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春は、別れの季節。それは私たちに何を与えるのか。哀しみだけではない きっと「さよならの力」があるはず。――週刊現代にて連載中の『それがどうした 男たちの流儀』をまとめた人気シリーズの最新刊『大人の流儀 さよならの力』で、作家の伊集院静は自身の別離の体験を明かしている。
別れを経験して 前より強い人間になる
二十歳のときに実弟を海難事故で亡くし、三十代では、前妻の女優・夏目雅子が二十七歳で病没するという非業の運命に直面した伊集院。最近も、またひとつの別れがあった。博子夫人(女優・篠ひろ子さん)とともに育んだ愛犬・亜以須(梵語で「真理のみに従う神」の名)が、天寿を全うして旅立ったのだ。
次々と訪れる、愛する者たちとの永遠の別離。しかし彼らは、嘆きだけを残して去っていったのだろうか? 『大人の流儀7 さよならの力』で、伊集院はこんなふうに綴っている。
<別離は、私たちに哀しみを与えるものでしかないのだろうか?/それは違うはずだ。いや、違うに決っている。生きることが哀しみにあふれているだけなら、人類は地球上からとっくにいなくなっているはずだ。(中略)やがて別離を経験した人にしか見えないものが見えて来る>
「もちろん、若いうちから別れを経験するのはせつないことで、できればしないほうがいいですよ。でも何か、そのことで、人間的な力がつくこともあるのかもしれない。苦しくせつないことを経験したからこそつく、底力が」
つらいのは自分だけではないという諦念。苦しむ人に思わず手を差し伸べたくなる気持ち。親しい存在との別れ、そして天災のように多くの人を巻き込む悲運に直面して、「さよならの力」とも呼ぶべき底力への確信は、一層堅固なものになっていったという。
それでもやはり、目の前の哀しみは深い。それをやり過ごすためのある方法が、当書に記されている。愛犬を亡くして哀しみにくれる妻に、伊集院はこう言葉をかけるのだ。<“知らん振り〟をすることだ。それが案外といい。あとは時間が解決してくれる>
「追憶というのは残酷なもので、あるときふいに襲ってくる。私も、雪が降るたびに弟と屋根の上で雪を見た日のことを思い出すし、前妻とのつらい思い出があるから、花火は今も見に行かない。それに、一人の人との別れの中には、たったひとつの追憶しかないわけではなく、一人につき十、十人なら百や千の追憶があるものだから……。でも、何百回、何千回と思い出してもいい結果にはならないのだったら、知らん顔をしなさいと。それは、哀しみから目を逸らすには、わりといい方法でね」
人は、痛みをかわしながら、別れの哀しみを生きる力に変えていくしかない。まさに彼自身が、そうして現在まで生き抜いてきたように。
「突然のときにはやはり戸惑うし、立ち直るといっても、徐々にでしかない。きちんと立ち直れたかというのも、あやしいところではあるけれども……それでも、少なくともさよならを経験しなかったときよりも、その後の生き方がいい加減ではなくなるのは確かだと思う。別れた彼らに笑われないためにも、『こんなことをしていていいのか?』と、いつでも自分に問いかけるようになるから。だから私は、さよならには力があると信じているし、それを頼りにやっていこうよ、と言いたいんだ」
(文/大谷道子)
1950年山口県生まれ。1972年立教大学文学部卒業。1981年短編小説『皐月』でデビュー。1991年『乳房』で吉川英治文学新人賞、1992年『受け月』で直木賞受賞。2016年紫綬褒章受章。近著に『東京クルージング』がある。
- 電子あり
私は二十歳代と三十歳代に別離を経験した。
一人は弟であり、もう一人は前妻であった。
なぜ彼、彼女がこんな目にと思った。
その動揺は、なぜ自分だけが? という感情になった。
ところがそういうものと向き合っていると、
やがて別離を経験した人にしか見えないものが見えて来る。
それは彼等が生きていた時間へのいつくしみであり、
生き抜くしかないという自分への叱咤かもしれない。
(まえがきより)
週刊現代誌上の連載『それがどうした』掲載のエッセイに加え、本書のために、4編の書き下ろしを収録。
「大人の流儀」既刊一覧はこちら
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