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米中戦争勃発! 元自衛隊最高幹部が語る4パターンの紛争シナリオ

米中戦争 そのとき日本は
(著:渡部悦和)
2017.02.17
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良くも悪しくも型破りな言動が目立つトランプ大統領ですが、彼の中国政策がどのようなものになるかによって世界秩序が大きく変貌することは考えられます。どのような政策をとることになっても避けなければならないのは戦争です。
──いずれにせよ、日米中が関係する戦争(紛争)が実際に生起することを抑止しなければならない。平和を達成するためには戦争を知らなければならない。──

この本はこの課題に正面から取り組んだ力作です。なにより驚かされたのは、この本で詳述された戦争シミュレーションが「すべて公開された資料」を元に作られたことです。
──米国のように情報公開が進んでいる社会では、事実にきわめて近い情報が惜しげもなく公開されている。──

“危機対策”などという名目で大部な資料が非公開、機密扱いにされがちな日本と大きく異なったアメリカの情報の公開性の優れたさまがうかがえます。こういったことが民間のシンクタンクを育て、議論が誰にでもでき、共有化することができることにつながります。機密扱いというのは、それに触れる人間を特権化(権力化)することにつながり、記録の改竄(このところの国会でも目立つ議事録の修正もこれに入ります)により、歴史をゆがめることにもなります。

ところで有事を考える際に肝心なのは彼我の力の差です。では「情報公開に消極的で秘密の多い国」中国の人民解放軍はどのように捉えればいいのでしょうか。
──人民解放軍の透明性に関する姿勢は、「弱者が透明だと、強者との差は永遠に埋まらない」という認識を基本としている。つまり、人民解放軍の実態を努めて不透明にすることにより、その実力の正確な把握を困難とし、ある時には過大評価させ、ある時には過小評価させようとする。──

当たり前ですが「中国製の兵器を小馬鹿にしたり」、逆に「過大評価したり」しては大きな間違いを犯します。渡部さんは人民解放軍を読み解くキーワードとして次のことを挙げています。
1.世界第2の国防費
2.人民解放軍は国家でなく共産党の軍隊
3.陸軍偏重を是正し「海洋強国」をめざす
そして目指しているのは世界最先端をはしるアメリカに「追いつき・追い越せ」というものです。

この人民解放軍の最大の問題は内部の“腐敗”です。鄧小平が許諾したという「中国軍の独自ビジネス」をその淵源とする腐敗への対策とその効果によって人民解放軍はその実力を変えていくと渡部さんは指摘しています。

では世界第1と第2の軍事大国の軍事力はどのように対峙しているのでしょうか。軍事力分析には以下のことを考えにいれる必要があります。
1.地理的要因(距離の苛酷さ):脅威=能力×意思÷距離 作戦地域までの距離が近くなればなるほど脅威が増大する
2.中国の接近阻止/領域拒否:中・長距離ミサイルの配備によって「米軍を西太平洋地域から排除する」こと
3.クロス・ドメイン(作戦領域):科学技術の進歩により陸海空に加えて「宇宙」「サイバー」の作戦領域が誕生
4.ハイブリッド戦:正規軍と非正規軍組織の混用、物理的破壊手段と非物理的破壊手段(謀略、情報等)の混用
5.超限戦:あらゆる制約や境界(作戦空間、軍事と非軍事、正規と非正規、国際法、倫理など)を超越しあらゆる手段を駆使する「制約のない」戦争
この5つの観点からの詳細な軍事力分析はこの本の優れたところだと思います。必読です。

この中で「厄介」なのは5つめの「超限戦」です。
──民主主義国家にとって人権、自由、人命の尊重、国際法の遵守は当然のことであり、これらの価値観によって軍事行動は制限される。しかし、超限戦における行動に歯止めをもっとも、民主主義国家といえどもテロ対策(テロとの戦争)という名目のもとで、「人権、自由、人命の尊重、国際法の遵守」等が危うくされてきているのも確かです。

軍事力分析の後、この本では4つの紛争シナリオが想定され、分析されています。
1.大規模戦争シナリオ:米海軍と空軍を中心にしたASB(エア・シー・バトル)
2.台湾紛争シナリオ
3.南シナ海紛争シナリオ
4.東シナ海紛争シナリオ

他の章と同様に豊富な図説や軍事スコアカードで解明された紛争シナリオがどのようなものなのか、それぞれがどのように展開されていくのか、ぜひ読んでほしいと思います。スコアカードをめぐるアメリカのランド研究所の助言、渡部さんの感想、助言には耳を傾ける必要があると思います。 

では日中戦争の可能性はどうなのでしょうか。渡部さんは2つの紛争シナリオを取り上げています。
1.尖閣諸島紛争シナリオ
2.南西諸島紛争シナリオ:台湾紛争連動型と単独型

このシナリオで注意すべきは「中国の準軍事組織」による作戦です。「超限戦」を唱道していることからもわかるように、「軍事組織である中国軍の直接攻撃」だけではなく、それらの威力を背景にした準軍事組織での作戦行動を想定しています。
──軍事訓練を受け、ある程度の武装をした漁民(海上民兵)と漁船、海警局の監視船などの準軍事組織が作戦を実施するのである。この準軍事組織による作戦は南シナ海──ベトナム、フィリピン、インドネシアに対して多用され、確実に成果を上げている作戦である。──

もうひとつ、このような1節が記されています。
──筆者が最も恐れる最悪のシナリオは、同時に生起する複合事態である。2011年に発生した東日本大震災は複数の事態が同時に生起する複合事態であった。当時の自衛隊は、地震、津浪、原子力発電所事故に同時に対処する必要に迫られた上、周辺諸国の情報偵察活動も続けなければならなかった。多くの日本人は知らない事実だが、当時、自衛隊が大震災対処で忙殺されている間に、その自衛隊の警戒態勢を試すかのように周辺諸国(とくに中国とロシア)が軍事偵察を活発化させた。──

そしてこれが日本周辺の「厳しい安全保障環境」だと文を結んでいます。

“不測の事態(想定外)”というのは無策に通じます。軍事だけでなく私たちがどのような“環境”にあるのかを知るのは絶対に必要なことです。戦争(紛争)に対する想像力を失うことなく、戦争を考えること、それが肝要だと思います。「平和を達成するためには戦争を知らなければならない」からです。日中米の“不測の事態”を深く、これほど分かりやすく分析したものはないと思います。

  • 電子あり
『米中戦争 そのとき日本は』書影
著:渡部悦和

中国軍は、あなどれない。日本は必ず巻き込まれる。はたして勝者は? 自衛隊元最高幹部が、「台湾」「南沙諸島」「尖閣」「南西諸島」の4つのシナリオを用いて米中戦争・日中紛争を正面から論じた初の本。日本はいま、この時代に何をなすべきなのか?

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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