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病的依存「やめられない心」から抜け出す唯一の方法!?──全米ベストセラー

やめられない心 毒になる「依存」
(著:クレイグ・ナッケン 訳:玉置悟)
2017.05.27
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“アディクション”とはやめようと思ってもやめられない心の状態、〇〇中毒や〇〇依存症と呼ばれるやっかいなもののことをいいます。自分にはかかわりがないと思ってしまうのは早計です。誰でも陥ることがあるということがこの本を読むとよくわかります。

──すべての人間は、「幸福感を感じて、心の底からホッとできる安堵感を味わいたい」という根源的な欲求を持っています。多くの人は、日々の生活の中で時おり心の平安や美しさに満ちた瞬間を感じることもありますが、その感覚はたいてい短時間のうちに消えていきます。そしていつかまたその瞬間が訪れ、やはりまた去って行く、人生とはそのくり返しであるともいえます。──

誰にでもある「幸福感を得たい」という欲求、しかしその欲求が強くなると、その幸福感をいつまでも続くものにできないかと思うことになりがちです。つまり、この「人間の力ではコントロールできないこの自然のサイクルを、無理やりコントロールしようとするする企て」がアディクションと呼ばれるものです。

アディクションにどのようなものがあるかというと、ギャンブル依存症、摂食障害、処方薬や市販薬への依存、アルコール問題、買い物依存、窃盗、放火などですが、それだけではありません。共依存、恋愛依存、セックス依存症というのもあります。
──どのようなアディクションであれ、冒された人はみな例外なく、対象物を使用したり特定の行動をすることより、自分が望む“気分の変化”を自分のなかに起こそうとします。(略)根底にあるのは、「幸福感を得たい」という欲求を、意のままに満たそうとする渇望であり企てなのです。──

この“気分の変化”がもたらす高揚感(=得た幸福感)を手放したくないと思った時、それがアディクションの始まりです。しかも「アディクションにはしだいに深みにはまっていくという、やっかいな特徴」があります。
──どのようなアディクションも放っておけば進行が止まらなくなります。つまり、対象物の使用や対象となる行動の頻度が増し、むなしい追求が止まらなくなるということです。──
アディクションは「意識的に止めようとしないかぎり、そのまま行きつくところまで確実に進んでいく」ものなのです。依存・嗜癖の始まりです。ちなみに高揚感には「覚醒感」「飽満感」「夢想」の3つの種類があります。

高揚感は、「恍惚感に包まれた状態」という陶酔感へと人を導きます。
──アディクションに冒された人にとって、恍惚感は苦痛や罪悪感や羞恥から逃れさせてくれるので非常に魅力的です。その結果、その人はしだいに、アディクションの対象に陶酔することで苦痛を覆い隠すことがうまくなってゆきます。──
夫に先立たれ、そのつらさからギャンブル依存症となった女性がこう話しています。「カジノに足を踏み入れさえすれば、私は心の痛みを感じずにいられた」と。「踏み入れる」こと自体が彼女の望むことであったのです。

──このようにアディクションはまず情緒的な幻想として始まり、周囲の人はもちろん、本人も気づかないうちに、その人の内面に根を張ってゆきます。そしてアディクションがその人のなかに定着すると、その人は自分のアディクションについて人から指摘されると攻撃されたように感じ、腹を立てて激しく自己弁護をするようになるのが普通です。──

アディクションに冒された人はどのようになるのでしょうか。心が病み、孤独・怒り・生き甲斐の喪失・嘘・自己嫌悪・自己憐憫等に取り憑かれます。アルコールや薬物依存等になればもちろん肉体も病んでいきます。それはその人の人間関係を破壊し、家族をはじめ周囲の人を捲(ま)き込むことにもなります。

この本によると、このようなアディクションに人を駆り立てる欲求には2つのものがあるそうです。注意しなければならないのは、これらは生命力の源泉ともなるものですが、アディクションという病気にかかると逆に生命力を奪う方向に働くということです。
1.快感追求型
2.力(権力)追求型
 
1は分かりやすいと思います。誰しも困難や苦しいことに陥った時にそれから逃れるために、あるいは目をそらせるために、自分が望む“気分の変化”を求めて“快”を感じるものを求めがちです。「快感をもたらす体験は、嫌なことやつらい時間をたとえわずかでも忘れさせる」ことができるからです。

