュアー

兎村彩野 イメージ
兎村彩野

AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。

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