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【名役者の人生訓】舞台ファン必読の13俳優、知られざる逸話満載!

舞台の神に愛される男たち
(著:関容子)
2016.11.28
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──その人間がやってるものだけを見てりゃいいんで、あとは何も知りたくない、って。その役者がどんな考え方をして、どんな生活をしてるのか、なんて知る必要ない。要するに役者は見せ物なんだから、って。──
渥美清さんが柄本明さんに語った言葉だそうです。

フーテンの寅という唯一無二のキャラクターを徹底的に生きた渥美さんならではの言葉です。この本をまるで否定しているようにも思える言葉ですが、この本があったからこそ渥美さんの言葉が残っているともいえます。インタビューが私たちに与えてくれる魅力のひとつです。

この本で登場するのは柄本明、笹野高史、すまけい、平幹二朗、山崎努、加藤武、笈田ヨシ、加藤健一、坂東三津五郎、白井晃、奥田瑛二、山田太一、横内謙介の13人。鬼籍に入られた人も少しずつ増えています。最近では平幹二朗さんがなくなりました。

生い立ち、演劇に開眼したきっかけとなった先輩役者の姿、演じた芝居の思い出の中に点景された共演者たち……。それらを語る語り口の妙に時間を忘れて読みふけってしまう好著です。13人のインタビューですが、この本で語られた人は実に150人以上に及んでいます。

語られている先人たちでは渥美清さんのミステリアスともいえる生活ぶり、特異な喜劇役者であるとともに厳しい演出家でもあった三木のり平さんが異才を放っています。さらに現代演劇の流れを作ったともいえる寺山修司さん、唐十郎さん、また井上ひさしさん、三島由紀夫さんらの戯曲作家、多くの演出家、劇団員たち、彼らの活動を語ることがそのまま戦後日本演劇のオーラルヒストリー(口伝史)のようです。といっても堅苦しい演劇史ではありません。話してくれた役者さんたちが持っている演劇への大きな希望と深い愛情が感じられます。これはインタビューの名手、関さんの天才的な引き出し力だからできたことだと思います。

加藤武さんがこの中で築地小劇場についての思い出を語っていますが、演劇は運動体でもあります。ですから時にはさまざざまな考え方・思いの違いが生まれ、亀裂を生むこともあります。この本では俳優座の分裂(平幹二朗さんの語り)、文学座・劇団雲の騒動(山崎努さんの語り)などをはじめいくつかの劇団内のすれ違い、軋轢、分裂なども語られています。脱退したもの、残ったもの、さらに関係者の思惑、劇団の展望・志向の違いが浮き彫りにされています。といっても誰の語り口も非難めいたものではなく、ことのはじまり、演劇人の心情、さらには事ここに至ったやむにやまれぬものを穏やかに語っています。読むものに公平さ公正さを感じさせるのもここに登場した役者さんたちの人柄の大きさかもしれません。これもまた、この本を演劇史として読ませるところだと思います。

この本で関さんは読むものをハッとさせ考えさせるたくさんの言葉を引き出しています。たとえば、
「うまい役者というのは決って喜劇が得意なものだ」
「形から入るか、気持から入るか。外側派は衣装やメークアップにも凝って、せりふ廻しや身体の動きから内側を喚起する。内側派は気持の動きからせりふや動きを発生する。どちらかというと地味ですかね」
「器用に真似る、それがいけない。そんな事はいっぺん忘れて、自分なりにこなして再生する」
「どこかに芸の神様がいらして、ちゃんと見られているんだという襟を正したいような厳粛な感じが、芸ごとの世界だけでなく世の中全体に、もっとあったらいいなと思うんです」
「役者って、何も特別の職業じゃない。普通の人間の、感情の機微の行ったり来たりを見せるような芝居なら、ちっとも難しいことなんかない。その場で創造して、その場で生まれてくるのが芝居なんだからさ」
「人間が人間を見物するって、すごい残酷なことですよ。スターというのは、大きな不幸を背負っているんですね。極端な言い方をすれば、大衆はその不幸に拍手するんです。もっと不幸になれ、もっと不幸になれ、って」

どれもが読むものの心に響く言葉ではないでしょうか。ここには役者の凄み、“業”とでもいうものも感じさせます。

──俳優は何通りもの人生を生きられるのが醍醐味だそうですが、聞き手のほうだってゲストの数だけ人生の疑似体験ができて、ハラハラしたり、共感したり、深い感銘に浸ったりできる。滅多にない幸せだと思います。──

確かにこの本を読むと、多くの役を演じてきたこの13人の役者は演じた数だけの人生を生きた達人と思えてきます。そしてこんな言葉に出会いました。
「芝居なんて、もともとたいしたものじゃないし、それより人間としてどう生きていくかが重要で、お客さんと人生の一部をわかち合って、心の掃除をしてもらうのにいくらかでも役に立てればいいな、と思っているんです」  
この笈田ヨシさんの言葉がスーッと胸にしみこむのは、やはり笈田さんからここまでの言葉を引き出しした関さんのインタビュー力だと思います。

この貴重で豊かな経験を共にできるものとしてこの本があります。演劇好きはもちろんですが、そうでない人も彼ら13人の言葉から生きることのヒントを感じることがあると思います。素晴らしいインタビュー集です。

  • 電子あり
『舞台の神に愛される男たち』書影
著:関容子

人はみな、脇役のようなもの。いかにすれば、自分の人生を自分なりの形で輝かせることができるでしょうか──。本書では、舞台を支え、彩る名脇役、裏方たちの普段は語られない本音、演劇論、舞台への思いに迫ります。自らの言葉を通して紡がれる数々物語は、小説のように数奇でおもしろい。演劇・歌舞伎・落語ファン垂涎の「知られざるエピソード」も、聞き手がインタビューの名手・関容子氏であることもあって、次々と飛び出します。著名な方々とはいえ、順風満帆な歩みであった人はほとんどいません。さまざまな苦労をしたり、舞台から離れて様々な職を点々としてまた戻ってきたり、海外に活躍の場を求めて現地で花開いたり。読む人それぞれに、胸に突き刺さる宝物のような言葉が次々飛び出し、ある種の人生訓としても学び多い1冊です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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