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身勝手で口八丁なのに!『居酒屋ふじ』のおやじさんはなぜ魅力的なのか?

居酒屋ふじ
(著:栗山 圭介)
2017.07.29
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栗山圭介(くりやま・けいすけ)さんの長編小説『居酒屋ふじ』のレビューです。

僕は文庫化されたものをほとんど予備知識なしで読んだのですが、これがもう本当に面白かった。タイトルだけ見たときは、地味な居酒屋で常連のみぞ知る絶品のB級グルメを愛でる小説を連想したものの、大ハズレ。

いや、そういうところも一応あるにはあるけれど、この小説の最大の魅力は、「ふじ」の店主である“おやじ”さん。泣けて、笑えるおやじさんの過去。おやじさんの波瀾万丈な人生には、ときどき幻滅させられるし、あまりの身勝手さに腹も立ちます。でも、不思議とそんな破滅的な生き方をゆるせてしまう理屈抜きの魅力が、おやじさんにはある。

ただし、読了までには少しばかり時間を要しました。読み進めるごとにいろんなことを考えてしまい、売れない役者の西尾栄一(にしお・えいいち)と、小説家志望である僕自身の現状が重なったのも、その一因です。

西尾とおやじさんとの出会いは、西尾がオーディションに落ち、アパートへ帰る道すがら──「越後の酒と家庭料理の店」と書かれている「ふじ」に、たまたま入店したのがきっかけでした。

昭和7年、宇都宮生まれ。生家は老舗の下駄屋で、ぼんぼん。名前は高橋俊男(たかはし・としお)。それがおやじさんです。「ふじ」で料理を担当するのは、おやじさんの奥さん。料理ができないおやじさんは注文を聞いたり、客と話をしたりする。

そうして、おやじさんが語る過去の話は、端的に言って、ろくでもないものばかり。若い頃は不良仲間とつるんで人を騙し、金を稼ぐ。そのせいで警察に追われ、ヤクザにかくまってもらう。次々と見境なく女に手を出しては、ついでにヒロポンにも手を出して、更生のために放り込まれた寺からは追い出される始末。

その一方で、情にはもろい。口八丁で、お調子者。見栄っ張りだけれど憎みきれないから、出会う人たちを次々と魅了してゆく。おやじさんには間違いなく中毒性がある。

西尾も初見で、そんなおやじさんと彼の人生に関心を抱きます。「ふじ」に通うようになり、おやじさんも売れない役者を慰めたり発破をかけたり、オーディションに合格すれば一緒に喜んだりする。そんなとき、たまに、おやじさんは意表を突く名言を口にする──かと思えば、見当外れの助言もする。要するに場当たり的なことを喋っている気がするのですが、そんなテキトーなところさえもが、不思議と心にしみる。

おやじさんの過去には、大切な人たちとの悲しい別れも存在します。なかには、涙なくしては読めないエピソードもある。西尾や他の常連客と同じように、僕もどんどんおやじさんにハマってゆく。その魅力の源泉は、もちろん人徳ではなく、たぶんそういう特殊な、奇跡的な生き物だからでしょう。

役者として結果の出ない毎日に鬱屈としていた西尾も、おやじさんをはじめとする「ふじ」で出会った人々との交流を経て、少しずつですが変わってゆきます。まだまだ売れない役者のまま──けれど前と比べると、明るく肯定的に生きられるようになった。そうした変化には温もりを感じるし、僕自身、前向きな気持ちにもさせられた。

その「ふじ」もおやじさんも、実在の居酒屋と人物がモデルだそうです。僕は実在するその居酒屋に行ったこともなければ、モデルになった本物のおやじさんも知りません。残念ながら、おやじさんはすでに亡くなっているそうです。でもこの小説を読んでいる間は、あたかもその場に自分がいて、一度も会ったことのない店主の声が聞こえてくる、話しかけてくる、勝手に喋り始める、そんな気分にさせられます。

文庫巻末の、著者・栗山さんと俳優の大森南朋(おおもり・なお)さんとの対談によれば、最近ドラマ化された『居酒屋ふじ』のセットは、「お店を完璧に再現している」らしい。「ふじ」に通ったことがない人は、ドラマを観たり、原作の小説を読んだりして、伝説のおやじさんを想像してみるといいかもしれません(ちなみにドラマでは、おやじさんは亡くなっている設定で始まるなど、原作との変更点がいくつかある)。

僕や西尾のように叶えたい目標がある人、ひとまず夢は実現させたけれど、その先で挫折してしまった人、大きな夢や目標はないけれど、代わり映えのない日々に倦んでいる人、あるいは毎日が楽しくて楽しくて仕方がない幸福な人も、とにかく誰が読んでも、抗しがたいおやじさんの魅力にハマるはずです。

◇『居酒屋ふじ』特設サイトはこちら⇒http://kodanshabunko.com/izakayafuji/

  • 電子あり
『居酒屋ふじ』書影
著:栗山 圭介

1983年、目黒区蛇崩に1軒の店ができた。店名『居酒屋ふじ』。強烈なキャラクターの「おやじ」高橋俊男と小気味よい包丁の音で彼を支える料理担当の「お母さん」高橋光子が2人で深夜まで営んでいる。そこには中日ドラゴンズの立浪和義が2000本安打を達成したバットが飾られている。なぜ、ここに。アルバイト帰りにふと訪れた「僕」はその謎を探ろうと、おやじの話に耳を傾けるのだが……。
戦後と昭和とバブルと平成。なさそうで、ありそうな、路傍のおやじが生きた八十余年が、僕たちの生きる道を照射する。

レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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