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樂家450年、代々の作品をこれまでにない規模で揃えた展覧会「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」展。昨年末から5月まで、京都と東京の国立近代美術館で開催され、大いに話題を呼んだ展覧会の図録を愛蔵版として刊行! 「これだけの作品はもう集められない」と樂家当代吉左衞門さんがおっしゃる貴重な一冊です。ここでは展覧会期間中に行われたスペシャル対談「坂東玉三郎×十五代 樂吉左衞門」の一部をお伝えします。(2017年3月31日東京国立近代美術館講堂にて)
歌舞伎役者 女方 1956年十四世守田勘弥の部屋子となる。以来、美しい舞台姿と芸で、人気を博し続け、数々の賞を受けている。2012年重要無形文化財保持者に認定、2014年紫綬褒章受章。歌舞伎以外の芸能にも積極的に参加、後進を育てている。
1949年京都に生まれる。十四代覚入の長男。1973年東京藝術大学彫刻科卒業後、イタリアに留学。1981年に十五代吉左衞門を襲名。 1983年の「襲名記念初個展」以来、内外で積極的に斬新、かつ前衛的な作品を制作、発表し続けている。2000年フランス芸術文化勲章シュバリエを受賞。
樂家に受け継がれる土──曾孫のために土を探す──
樂吉左衞門(以下、吉左衞門) 先日、イタリアに行かれていたそうですね。
坂東玉三郎(以下、玉三郎) 撮影のために行ってきました。じつは樂さんと私、今こうして親しくさせていただいていますが、きっかけは、イタリアにあるんです。
吉左衞門 もう40年も前のことになりますね。私はイタリアで勉強していて、同じ頃、玉三郎さんも滞欧していらした。
玉三郎 そのときは残念ながらすれ違いでしたが、私と同じ年頃の樂家の方がローマで勉強してるんだ、ということにとても親しみを持ちました。そして10年前、樂さんが滋賀県の佐川美術館に樂吉左衞門館をお建てになったときに案内していただいてから、更に親しくお付き合いさせていただけるようになりました。先日など、樂さんから土をいただきました。
吉左衞門 じつは玉三郎さんは、茶碗を作られるんです。そのことを最近知って、それで土をお送りしたんです。
玉三郎 ちょこちょこと、素人なりに焼いています(笑)。樂家の土をいただいて、それでお茶碗を作るなんて普通ではありえないことですから……。
吉左衞門 あのときは2種類の土をお送りしました。ひとつは今、自分が使っている土で、私の曾祖父の十二代弘入が京都の南の方で見つけた土です。
玉三郎 佐渡にいらっしゃる私の作陶の先生が、「土は大事にしなければいけない」と常々おっしゃっていたんですが、そうは言っても土はどこにでもたくさんあるような気がして、そのことをあまり実感できていませんでした。
吉左衞門 私たちも土はとても大事にします。父は「土は命だ」と言っていました。子どもの頃、粘土遊びをするときも、父はお茶碗を作るのと同じ土を使わせてくれるのですが、それを丸めて投げ合って遊んだりして粗末に扱ってしまうと、「何してるか!」と、雷が落ちました(笑)。
玉三郎 そのときの土と同じ土が、お送りいただいたもののひとつですね。もうひとつは、樂さんが最近いただかれた土なんですね。
吉左衞門 はい、奈良・薬師寺さんの東塔の基壇の土です。東塔を再建されるのに試掘をした際に出てきたんです。ご連絡をいただいてすぐに駆けつけて、練ってみたらほんとうにすばらしい土でした。自分で見つけた土を曽孫が使うというサイクルなので、ずいぶん一生懸命土を探してきたんですが、これでようやく責任を果たせたように思います。
玉三郎 そのお話を聞いて、土を大事にする気持ちが私にもよく分かりました。大事に練って、お茶碗を3つ作って、樂さんにお届けしました。
触れたことのある手──長次郎に触るということ──
吉左衞門 まず赤茶碗を焼きましたが、玉三郎さんのお茶碗は、静かで品格のあるいい茶碗なんです。長男がそれを見て、「お、すごいなあ」と言っていました。
玉三郎 うれしいです。
吉左衞門 茶碗はやっぱり人なんです。そして、どこがすごいかと言うと、もちろん全体なんですが、まずは高台。玉三郎さんらしい高台だな、と思います。率直で端正。玉三郎さんは、どんなふうに思って茶碗を作られるんでしょう。
玉三郎 樂さんにこんなこと話すのはきまりが悪いですね(笑)。そもそも、私がお茶碗づくりを始めたきっかけは、「抹茶を飲むお茶碗がなかなか身近に手に入らないので、だったら、自分用のものを自分で作るほうが早いんじゃないか(笑)」と思ったんです。だから、自分の手の中に入りやすくて、軽くて、口当たりがよくて──そういう感覚です。でも、今回のお茶碗はせっかく樂家の土で樂さんに焼いていただいたのに、見込み(*)がいまひとつでした(笑)。
吉左衞門 見込みね。今回、展覧会で久しぶりに初代長次郎があれだけ並んだでしょう。それをずっと見ていたら、やっぱり見込みがいちばん大事かもしれない、と改めて思ったんです。これは常々感じていたことでもあるのですが。