しかし、このように“快”を求め続けると「快楽を手放すのを恐れる」ようになり、「自分が快か不快かにばかり」意識が集中し、現実への手がかりを失うことになります。アディクションに冒された人にとっては「『真実』や『精神的であるための原則』や『他の人間』より、自分の快感を促進する対象物や行動のほうが重要」になっているのです。

このような快感追求型のアディクションからの回復についてナッケンはこう記しています。彼らには「情緒や身体感覚は変化する」という単純な事実を理解する必要があると。
──どのような種類の情緒や身体感覚であろうが、同じ状態がいつまでも永遠に続くことはありません。つまり快感=喜びも、常に一時的なことでしかないのです。──

では2の力(権力)追求型にはどのような特徴が見られるのでしょうか。
──力を感じることで生じる高揚感に魅了され、力が安堵感や安心感の根源であるように感じています。彼らにも精神的な価値観や原則はあるかもしれないとしても、力ほど重要ではありません。彼らの目には、むき出しの生々しい力こそ、世の中の価値やルールを決定するものであり、他人を犠牲にしてもたくさんの力を手に入れることが重要だと映ります。──

当然のことながら彼らは「自分が正しい」ということを前提としています。これは次のような行動(思考)をもたらせます。

「自分は正しい」→「正しいから力を持っている」→「力を持っているのは自分が正しいからだ」

独りよがりな「正しさ」の連鎖です。当然周囲を「コントロール」しようとし「自分の力を維持するために他を責めることが欠かせない」ようになります。「エゴが不健康なまでに肥大し」、その一方で他への信頼や正常な関係は持てなくなり「内心は非常に不安定」となります。その先に待っているのは「不安」「恐れ」そしてそれを打ち消すような「たえまのないナルシシスト状態」というものです。

快感追求型は他者に不幸をもたらしますが、この力(権力)追求型も私たちに災厄をもたらします。
──政治権力のアディクションは独裁者を生み、独裁者のまわりに似たような権力アディクション型人間の取り巻きが集まれば、全体主義国家が出来上がります。そのような独裁国はいずれ崩壊し、その過程で何百人もの人々の命を奪ってきたことは、歴史が証明しています。──

「やめられない心」に取り憑かれた人はどのようにして回復すればよいのでしょうか。まず「アディクションとは本質的に『意味のないこと』だ」ということを心に刻み込むことです。快感や権力への欲求ばかりが肥大した人間は「人生に意味を求めること」をやめてしまうからです。

そして「自分が陥っている状態について正直になる」ということです。自分をよく観察し、「人間関係を回復させる」こと、それが自分の「人生に意味をもたせる」ことにつながるのです。

依存・嗜癖・やめられない心、これは私たちの身近にいくらでも見られます。また、個人的な抑圧・不幸・ストレス等だけでなく、権力欲、ギャンブル等、私たちをアディクションへと陥らせるものは無数にあるように思います。それらがいかに気分を変え、幸福感をもたらしているように感じても、アディクションへ通じる道でもあります。欲求に溺れて「意味を失う」ことのないようにするために読んで欲しい1冊です。

『やめられない心 毒になる「依存」』書影
著:クレイグ・ナッケン 訳:玉置悟

全米で20万部突破のロングセラー、待望の邦訳! 「病的な依存の心」がわかる! 過食、買い物、ネット、携帯メール……。あなたもはまるかもしれない。
●「今週はもうパチンコはやめよう……でもまてよ、昨日の負けが取り返せるかもしれない」
●「またバッグ買っちゃった。でも、私みたいな人はたくさんいるのよね」
●「酒が飲めなくなるぐらいなら、死んだほうがましだ」
●「昨日も朝までインターネット。他にやりたいこともないし」
●「たくさん食べたっていいじゃない、吐けば太らないんだから」
本人だけでなく家族をも不幸にする「心の病」。発症の仕組みから対処法までをわかりやすく解説!

アディクション(やめられない心)には、しだいに深みにはまっていくという、やっかいな特徴があります。つまり、アディクションは進行性の障害であり、止まらずに進行を続ける病気であることを理解しなければなりません。このいきさつは、がんの進行と似ています。がんにはさまざまな種類がありますが、どのようながんも悪化する時の過程はみな同じです。つまり、がん細胞の増殖が止まらなくなるということです。アディクションもそれと同じで、さまざまな種類がありますが、どのようなアディクションも放っておけば進行が止まらなくなります。つまり、対象物の使用や対象となる行動の頻度が増し、むなしい追求が止まらなくなるということです。──<本文より>

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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