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【増殖中】自分大好き障害、16人に1人に。自己愛男女と付き合うには?
「自己愛性パーソナリティ障害」の人が増えているそうです。ここ10年で2倍に増え、16人に1人があてはまるという調査結果が出ています。
次のような人の振る舞いがすぐに思い浮かびます。
・自画自賛や自己陶酔
・自分に都合の良い思い込み
・独りよがり
・人の感情を理解しない
・他人へのけちくさいライバル視
・いじましい支配欲
・相手の欠点や弱点を見つけ出すことへの執念
・論点のずれた自己正当化
・他者を蔑視
最近の政官界にたくさんいそうで、苦笑が出るかもしれません。けれど、では自己愛とは不要なものなのでしょうか。こう問いを発すると自己愛はなかなかやっかなものだということに気がつかされます。
──自己愛のない人間はいない。少なくともまっとうに生きていくためには《自己肯定感》が必須だろうし、自尊心が心の支えとなるに違いない。《思い上がり》や《独りよがり》の要素を心に秘めつつもそれを自覚しコントロールを図っている人物のほうが、器が大きく人情を心得ていそうに思われる。──
この本の特長は自己愛をパーソナリティ障害というようにせばめることなく、人間の心=身体において自己愛がどのような意味合いを持つものなのかをとことん考えたところにあります。
──直感的には、わたしにとって自己愛はまず「はしたない」もので、しかし欠くわけにはいかないものである。──
自己愛は時には障害をもたらすことがあります。けれど自己愛は自己を確立させるためには不可欠なものです。
この「人間に特有に複雑で厄介な」自己愛というものの現れかたを、春日さんが出会った(診療、面接した)患者さんや多くの小説作品の中に探っていったものがこの本の骨格を作っています。
たとえばこの本で自己愛から摂食障害、拒食症となった女性の話が出てきます。理想の自分を描き、求めた彼女は、その理想に達するため、非現実的な自己の目標を立ててしまいました。その結果、彼女に起きたのが摂食障害という病気でした。理想の自己を追う彼女の強い自己愛がもたらしたものだったのです。
彼女の自己愛がいつの間にか自己否愛とでもいうようになってしまっているのです。過剰な(歪んだ)自己愛が自分に向かい、自己否定・否認の連鎖におちいっているのです。
自己愛の無自覚な肯定は他者へ大きな影を落とします。時には、周囲の人を病にかからせることも起きてしまいます。
病妻のためと思っている夫がその実、自分の主張を押し付けているだけの夫の話が出てきます。妻のためといって病室でモーツアルトをヘッドホンで聴かせる夫。彼はモーツァルトの音楽は健康になる助けとなると信じ切っているのです。そのため、妻を気づかうという思いからそうしていたといいます。この振る舞いには夫の自己愛こそが強くあらわれているのではないでしょうか。
──押しつけがましげな夫の態度に、わたしは生理的な不快感を隠しきれなかった。そんなことをするあなたの態度こそが問題なのかもしれないと指摘したくなったが、おそらく夫には理解が及ぶまい。ヘッドホンを外させようかと迷ったが、このような無理強いは、たぶん形を変えて延々と家庭で繰り返されていたのだろう。──
彼女はある晩、夢遊病のように院内を歩き回ったそうです。うつ病と診断されて入院していた彼女は「典型的なうつ病というよりも、夫との関係性に根ざした一種の適応障害とでも診断したほうが適切なようであった」のではないかと春日さんは記しています。夫の自己愛に捲き込まれたというべきなのでしょう。
歪んだ自己愛には大きく2つの種類があるそうです。
1.誇大型自己愛:尊大なオレ様主義で目立ちたがり屋。他人が目に入らない。いくぶん躁的なトーンを帯びている。
2.過敏型自己愛:失敗を恐れて臆病・引っ込み症になっている。他人の目を気にする。
この過敏型自己愛者は日本人に多いと考えられているそうです。どことなく日本人特有の“空気の支配”を補完するような心性にも思えます。
誤解してはならないのは過敏型というものは謙虚さというものではありません。実は成功や栄光に対する人一倍の貪欲さの裏返しというべきなのです。
──他人にどう映っているか、蔑まれていないか、馬鹿にされていないか、自分の「本当の」素晴らしさにちゃんと気付いてくれているか。そういったことに常にアンテナを立てているのである。いわば《隠れナルシスト》と言えようか。──
たくさんの問題をはらんでいる自己愛です。けれど自己愛が自己の確立にとって重要なものであることも忘れてはなりません。自己愛は人間の複雑さ、誤解をおそれずにいえば豊かさをもたらすものでもあります。ですから、それを余計なものとしてとらえてはいけません。
ではそのような自己愛と私たちはどのように付き合えばいいのでしょうか。その答えの1つがこれだと思います。
──成熟することは、必ずしも子どもじみた要素──《思い上がり》や《独りよがり》を払拭し切ることと同義ではあるまい。払拭なんてそう簡単にできる筈もない。未練たらたらの断念であったり、照れ笑いをしながらの妥協であったり、何食わぬ顔をしたままの偽装であったり、時には居直ってみたり、その往生際の悪さにこそ人間としての味わいが出てくるのではないか。──
自己愛を知り、認め、付き合い続けること、それが成熟というものです。
自己愛という厄介なものを厄介な形のまま探り続けた、これは稀有な本だと思います。誰の胸にも響いてくる好著です。
「自己愛というものはいまひとつつかみどころがなく、またこの言葉に対する反応も一定せず、人それぞれといった傾向が強いように思われる。……きわめて人間くさく、しかも根源的な要素に違いなく、ならばさまざまな側面が自己愛には備わっていることになる。そうでなければ、人間はもっと単純で薄っぺらで退屈な存在でしかあるまい」
著者の春日武彦氏はこう述べています。
自分を大事にできなければ、生きづらいし、他人を大事にすることもできません。けれども、反対に、自分の中で自己愛をいい按配にコントロールできなければ、どこか独りよがりになってしまうし、やはり生きづらいし、人間関係でも、相手にじわじわストレスを与えることになってしまいます。
そんなふうにつきあいかたが難しいのが、自己愛なのです。
本書では、著者自身の経験から文学作品まで、自己愛にどうも折り合いがつけられない困った人たちのエピソードを通して、自己愛について探究していきます。「ああ、こんな人いるいる!」と思いながら、どこか自分の心の中も覗き込むことにもなる、そんなエッセイです。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
note
https://note.mu/nonakayukihiro
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