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小説は誰にでも書ける!
巨匠・筒井康隆が明かす「創作の極意」
筒井康隆が「作家としての遺言」だと公言して執筆し、大きな話題を呼んだ『創作の極意と掟』がついに文庫化! 60年間書き続けてきた作家ならではの創作論とは──?
作家希望者に助言したいこと
小説は誰にでも書ける。文章が下手だからこそ迫力が出る場合もある。まるきり文章になっていないような作品であってさえ前衛的な文学になり得るし、終始そのような文章で書かれた傑作さえ存在する。ほんの少しの助言で、初めて小説を書いた人の作品が傑作になることも多い。
実はこれは小生が何人かの作家希望者の文章に助言してきた体験から言えることなのだ。ならばその体験を文章にして、なかなか自分の思い通りの小説が書けない初心者や新人に助言し、時には中堅やベテランにもちょっとした示唆を与えてあげることはできないだろうか、という少し驕った考えがきっかけでこのエッセイ「創作の極意と掟」は生まれた。
だからこの本は理論書ではない。小生自身がそんな小説理論を書けるような文豪でもなければ小説の名人でもないのだから、あくまでエッセイなのである。
その自分のことを棚にあげて言うならば、例えばプロのベテラン作家の作品を読んでいてさえ、あっ、ここは間違えているなと思うことが多い。これはつまり校正担当者が直しにくい間違い、つまり思い違いだとか、誤った思い込みとか、誤った引用のしかたをしているとかいったことであり、こういう人は誰も注意する人がいなかった場合にしばしば別の作品でも同じ間違いをしているものだ。
今までなら「またやってるな」と思って笑ってすませていたのだが、歳をとってきて誰かの面倒を見たい欲求が増すと、これはちょっとまずいのではないか、誰か教えてやった方がいいのではないかと思いはじめたのだ。小生自身の作品にだって間違いはたくさんあるのだし、だからこそそれを教えられた時のありがたさはよく知っている。この本にはほぼ六十年小説を書き続けてきた自身のそのような経験も含め、小説を書こうとする人に遺そうとするちょっとした知恵が収められている。
小説作法の類は読まなくてよい
小説を書きはじめたばかりで西も東もわからなかった頃、丹羽文雄の「小説作法」という本を読んだことがある。これはある意味、小説の何たるかを教えてくれた、当時のぼくにとってはありがたい本であった。
よく記憶しているのは「小説の文章は必ずしも読みやすく書くのではなく、時おり読者をまごつかせたり混乱させたりするような複雑な書き方をした方がよい」という、あらましそのような箇所だ。文法的に間違っていても、読者に時おり立ち止まらせて少し考えながら読み進めさせるような文章を、というようなことである。
ここでぼくには、文学には厳密な作法というものはなく、わりといい加減なものらしいということがわかった。問題はそのいい加減さがどのような種類のもので、どの程度のものかということだった。以来小生はしばしばこの一節を思い出しては反芻し、いい加減さの追究をすることになる。
しかし、それ故に以後小生は小説作法の類のものを一切読んでいない。いい加減なものであることがわかった以上、さらに厳密な作法を求めて何になるだろう。現在たくさん出ている「文章読本」の類もほとんど読んでいない。小説とは何をどのように書いてもいいのだという基本的な考えが確固として存在しはじめていたからである。
現在では、何を書くかよりもどのように書くかが重要とされている時代ではあるが、だからと言って何を書くかが等閑にされてはならないだろう。小生はさまざまな文学評論を読んで何を書くかを考えた。無論それぞれの作家の資質は違うから、あくまで自分は何を書くべきかを考えたのである。
いちばん影響を受けたのはテリー・イーグルトンの「文学とは何か」であったろう。これは文学史、文学評論史でもあったから、現存在としての自分の立ち位置がわかり、文学世界の中のおのれの場所や地位(ニッチ)を特定することもできたのだった。
それ以前から「何を書くべきか」を求めてブーアスティンなど社会科学の本をたくさん読んでいたことも正解だったようだ。しかしこれらはあくまで小生の資質に合った、つまりは好みの本だったのだから、すべての人に勧めようとはまったく思わない。本来書くべきことは作者本人の中にあるもので、どう書くかとの兼ね合いで何を書くかも決められねばならないだろう。
何度も言うがこれは理論書ではない。読者は各章の表題によって自分の知りたいことを求めるかもしれないが、そこに答はないとお考えいただきたい。そうではなく、筆者がいちばん重要だと思う順に書かれている内容を最初から順に読んで行かれることが最善であり、すべてを読まれるならそのどこかに答はある筈だ。最初の「凄味」「色気」といった他の人があまり書いていないようなものをこそ、小生は読んでいただきたいと思うし、必ずやお役に立つであろう。
皆さんね、一生のうち一度は小説を書いてください。エンターテインメントと純文学を区別しないで書いていますから、それぞれの作家希望者やプロの作家はさらなる高みを目指して書いて欲しいと思います。
1934年大阪市生まれ。同志社大学文学部美学芸術学卒業。展示装飾を専門とする会社を経て、デザインスタジオを設立する一方、'60年SF同人誌「NULL(ヌル)」を発刊し、江戸川乱歩に認められて創作活動に入る。
'81年『虚人たち』で泉鏡花文学賞、'87年『夢の木坂分岐点』で谷崎潤一郎賞、'89年「ヨッパ谷への降下」で川端康成文学賞、'92年『朝のガスパール』で日本SF大賞、2010年菊池寛賞、2017年『モナドの領域』で毎日芸術賞を受賞。2002年に紫綬褒章を受章。
主な作品に『アフリカの爆弾』『時をかける少女』『家族八景』『大いなる助走』『虚航船団』『残像に口紅を』『文学部唯野教授』『聖痕』などがある。
「プロの小説家」というものがどのように成り立っているかを豊穣の中に描いている。──茂木健一郎氏(解説より)
作家の書くものに必ず生じる「凄味」とは? 「色気」の漂う作品、人物、文章とは? 作家が恐れてはならない「揺蕩」とは? 文章表現に必須の31項目を徹底解説。
「小説」という形式の中で、読者の想像力を遥かに超える数々の手法と技術を試してきた著者が、満を持して執筆した21世紀の全く新しい“小説作法”。
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