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「自分らしさ」は呪縛なのか? 松浦弥太郎式「自意識を捨てる」心のレッスン

2017.05.05
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私たちはみなある呪縛にとらわれているのではないか……そんな疑問からこの本は始まります。

松浦さんが「美しい呪縛」と呼んだものとは「個性を大切にして、自分らしくありたい」という思いのことです。
──個性を大切にして、自分らしくありたい」という思いは美しい呪縛みたいなもので、必要以上に人を力ませます。力むことと、一生懸命になることとは違います。肩に力が入った状態で、すてきなことはできません。いい仕事も、おいしい料理も、すこやかな人間関係も、かたちにならないのではないでしょうか。何もしないうちから「自分らしくやろう」と思った時点で不自然になり、結局、なにもできなくなってしまいます。──

「個性を生かす」というキャッチフレーズは巷に氾濫しています。リーダーシップ論からライフスタイル、美容・健康から生命保険まで「個性(的)」という言葉が使われています。ですがこの「個性」という言葉が自分を締め付け、かえって不自由さをもたらせていることになっているのです。
──自意識を捨てて、精一杯やったとき、他人が「あなたらしい」と言ってくれるもの。それが本当の自分らしさだと思うのです。──
自分が思っている(頭で考えている)「自分らしさ」にはホントは根拠がないのかもしれません。松浦さんのいうように「自分らしさ」とは結果としてあらわれてくるものなのでしょう。

頭だけで考えることから心で考えることへ、これが松浦さんがこの本で伝えたいことです。心を、「感じるという受動的な役割」のものと決めつけず、心を能動的に働かせること、その「積極的な営み」を大事にしようということです。これが自分を広げることにもつながっていきます。

心の使い方が上手な人とはどのような人でしょうか。
──心で考える人、心のつかい方の上手な人はおいしい料理に似て、後味がありません。やたらと感動的な言葉を口にしたり、目に焼き付くようなふるまいをしたりしない。すごい名言も、別れ際のがっちりした握手も、びっくりするような献身も、ぐらぐらするみたいなときめきも、すべては味の濃い料理や分厚いステーキのようなもの。心で考える人は、それとまったく逆で、スパイシーさは皆無です。──

少し前に“自然体”とか“ナチュラル”とかという言葉が流行りましたが、それとはどこか違うように思います。“自然体”とか“ナチュラル”を目的化して、そこには“自然体”であろうとする自意識が働いているように思えるからです。「自分らしくあろう」という作為がはいっています。自然であろうとする不自然さ、ということでしょうか。

この心を働かせている「エンジン」として必要な要素が「感受性と想像力と愛情」の3つです。さらに「心で考える人、心のつかい方の上手な人」になるために心がけることが記されています。
──あなたがもし、誰かにとって「ほんとうにおいしい料理」のような存在になりたいのなら、まずは一人でいる時に心をつかうことです。(略)ものの置き方、引き出しの開け方、座り方。誰が見ているわけでなくても静かに置き、そっと引き出しを開け、美しく座っているでしょうか。──

1人でいる時、それは他者からの視線を気にすることなく、どのような自意識も働いていない時です。その時こそ自分の心の姿・形があらわれてきます。その時は「自分らしさを捨てれば、自分らしさが更新され、自分らしさが広がる」ことができる時でもあります。

これは「積極的に自己否定する」ということにつながります。「もっといい自分になれるように、前向きに今の自分らしさを否定」することが大事になります。「自分を矯正するための自己否定」でなければなりません。それには「新しい自分の理想のかたちを思い描く」ことが必要です。ですから単なる自己否定と勘違いしてはなりません。
──前向きな自己否定をするとは、自分の選択を常に疑い、ちょっとでもおかしなところがあれば、もう一度選択しなおすことでもあります。(略)積極的な自己否定が上手くなると、いつでも自分をリセットでき、ゼロからスタートできる。そう信じて、繰り返し矯正しているつもりです。──

「自分らしさ」は自分が歩む中であらわれてきます。過去や経験にとらわれずに歩む中で。
──心がちゃんと働いている人の返事は、単なる「はい」がすばらしい。ただ単に「わかりましたよ」ではなく、「本当によくわかりました」「心から承知しました」が伝わってきて、「はい」だけでうれしくなってしまうのです。たった二文字の「はい」が、ものすごく多弁であり、すべてを語っているような気がします。──
「新しい自分の理想のかたち」を思い描き進めば、このような言葉がおのずと出るような「自分」になります。
──「はい」とは「『はい』と言ったことを最後までやり抜くし、忘れることなく心をつかいます」という宣言であり、約束であり、誓いです。──

なにかに行きづまったと感じた時、自分に迷いが生じた時、そんな時に紐解いてほしい1冊です。自分を解き放つヒントがあふれています。
──特別な印象はなく、自分の中にすっと入ってきて、いつまでも忘れられない人。そんな人を大切にしたいし、自分もそんな人になりたいと僕は願っています。──
これが“自然体”とか“ナチュラル”というものなのではないでしょうか。

  • 電子あり
『「自分らしさ」はいらない くらしと仕事、成功のレッスン』書影
著:松浦弥太郎

人気エッセイスト、前「暮しの手帖」編集長の松浦弥太郎さんの書き下ろし最新作、ついに完成! 最新作のテーマは、くらしと仕事を充実させるためのレッスン。キーワードは「心で考える」です。そして、心で考えたら、
「何かを始めたいなら、『自分らしさ』など捨てたほうがいい」
「自分らしさを捨てれば、自分らしさが更新され、自分らしさが広がる」
という声が聞こえてきたのです。頭で考えることの限界を打ち破る方法に気づいた松浦さんが、読者の皆さんに伝える「心の働かせ方」「心のつかい方」そして「自分らしさの捨て方」です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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