今日のおすすめ

1冊で5人の傑作が味わえる「短編ミステリ」年間ベストセレクション!

2017.06.10
  • facebook
  • twitter
  • 自分メモ
自分メモ
気になった本やコミックの情報を自分に送れます

日本推理作家協会が2013年発表の短編ミステリーの中から10作品を精選した『ザ・ベストミステリーズ2014』。本書はその文庫化にあたり、10作品を5作品ずつに2分冊したものです(もう半分の『Love 恋、すなわち罠』は2017年11月に刊行予定)。

『Life 人生、すなわち謎』のタイトルが示唆するとおり、本書は各短編の登場人物たちの仕事や長年にわたって執着してきたものといった、それぞれの人生に深い関わりを持つものが物語を構成するうえで重要なファクターになっています。

たとえば本書収録作の先頭打者、伊坂幸太郎(いさか・こうたろう)さんの「彗星さんたち」の主人公・二村は、新幹線の清掃員でシングルマザーです。彼女は停車した新幹線に乗り込んで手早く清掃を終えるや、新幹線が動き出す前に降りる。時間にしておよそ7分。その7分を1日で多いときには20回弱も繰り返す。となれば、そこで出会い、交錯する人々の人生もひとつやふたつではありません。彼女を含む清掃チームの面々はもちろん、新幹線の中ですれ違う乗客たちの十重二十重の生き様がそこにはある。そんなある日、二村たち清掃チームのメンバーは奇妙な体験をします。その奇妙な体験によってもたらされる謎の解決(解釈)は読者にとっても不思議なものでしょう。ミステリー作品ですが、SF(少し不思議)な短編小説でした。

続く今野敏(こんの・びん)さんの「暁光」は、珠玉の警察ミステリー。主人公の「俺」は事件が発生したときに初動捜査を行う機動捜査隊員です。急遽、その「俺」とコンビを組むことになったのは、ベテランの巡査部長・縞長(しまなが)。彼はそれまで捜査共助課にある「見当たり捜査班」の刑事でした。指名手配犯などの人相を覚えて人混みの中に立ち、被疑者を発見するのが見当たり捜査です。縞長の目を頼りに被疑者を捕らえる過程はスリリングで、機動捜査隊に関する蘊蓄がまた興味深い。収録作品中、最も短い枚数でありながら、警察小説の楽しさがたっぷりと濃縮されていました。普段は大人しいベテラン刑事の活躍ぶりが痛快な1作です。

江戸川乱歩賞作家、翔田寛(しょうだ・かん)さんの短編「墓石の呼ぶ声」。本作は、毎年9月1日の前日に上京しては、帝国ホテルに1週間宿泊することを常とする老人とその家族の物語。老人の名前は雨宮勇吉といい、彼の父親は仕事のできる石工で婿養子でした。しかし勇吉がまだ幼かったある日のこと、母親が不倫相手の若い職人とともに忽然と姿を消してしまいます。ほどなく、失踪した母に関する噂話が次々と持ち込まれ、そのひとつひとつに熱心に耳を傾けては、泣いて塞ぎ込む父。やがて勇吉もその父に連れられて家を出るのですが、どうも様子がおかしい。勇吉の両親に何があったのか。真相を知ったとき、おもわず背筋がぞくっと粟立つに違いありません。

「コーチ人事」の作者は、本城雅人(ほんじょう・まさと)さん。本作は、人気球団、東都ジェッツのヘッドコーチ人事を巡るスクープ合戦を描いた、著者お得意のスポーツサスペンスです。東西スポーツでプロ野球を担当する記者・江田島亨(とおる)は、横浜ベイズの元監督でベテランの三塚がジェッツの新ヘッドコーチではないかと推測します。ただし、現状は決め手に欠ける。あまつさえ、途中からは別の本命が急浮上。江田島は上司とも因縁があり、敵は競合の他紙だけではない、という状況下で、はたしてスクープをものにできるのか。本作は本城さんの小説らしく、登場人物それぞれに複雑な人生の背景があるのが特徴です。スポーツサスペンスとしてはもちろん人間ドラマとしても楽しめる短編の力作でした。

本書のラストを飾るのは、「五度目の春のヒヨコ」。著者は、2008年に『少女たちの羅針盤』で第1回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作を受賞した水生大海(みずき・ひろみ)さん。ヒヨコがニックネームの朝倉雛子は、新米の社会保険労務士。彼女が担当するのは、とある中小企業です。そこで不当解雇されたと主張する若い女性との交渉が描かれている。給料を払う、払わない、離職票を書き直してほしい、などの交渉を続けるうちに、雛子は図らずもある秘密を見抜いてしまいます。しかしそれは作中のある人物に言わせると、「半分しかわかってない」。残りの半分は人の心の問題でした。普段はなかなか表に出てこない人間の暗い側面を垣間見せられて、確かに人にはこんなところがあるよね、という苦い共感が胸に芽生えます。と同時に、雛子の性格と作品のほのぼのとした雰囲気が、不思議と前向きな気持ちにもさせてくれる素敵な短編小説でした。

以上、5作品それぞれに異なる魅力があるのがわかってもらえたかと思いますが、僕はその全5作品ともおすすめしたい。読めば、少なくとも、どれかひとつはお気に入りが見つかるはず。レビュー冒頭にも書きましたが、『Life 人生、すなわち謎』は『ザ・ベストミステリーズ2014』を文庫化する際に、もともと10作品だったものを2分冊したものです。本書がお気に召した方は、今年11月刊行予定の『Love 恋、すなわち罠』も手にとってみてはいかがでしょうか。

『Life 人生、すなわち謎 ミステリー傑作選』書影
編:日本推理作家協会

2013年に発表された全ての短編推理小説の中から、最も優れた10作品を選出。本書は、そのうち、Lifeが鍵となる5編を収録。

伊坂幸太郎「彗星さんたち」
今野敏「暁光」
翔田寛「墓石の呼ぶ声」
本城雅人「コーチ人事」
水生大海「五度目の春のヒヨコ」

レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

  • facebook
  • twitter
  • 自分メモ
自分メモ
気になった本やコミックの情報を自分に送れます