玉三郎 私もそう思いました! 皆さんも同じことを感じるのでしょうか、展示ケースのガラスに、おでこをぶつけてらっしゃる方がたくさんいました(笑)。
吉左衞門 見込みが見たくて(笑)。
玉三郎 それと、今回の展示ですごいと思うのは、長次郎のレプリカに触れられるように展示してあったことです。
吉左衞門 《黒樂茶碗 万代屋黒》を3Dスキャンし、そのデータを元に削り出しで再現したものです。粘土の主成分であるケイ素と比重が非常に近いというので、アルミ合金を使いました。肌触りや重さは異なりますが、形状は寸分変わりません。
玉三郎 是非、皆さんに触ってもらいたいです。もし、私が樂さんに「いい茶碗」と言っていただけるようなものを作れているとしたら、それは私がよい茶碗に触れたことがあるせいかもしれないからです。私の佐渡の陶芸の先生が、「玉三郎さんの手は長次郎を触ったことのある手だから違う」とおっしゃるんです。先生は、そういう名品を展覧会でしか見ることができない、触れることが出来ないから「その微妙な味わいが分からない」とおっしゃるんです。でも、私はこうしてさまざまな折に実物に触らせていただいているんです。「玉三郎さんの手が知っているんだよ。」と……。ですから、触れるということはそれほど大事なことなんだと思います。今回の展覧会のレプリカを一般の人に触れてもらうことはとてもよいことだと思っています。できれば今度は同じ重さで持ってみたいですね(笑)
吉左衞門 そうすると、今度は本物を展示しなければなりませんね(笑)。
見込み(*) 茶碗内部の底、あるいは内部全体のこと。茶席で茶碗拝見のとき、まず内部をのぞき込むことから。
粛々と、静かに茶碗を削って行く
吉左衞門 玉三郎さんは、佐渡でお茶碗をお作りになるということですが、それはとてもいいことですね。
玉三郎 ゆっくり時間が流れているから、慌てなくてすむんです。
吉左衞門 東京ではやはり、なかなか作陶を楽しめる状況にありませんね。
玉三郎 東京ではまわりがどんどん先に行ってしまうので、こんなことしていて大丈夫かな、と思ってしまうんです。
吉左衞門 私は、京都の田舎に家を持っているんですが、昔はそこでは茶碗を削れませんでした。親爺がいて、長次郎に始まる代々の先祖の存在を感じる油小路の家で、社会的なプレッシャーを感じながら、そしてそれをはねのけようという環境でなければ、茶碗が作れなかった。でも、最近ちょっと心境が変わって、この展覧会が終わったら田舎で作ってみようと思っているんです。
玉三郎 では、次の展覧会では違う心境のお茶碗が並ぶんでしょうね。
吉左衞門 じつは、今回の展覧会の最後の出口に近いところに置いてある茶碗が、数年前から取り組んでいるもので、以前とはかなり違う心境で作ったものなんです。それは玉三郎さんも同じではないですか。同じ舞いでも、若いときと今では違うでしょう。
玉三郎 私はね、もう、踊らなくてもいいかなと思っているんです。肉体表現って限界があるんです。ですから、そこから卒業するのは、何も後ろ向きの意味ばかりではないんです。もうじゅうぶんに踊った気がしています。
吉左衞門 ああ、分かるような気がします。僕もちょっと同じような心境です。
玉三郎 だから、飽きたとか、年をとったからやめるとか、そういうことではなくて、もっと違うところで、粛々と生きて行くということを考えるようになったんです。何の分野なのかは分かりませんが、小さなことで、少しずつ自分が「ああ、できたなあ……」と思って生きて行くというところにきた気がするんです。
吉左衞門 非常に共感を覚えます。先程言った、今回の展覧会の最後に飾った茶碗は、強くてもいいから、静かにありたい、という思いで作りました。玉三郎さんがおっしゃった、粛々と、というのに通じているような気がします。
玉三郎 ほんとうにそうですね。
吉左衞門 私は老いることが、すごく楽しい。なぜなら、物をつくってるって、自分が実験台みたいなものですよね。自分の心の中を覗き、自分の体の中を覗くようなこと。だから、老いるということは、新しい自分を見つけるということだから、若い時代に戻りたいな、などとみじんも思わないんです。玉三郎さんも一緒ではないでしょうか。だから、今秋の公演で、玉三郎さんにどういう舞台を見せていただけるのか、楽しみにしています。
玉三郎 ありがとうございます。
『愛蔵版 茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術』には展覧会に先立って行われた対談「不連続の連続、作為と無作為、そして宇宙」が掲載されています。こちらもご覧ください。
構成:久保恵子 撮影:柏原力
450年前、千利休の指示のもと、初代長次郎によって創造され、一子相伝で受け継が れてきた「樂焼」。初代から十六代まで、展覧会に出展された代表作全137点を収録 した図録が、愛蔵版となって刊行。
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