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圧倒的スケールの異世界ファンタジー登場! 猫殺し伝説が開く、傑作の扉
(著:石川宏千花 画:岩本ゼロゴ)
五島野依(ごしま・のえ)は、小学6年生の男子生徒。タイトルの「少年N」とは、野依のイニシャルと解釈して間違いないでしょう。
野依は、「怒るとすぐに手が出る、感情の抑えられない子」。「たいていは、してはいけないことをしている相手に対して、猛烈な怒りを感じる」ため、正義感の発露と受け取られることもありますが、野依自身は「あんなのは、正義でもなんでもない。自分で自分の感情を抑えられない、問題児のやることだ」と冷静に自己分析しています。
──野依が腹を立てているのは結局、〈できごと〉に対してなのだ。ひどいことをされた人の気持ちを思って、感情を揺らしているわけではなく。
それはある意味、なんにでも腹を立ててしまうということだ──
野依の抱える「衝動」は、ともすれば暴力に繋がりかねない危うさをはらんでいます。そういう意味で、彼は確かに問題児かもしれません。しかし、決して不良ではない。実際はその反対です。野依に自覚があるかどうかはわかりませんが、どちらかといえば模範的な児童でしょう。
繊細で他人を気遣える優しさがあるからこそ、ときどき顔を出す「衝動」に悩んではひどく落ち込んでしまう。内省的で、センシビリティ。その自己観察と感受性の強さが、野依のパーソナリティを複雑かつ豊かに彩っています。
性格にやや難はあるものの、幸い、野依は孤独ではありません。岩田波留斗(いわた・はると)と長谷川歩巳(はせがわ・あゆみ)の男子ふたりが、野依の親友です。
幼馴染みのバレエ少女、糸川音色(いとかわ・ねいろ)は物静かな女の子です。クラスの中心的存在である菅沼(すがぬま)軍団のメンバーで、軍団のボスは、小学生向けファッション雑誌で読者モデルをしている菅沼文乃(すがぬま・あやの)。
ある日、野依たち男子3人は、その文乃と、彼女の親友、魚住二葉(うおずみ・ふたば)に呼び出されて、ほぼ強制的に「猫殺し13きっぷ」の犯人捜しに付き合わされます。
──猫を十三匹殺して、その首を村田ビルディングの屋上から投げ落としたあと、自らもダイブすれば、異世界にいくことができる──
都市伝説と思われていた「猫殺し13きっぷ」は、しかし、首のない猫の死体が発見されたことで、現実の事件へと変貌します。もちろん野依たちは「異世界へいくことができる」なんて話は端から信じていません。
この猫殺しの素材だけでもジュブナイル・ミステリとして充分面白くなりそうなところを、偶然にも猫殺しの犯人と村田ビルディングの屋上で対峙したことで、そこから犯人と一緒に「異世界」へと旅立つことに──。
少年探偵団的な序盤で一気に読者の心をつかむと、異世界ファンタジーへと作風が急展開します。猫殺しの犯人捜しは、長い旅の序章にすぎなかったわけです。ハリウッドの脚本家で、日本でも脚本術の本が翻訳されているシド・フィールドの言葉を借りるなら、「インサイティング・インシデント(誘引する事件)」。「本当の物語」を始めるためのオープニングシークエンスです。
そうして図らずも飛ばされた異世界で、野依は幼馴染みの音色とふたりきりに。他の仲間たちとは、はぐれてしまいます。
野依と音色が飛ばされた場所は、文明未発達の辺境の土地でした。「ここは古代の町が奇跡的に残存している世界的に有名な遺跡スポットなんだよ、とだれかに言われたら、ああそうなのか、とすんなり納得できてしまうような」世界。
当然、日本語など通じるわけがなく、右も左も定かでない未開の土地で、野依と音色は原住民らしき人々に出会い、理由がわからないまま儀式めいた試練を課せられます。生き延びるためには、その試練を受け入れるしかない。こうなってくると、もはやサバイバルミステリですが、異世界の謎、猫殺しの犯人の動機など、数多くの伏線が回収されずに最終ページを迎えます。タイトルに「01」とナンバリングされているように、本書はシリーズ作品だからです。
言うまでもなく続きが気になる幕引き。そして、続刊まで待てない、という堪え性のない方には、『少年Nのいない世界 01』がおすすめです。
『少年Nの長い長い旅』はYA! ENTERTAINMENT、『少年Nのいない世界』は講談社タイガから刊行されていて、レーベルが異なるのですが、著者、世界観、登場人物たちは共通しています。
ふたつの作品の違いは、『少年Nのいない世界』が、『少年Nの長い長い旅』の数年後を描いていること。後者がN──野依の視点で描かれているのに対し、前者はNを除いた少年少女たちの視点でストーリーが進行していく点です。
『少年Nの長い長い旅』、『少年Nのいない世界』、どちらを先に読んでも楽しめますが、個人的にはまず『少年Nの長い長い旅』を手に取ることを強くおすすめします。次に『少年Nのいない世界』。そうしたほうがよい理由は、作中の時間の推移によって、物語の構造上、どうしても『少年Nのいない世界』は『少年Nの長い長い旅』のネタバレを含んでしまうから。したがって時系列に沿った読み方のほうが、より効果的に「少年N」シリーズを堪能できるでしょう。
いずれにしても、世界観、筋立て、どちらもスケールの大きなシリーズ作品です。とくに『少年Nのいない世界』は、講談社タイガのラインナップの中でも、現時点では珍しい舞台設定、世界観の作品ではないでしょうか。『少年Nの長い長い旅』のネタばらしになるので、具体的な言及は避けますが、良質な冒険活劇の始まりを予感させるような、胸の高鳴りを伴いました。
広大な構想をもとに紡がれてゆく「少年N」シリーズが、今後どこに向かい、いかにして完結するのか。いまから心が弾みます。続刊を心待ちにする本が、僕の中でまたさらに増えたというわけです。
- 電子あり
猫を13匹殺して、その首を村田ビルディングの屋上から投げ落としたあと、自らもダイブすれば、異世界にいくことができる──そんな都市伝説が御図第一小学校6年1組の五島野依の耳に届いたころ、本当に猫殺しの事件が起きる。犯人さがしをする野依の前に現れたのは、思いがけない人物だった。新感覚ファンタジーの幕開け!
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。
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