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“真っ当ではない”主婦たちの絶望ドラマ。桐野夏生『OUT』を読み直す

OUT 上
(著:桐野 夏生)
2017.10.27
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夢も希望も見いだせず、人生からOUTしてしまった主婦たちが請け負った死体の解体。完全犯罪を目論んだはずが、小さなほころびから命まで狙われることに……。

『柔らかな頬』で1999年上期の直木賞を受賞した桐野夏生さんが、その2年前に書いた『OUT』。この作品は、日本推理作家協会賞を受賞し、「このミステリーがすごい」でも国内1位に選ばれ、映画化、ドラマ化、舞台化もされた話題作です。さらに、優れた推理小説を選ぶ最も権威のある賞といわれるアメリカのエドガー賞にもノミネートされたことは、当時のニュースでも大きく取り上げられました。

東電OL殺人事件を題材にした『グロテスク』と同様、『OUT』も井の頭公園バラバラ殺人事件という実際に起こった出来事をヒントに書かれたというだけあって、世相を感じ取ることができる作品です。

そして今回、十数年振りに『OUT』を読み直して改めて思ったのは、桐野夏生が描く“真っ当ではない女たち”って、やっぱりいいなぁでした。

主人公の香取雅子(43)は、家庭内別居の夫と高校を中退し、全く口をきかない息子との3人暮らし。若い頃は信用金庫で働いていた優秀な人間でありながら、会社に楯ついたことから退職に追い込まれ、息苦しい家族からも逃れるように深夜の弁当工場で働いています。

キツい仕事でもなんとか耐えているのは、介護と貧乏に疲れ果てているヨシエ(50半ば過ぎ)、不細工なのに見栄っ張りで借金まみれの邦子(29)、美人で子供もいるのにギャンブルと女に貯金を使い果たした夫を持つ弥生という仲間がいるから。

ある日、弥生から「夫を殺してしまった」と相談された雅子は、死体を家に持ち帰り、ヨシエ、邦子と3人でバラバラにして捨てます。

ところが、遺体の一部が公園で見つかり、雅子たちの周りにも刑事がうろつくことに。

しかし、容疑者として警察に拘留されたのは雅子たちではなく、歌舞伎町でカジノとクラブを経営する佐竹(43)でした。佐竹には、隠しておきたいおぞましい前科があったのです。

店も信用も失った佐竹は、復讐をするためにすべてを賭け、雅子たちをどんどん追いつめて行くのでした。

当時これを読んだとき、なぜ雅子がタダで死体の解体を引き受けたのか? ヨシエと邦子は、50万円ずつ貰うにしても、(まあ、これも極端に安いのですが)工場仲間というだけで、こんなに重い犯罪に手を貸すだろうかと思いました。本文中で、そのことを問われた雅子は、「さあ、後で考える」とだけ答え、明確な理由は謎のままでした。

でも今回、改めて読み返すと、前よりも彼女たちの気持ちに近づくことが出来たような気がしました。

それは、もうやり直しが効かない歳なのに、辛い人生から抜け出すことができなかったら……ということを実感する歳に自分がなったからかもしれません。

──突然、何もかも変わる日がやってくる。今夜こそが、その日かもしれない──

彼女たちはきっと、変えられない人生をどんな手を使ってでも変えたかったのではないでしょうか?

もうひとつ、この小説の凄さは、章ごとにそれぞれの登場人物の視点で、心の内が描かれている点です。専門的な言い方だと、三人称多元視点(多視点)といいます。

小説の多くは「僕は」「私は」で語られる一人称や、「彼」「彼女」「桐野は」などで語られる三人称であったとしても、誰か1人の視点で書かれることがほとんどです。

章ごとに、それぞれの登場人物の語り口で書くほうが、心情を吐露できていいのでは?と思われがちですが、視点がコロコロと変わるため、読者は登場人物に共感しづらいという欠点があります。ですからこの書き方は、プロにしかできない非常に難しい書き方なのです。

しかし『OUT』は、主人公の雅子だけでなく、事件にかかわった主婦3人、佐竹、刑事、ホステス、金貸しの男、日系ブラジル人と、何人もの心の底のうごめきが見事に書き分けられていて、さすが! 桐野夏生!! と思ってしまうわけです。

特に、工場ではいつもフォーメーションを組んで仲が良かった主婦たちが、本当はどう思っていたのかや、状況が変わるごとに心の中も変わり、結局、離れていく様子は、思わず納得してしまいました。

さらに、孤立無援で介護に明け暮れるヨシエの絶望感は救いようがなくて、「私は、こんな人生じゃなくて良かった」という変な優越感を持ってしまいました。

そもそもフィクションの世界と現実とを比べること自体、おかしな話なのですが、それぐらい話の中に引きずり込まれていたのでしょう。

この本は、上下刊合わせるとそれなりのページ数なので、一瞬、手に取ることをためらうかもしれませんが、間違いなく夢中になって読める作品です。

『OUT 上』書影
著:桐野 夏生

ごく普通の主婦であった彼女たちがなぜ仲間の夫の死体をバラバラにしたのか!?

深夜の弁当工場で働く主婦たちは。それぞれの胸の内に得体の知れない不安と失望を抱えていた。「こんな暮らしから抜け出したい」そう心中で叫ぶ彼女たちの生活を外へ導いたのは、思いもよらぬ事件だった。なぜ彼女たちは、パート仲間が殺した夫の死体をバラバラにして捨てたのか?
主婦ら4人の結束は、友情からだけではなく、負の力によるものだった。その結びつきは容易に解け、バランスを欠いていく。しかし動き出した歯車は止まることなく、ついに死体解体を請け負うはめになる。彼女たちはこの現実にどう折り合いをつけるのか。
大きな話題を呼んだクライム・ノベルの金字塔。

レビュアー

黒田順子

「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。

公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp

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