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“猫のプロ”が可愛すぎる! 犬とは違う「セラピーキャット」の能力とは?

2017.06.06
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自分メモ
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猫好きな人はもちろん、猫が苦手な人にも猫の素晴らしい可能性が感じられる1冊です。収められたたくさんの猫の写真を見るだけでも心がとてもなごまされます。

ところでセラピーキャットってご存知でしょうか。セラピードッグはよく耳にしますがセラピーキャットというのは珍しいのではないかと思います。なにしろ猫といえば、気まま、自由さがその本領。猫好きの人にはその勝手さも魅力になっていますが……。一体そのような性格(?)の猫に本当のセラピーができるのでしょうか。

ところがいました。名前は「ヒメ」。この本の表紙になっている真っ白いメスの日本猫です。ヒメがどのようにしてセラピストになったのか、そして認知症や障害のある人たち、精神疾患の人たちのなかで立派にその役目を果たしている「プロのセラピーキャット・ヒメ」の姿を追った感動ノンフィクションがこの本です。

ところでセラピードッグになるにはなにが必要なのでしょうか。訓練・しつけをしっかりするということでしょうか。もちろんそれらは大事です。けれどより重要なことは「セラピーの場での動物の感情や判断力を信じる」ことなのだそうです。ですからセラピードッグに必須な条件は「忍耐力とアイコンタクト」であって、その2つを教えればいいのだそうです。さらに「セラピードッグとしては未熟であっても、普通の犬らしいところがかえってかわいがられて」スムーズな関係を結ぶこともあるそうです。言葉以前のふれあいによる共鳴、あるいは一体化ともでいうものでしょうか。

訓練・しつけよりも元々持っている犬の性質こそが人を癒やしている。であるなら猫にセラピーができないわけがありません。なにしろ大きさといい、身体の柔軟性といい、抱き心地よさといい、それらを考えると猫はセラピーに向いています。
──犬のような社会性をもたない猫は、知らない場所や面識のない人に馴れず、多種の動物たちとすぐに協調できるわけではない。それでも猫は抱き心地のよさ、体のサイズ、清潔感など、どれをとってもアニマルセラピーにふさわしい魅力的な動物だ。──

ではどのように「忍耐力とアイコンタクト」を身につけさせればいいのでしょうか。なによりもセラピーの場に慣れさせなければなりません。ともかくセラピーの場に連れていって学習させる、それが肝心なのではないか……ヒメの飼い主の小田切さんはそう考えたそうです。そしてその積み重ねの結果、誕生したのがセラピーキャットのヒメでした。

ヒメの成長にはもうひとつ大きな幸運(?)がありました。セラピードッグに育てられたことがそれです。親猫も一緒にいたそうですが、セラピードッグのチャッピーは一生懸命に仔猫の面倒を見続けたのです。ヒメはこの面倒見の良さ(?)というものをチャッピーから教わったのかもしれません。

そして何度もチャッピーと一緒にセラピーの場へ出かけていきました。生後半年もたっていなかったヒメ。彼女の目にセラピーの場はどう映っていたのでしょうか。初めはキャリングケージの中に身を潜めていたヒメ、けれどチャッピーのセラピーのふるまい方、人への接し方を見て少しずつ慣れていきました。
──チャッピーと人々とのふれあいをケージの中から窺い、何かを学んだのだろう。家にいるときとはまるっきり異なるチャッピーのふるまいを目で追いながら、全身の感覚と神経を研ぎ澄まして。──

言葉以上のコミュニケーションがヒメとチャッピーの間にはありました。

一人前のセラピーキャットとなったヒメの活躍はたくさんの写真とともにこの本に収められています。さまざまな困難、病気を抱えた人たちの中にいるヒメの姿には猫好きでなくても心打たれると思います。

そしてヒメを育てたチャッピーの死、彼女の死に直面したヒメの“心”を映した1文には猫好き、動物好きなら目頭が熱くなる思いがするのではないでしょうか。

こんな1文が記されています。
──猫は調教できず、トレーニングが苦手な動物である。ヒメのようなプロのセラピーキャットは珍しいが、アニマルセラピーの場で猫に求められるのは、訓練によって修得する技能や犬のように指示に従う行為ではない。──

訓練が難しい猫、その気ままさに惹かれる人は多いと思います。猫はそのままでいることで人間にリラックス効果を与えているのです。猫カフェが人気なのもそのような猫に秘められたセラピー能力なのでしょう。

