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28年前に予言した世界『ゴースト・イン・ザ・シェル / 攻殻機動隊』の魅力まとめ

攻殻機動隊(1)
(著:士郎正宗)
2017.05.27
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自分メモ
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“企業のネットが星を被い、電子や光が駆け巡っても国家や民族が消えてなくなる程情報化されていない近未来”
2017年のいまから遡ること28年前の5月、『攻殻機動隊』の世界はこのフレーズで始まった。

作中で丁寧に紡がれているサイバーパンクな世界観は、発表当時や押井守による劇場アニメ版『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は圧倒的な映像表現に緻密な描写で、多くの人々を魅了し、現在でもファンの心を捉えて放さない。

その一方、公開された当時は難解で、わかったつもりになって、その実理解できなかった読者も少なくないのではないだろうか。

アメリカで1996年のビルボードランキング1位を獲得し、海外で評価されて改めて日本で話題になった際にはじめて本作に触れた私は、イマイチ飲み込み切れていなかった20年前のことを思い出す。

それもそのはず、1995年の押井守による『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(以下押井守版)が公開された時、インターネットは一般への普及が始まったばかりだった。そのうえネットへ接続するためのコンピュータは現在より高価で大きかったし、今では定額が当たり前な通信料金も深夜以外は従量制のうえ速度は遅かった。AIについてのコモンセンスも、「ドラクエ」の戦闘で仲間が自動で闘ってくれるものとか、「エヴァンゲリオン」のMAGIシステムというような感じで、すごそうだけどイマイチ良くわからないもの、といった認識だったと思う。

つまり、当時の世間はまだそういった状況であって、ネットワークの概念や人工知能についての理解はまだまだ乏しかった時期だ。今で言うインターネットのような、「相互に繋がり合って構成されるネットワーク」といった概念は、SFファンや研究者にエンジニアなど、限られた人たちのものだったのだ。

今日、現実の世界でもこの星はネットワークに被われ、普段過ごしているあいだも電子や光が手元のデバイスはおろか、白物家電にも駆け巡るようになってきた。20年以上前に『攻殻機動隊』によって放たれたミームが押井守版のような映像作品や、「マトリックス」のようなフォロワー作品を経て進化し、『攻殻機動隊』の世界観を理解するに足りるコモンセンスの水準が高まっていったように思えるのは気のせいではないはずだ。

今でこそテレビのニュースで義体のようなサイボーグ技術やロボットだとか、人工知能というような概念を頻繁に見かけるようになった。さらには自分の脳を電脳化したり、自身を直接ネットワークへ接続したりするようなサイバーパンクな世界も、SFの世界の話にとどまらず、近い将来訪れる未来として認識されつつある。(実際にFacebookが実現に向けて開発を進めていることが先日発表された)

あの当時、本作を読んでも理解しきれなかったことが、技術の進歩やミームの進化によってか自分ごとにしやすくなり、物語を咀嚼しやすくなっているのではないだろうか。

もはや説明の必要はないかも知れないが、原作版『攻殻機動隊』と押井守版は「草薙素子」と「人形使い」との関わりを軸にストーリーが展開していく。人形使いはもともとプログラムだった人工知能が、情報の海の中──ネットワークと繋がった企業のデータやゲームと融合していくうちに自我が芽生え、生命体を名乗るようになり、それが物語上の鍵を握る。
そうして自我が芽生えた人形使いは、種としての多様性やゆらぎを持つため、草薙素子と融合することになり、そして物語は結末を迎える。

草薙素子と人形使いのやりとりの中で、現代の社会においてふたつの重要なことが語られている。ひとつは人工知能の深層学習(ディープラーニング)。そしてもうひとつは、ダイバーシティの確保だ。

まず、人工知能の深層学習だが、AIが莫大な計算リソースを利用して行う機械学習を繰り返すことで、汎用的な人工知能の実現を目指している、現在最も研究が盛んな分野である。身近なところではマイクロソフトの「りんな」や「Tay」などだ。

画像や数値データ、人間との対話だけでなく、ゲームと融合して人工知能に学習を行わせる手段は、現実世界においても自動運転のディープラーニングにゲームソフトの「Grand Theft Auto V」が活用されている事例もある。人形使いが自我を持つにいたる出来事は発展途上だがすでに訪れている未来なのだ。

