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「この時代に、なぜ落語家?」現代落語界が見える、噺家の本音トーク集

著者はヘヴィメタルの専門誌「BURRN!」の編集長。落語に関する著作もいくつもあって、気鋭の落語評論家/プロモーターとしての顔も持っている。柳家小三治に関するみごとな著書もある。(『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』)

なぜ落語なのか。

今ここに、音楽を志す少年がいたとして、その少年がギターを持ってロックバンドを結成する確率は以前よりずっと低くなっている。PCでもタブレットでも、音楽制作のための優れたアプリがあって、いいギターを入手するよりずっと安く、ずっと簡単に手に入れることができる。音楽で自己表現したいなら、エレキギター入手→ロックバンド結成という手順を踏まなくてもよくなっているのだ。ピコ太郎の例を出すまでもなく、ブロードバンドの手段だってある。ライヴハウスに出演する必要もない。

そういう環境にある少年が、あえてギターを手にするとならば、かならず理由があるはずだ。なぜギターなのか。なぜロックバンドなのか。言葉をかえれば、ギターとバンドを「選択」したのはなぜなのか。

落語家(噺家)も同じだ。
漫才とかコントとかではなく、なぜ落語なのだろう。落語家を「選択」したのはなぜだろう。

いわゆる古典落語をやるとなると、自由度はきわめて低い。たとえば『芝浜』という噺をやるとして、飲んだくれの魚屋が海で大金が入った財布を拾って、女房がそんなもの拾ってないと嘘をつき、以来魚屋は酒を断ち、まじめに仕事するようになった……という流れは基本的に変えることができない。かりに魚屋が独身だとしたなら、もう『芝浜』ではなくなってしまう。落語には、「絶対変えちゃいけないライン」があるのだ。

また、有名な噺はたいがい「名人」と呼ばれる人がやっている。たとえば先の『芝浜』は、立川談志が十八番にしていた。名人・古今亭志ん生の音源もある。つまり、伝説の名人と同じ噺をやるのだ。その重圧たるや並大抵ではない。

林家たい平が「談志師匠が(『芝浜』で)キセルやるの、カッコいいんだよなあ。あれ、できないんだよなあ」と語っているのを聞いたことがある。へー、たい平みたいに器用な人でもできないことを談志はやってんのか、すげえなあと感心したりしたが、『芝浜』をやるってことは、あなたは談志を超えられますかと不断に問いかけられているようなものだ。なんでそんな面倒を引き受けるんだろう。

もうひとつ、落語には新作(創作)落語という無視できない流れがある。新たなストーリーをつくって、落語のスタイルで語るものだ。桂文枝、春風亭昇太、立川志の輔などがその名手として知られている。本書では三遊亭白鳥が取り上げられているが、これも、どうして落語なのか、わからなかった。自分の作った話で人を笑わせたいなら、漫才やコントでもいいじゃないか。たけしだってダウンタウンだって漫才・コント出身だ。どうして落語なんだろう。あえて落語という古いスタイルを選択したのはどうしてなんだろう。

なぜ落語なのか。そこにはかならず理由があるはずだ。

本書は、柳家三三、春風亭一之輔、桃月庵白酒、三遊亭兼好、三遊亭白鳥、5人の若手・中堅の人気落語家を取り上げ、彼らへのインタビューを収録したインタビュー集である。若手・中堅といったって、みな三十代や四十代、もうオッサンと言っていい年齢だ。落語家は一人前になるまで十年以上かかるのもザラなので、若手と言ってもオッサンなのが普通である。厳しい世界なのだ(そういう世界になぜ入っていくのかも興味があった)。

三遊亭兼好が本書で語っているとおり、「落語が好き」ということと、「落語家になる」ということはまったく違っている。そこには明確なラインがあり、本書に収録されているのはそのラインを踏み越えた人たちだ。

当然のことだが、さすがに著者は「なぜ落語なんですか?」などというぶしつけな質問はしていない。だが、長いインタビューを読んでいると、なぜ落語を選んだのか、それぞれの理由が浮かび上がってくる。

たとえば、かならず問いかけられる質問に「あなたはなぜ彼を師匠に選んだのですか?」というものがある。ご存じの方も多いだろうが、落語はかならず、師匠と弟子の関係になる。つまり、誰を師匠に選び、その芸をどう思っているか聞くことは、そのままその人の落語観を反映することになるのだ。

なぜ落語なのか。

本書がその問いに答えを与えていることはいうまでもない。また、ここに描かれているのが、現代落語界の縮図だということも、読者には了解されるだろう。

落語は伝統芸能の側面を持ちながら、自分の足で立つことができている(補助金をほとんど受けずに成立している)ほぼ唯一のメディアである。多くの表現が伝統芸能化する昨今(ロックバンドはその最たるものだ)、本書から得られるものは大きい。

落語の形式でしか表現できないものがあるから落語なのだし、落語に深い縁(談志ふうに言うなら「業」)があるから落語家なのだ。職業選択、もっといえば人生において自分の意志で選びとれるものは少ない。多くは縁にひきづられることで決まっていく。

この本は、とくに落語と縁ぶかい人5人に、落語との縁がどのように生じ、どのように成長したのかを語ってもらう本である。上記のように、落語家になるために明確な理由が必要な時代だからこそ、それはとても興味ぶかいものになっている。

縁でもっとも深いのは夫婦の縁、それは出雲に集まった神様がヒモを結ぶことでつくられる。あの若旦那とこっちの娘さんのヒモが結ばれると、2人は夫婦になる。間違って3本結んじゃうこともあって、それは三角関係になる。落語がそう教えてくれた。くだらないので大好きな話である。

  • 電子あり
『柳家三三、春風亭一之輔、桃月庵白酒、三遊亭兼好、三遊亭白鳥 「落語家」という生き方』書影
著:広瀬和生

ほぼ毎日、ナマの落語に接し続ける著者が、2010年代の落語界を代表する人気落語家5人をインタビュー。積み時代のこと、師匠の話、ブレイクのきっかけや落語家としての苦しみ、楽しみ……。この時代に、はたして「落語」はどんな意味をもつのか? 人気落語会「この落語家を聴け!」の貴重な本音トークを、ついに書籍化!

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。

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