──今では「癒し」こそ、猫が本領を発揮する場かもしれない。セラピードックの立ち居振る舞いを見て育ったヒメの例は特別だが、猫は猫という生き方、猫という存在そのもので、みな天性のセラピストである。野生を秘めた愛らしさの虜になれば、鋭い爪と牙さえトレードマークになる。人間の言うことは信用できなくても、しなやかであったかく気高い、この小さな生きものを信頼するのである。──

この本にはもうひとつの物語が流れています。東日本大震災で置き去りにされた動物たちの物語です。

──東日本大震災とその後に起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故は、人間だけでなく動物の運命も一変させた。牛や豚などの家畜とともに多くの猫や犬が警戒区域に取り残された。(略)震災発生から一年が過ぎるころ、警戒区域の中では放れ牛が悠然と草を食(は)み、渋滞する車のようにのろのろと連なって道路を行く群れも、猛然と駆け回っている群れもあった。──

警戒区域の中で保護された犬や猫はシェルターで管理・飼育されました。
──殺処分は一切しないという方針が貫かれ、飼い主の元に戻れない猫と犬もすべて里親に譲渡された。これは警戒区域にかかわる数少ない明るい話題のひとつといえるだろう。──

一方、被曝した牛、置き去りにされた牛たちは、汚染された雑草を食べ、生き延びる中で野生化していきました。牛たちに待っていたのは殺処分でした。
──安楽死処分される牛のなかには、吹き矢や麻酔銃を用いなければならないほど野獣となって抵抗した強者(つわもの)や、通常の数倍の鎮静剤を打たれても暴れ回っている猛者(もさ)もいた。彼らには畏敬の念を覚えずにはいられない。が、多くの牛は最期まで人間を信頼し、従容として麻酔剤の注射を受けた。防護服の一団におびえていた仔牛も、親牛を見習っておとなしく死に場所へ赴いた。これは家畜の習性というよりも、朝夕一日も休むことなく餌を与えてくれた人間への親愛感というか、感謝というか、牛の心に育まれた情愛ではないだろうか。──

動物たちの“死”に直面した眞並さんはそこに動物たちが持つ“心”を発見したのです。そしてその心のありか、あり方を知ることで、この本の重要なテーマ、“動物による癒やし”というものを考えることになりました。
──動物に欠けているとされる「人間固有のもの」は、病や障害によって人間から欠落することもある、しかしアニマルセラピーは成り立つことを知ってほしいからだ。話すことができない、応答することができない、理性が失われていく、文化を享受できない、衣服を自分で着られない……。人間が動物に拒絶してきたものが、ときとして人間から失われることがある。しかしながら、意に反してであるが、動物と同じく苦しむことはできる。回復があるとしても、もはやないとしても、人間と動物がふれあうところから癒やしが立ち現れてくるであろう。──

動物による癒やし(アニマルセラピー)とはどのようなものなのかという思索がうかがえます。なぜ動物たちによって癒されるのかのひとつの回答です。

動物たちへの深い愛情を感じさせるこの本は、猫の魅力やセラピーというものを超えて、人間と生きものの関わりとはどのようなものかを考えさせてくれるすぐれたノンフィクションです。

  • 電子あり
『すべての猫はセラピスト 猫はなぜ人を癒やせるのか』書影
著:眞並恭介

「猫には、苦しむ人をよみがえらせる力がある。猫は偉大だ!」──ノンフィクションライター野村進氏推薦!
セラピーキャットの「ヒメ」は、白猫のメス。アニマルセラピーを実践する飼い主に、セラピーキャットとして育てられてきた。
ヒメを撫でると、病に苦しむ人が笑顔を見せる、名前を呼ぶ。ヒメも自分から患者の膝に乗っているようなのだ──。
2015年、猫の飼育数が犬を逆転しました。いま日本で飼われている猫の数は、約987万4千匹。空前の猫ブームが訪れています。犬と違い、飼い主の言うことなんて絶対聞かないのに、猫を抱くとなぜこんなに癒やされるのでしょうか。
長年アニマルセラピーを取材してきた著者が猫の癒やしの謎に迫ります。
原発事故後のシェルターで飼い主を待ちつづける猫、飼い主と一緒に老人ホームで暮らす猫、認知症、統合失調症、知的障害などを抱えた人に寄り添うセラピーキャット。猫の「心」と出会う旅が始まります。
第37回講談社ノンフィクション賞、第58回日本ジャーナリスト会議賞(JCJ賞)受賞後第1作。
かわいい猫の写真がいっぱいです。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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