もうひとつがダイバーシティの確保。多様性を持たない組織が、システムの硬直化によってゆるやかな破滅を迎えた事例は洋の東西を問わず枚挙に暇がない。そして同じように多様性を持たない種は、ひとつのウィルスや病原菌によって全滅してしまいかねない脆弱なものだ。

今日の日本社会で掲げられているダイバーシティは、差別や偏見を受け入れるためのスローガンとしての意味合いが強い。しかし本来の多様性の確保は、緩やかな硬直化や未知の恐怖に対する本能的な対策にあり、そこに多様性を受け入れることの意味があるのだ。そういった潜在的な脅威から種を守るために多様性が生まれ、生物の営みは現在に至っている。多様性から進化の糸口が生まれているわけだ。

『攻殻機動隊』が28年前に放ったミームが押井守版の劇場アニメや「STAND ALONE COMPLEX」、「ARISE」を経て多様化し、さまざまなパラレルワールドのエピソードを展開し現在に至っている。
そのパラレルワールドの現時点での最新版が先頃公開されたハリウッド実写版の「ゴースト・イン・ザ・シェル」であって、最新の技術や理解で再構築された作品世界は、今あらためて『攻殻機動隊』ユニバースに触れるのにうってつけの機会だ。

スカーレット・ヨハンソンという名の美しくも凜々しい義体を操る少佐は我々が知っている草薙素子でありつつも草薙素子ではないし、義体も原作の世界で描かれていたものよりもまだ技術が発展途上のようで、ところどころ原作とも、押井版とも違う印象を受ける。全くのパラレルワールドのようにも感じるし、『攻殻機動隊』というようにも受け取れる。ただひとつ、攻殻機動隊であることには違いは無い。つまり、原作の人形使いが言うところの変種(グライダー)だ。

光学迷彩のスーツや、義体の製造過程など、実写で見たかったシーンはほとんど用意されており、製作側もこれを実写で作りたくて、実写で見たかったんだな、という共感を覚えるのだ。そんな共犯関係的な映像表現を楽しめるのも本作ならではだ。
原作や押井守版との相違点を探すような、答え合わせのような姿勢で作品を読み解いたり、アニメーションと実写での表現の違いを楽しんだりと、原作、アニメーション、実写それぞれが相互補完して世界観を作り上げている。

熱光学迷彩ひとつをとっても、それぞれの表現方法は違う。原作のコンバットスーツのような表現も、スカーレット・ヨハンソンが身にまとうヌーディーな熱光学迷彩スーツも、見比べてみると面白い。


原作と実写を見比べる際の副読本に『ゴースト・イン・ザ・シェル』公式アートブックは非常に見応えのある資料になる。退廃的なセットも、イメージボードの美麗なイラストもそれらの解説のテキストと一緒にまとまっており、映画の世界観に説得力を持たせるのに十分なボリュームであった。香港のような町並みでカーアクションを再現するためにニュージーランドに作られたセットの模様など、感心してしまうような舞台裏も魅力的だったので、一度そのスタッフの熱量にも触れてみて欲しい。



28年前ではいまいちピンとこなかった概念が、時が経ち技術の進歩とともにコモンセンスになることで、それを手がかりに、より深く作品を読み込めるようになっているのは気のせいではないはずだ。2017年の今、原作の『攻殻機動隊』を読んで得られる発見が、さらなるミームの進化をもたらす予感がする。
そのミームを広大なネットに放ったのは、紛れもなく草薙素子と人形使いなのだから。


※『ゴースト・イン・ザ・シェル公式アートブック THE ART OF 攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』はこちらへ⇒https://goo.gl/2Xx6bf

※攻殻機動隊 -THE GHOST IN THE SHELL- Official Site [公式]はこちらへ⇒http://yanmaga.jp/spcontents/kokaku/

  • 電子あり
『攻殻機動隊(1)』書影
著:士郎正宗

西暦2029年。通信ネットワークに覆われ、膨大な情報が世界を駆け巡っている超高度情報化社会。しかし国家や民族、そして犯罪は依然として存在していた。より複雑化していく犯罪に対抗すべく結成された特殊部隊……公安9課に所属するその組織の名は、攻殻機動隊と呼ばれた。

レビュアー

宮本夏樹

静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。

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