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【転落道】人生の最悪とは何か?──イヤミスの女王、大傑作!
むかしむかしの世の中は、「こうしたら人生成功」のモデルがちゃんとありました。「いい学校を出たら、いい会社に就職できる。そうしたら一生安泰」とか、そこまで上昇志向に囚われずとも「手に職をつけたら、一生食いはぐれなし」とか。
しかしそんなモデルが過去のものになってしまったからでしょうか。世の中では「自己啓発」が花ざかり。
こうしたら成功を引き寄せるとか、お金持ちにはこんな共通点がとか、ハーバードではこんな方法がとか、さまざまな「成功の方程式」が提示され、持ち物や習慣、はては部屋の断捨離でさえ、なんだか自己啓発的な言葉と結びつき、恋愛までも技術論として語られるようになりました。
2005年『孤虫症』でメフィスト賞を受賞しデビュー。ドラマ化もされた『殺人鬼フジコの衝動』は50万部を越えるベストセラーとなった真梨幸子さんの新『「私が失敗した理由は』でも、まず冒頭で「成功の法則」が語られます。
それは「失敗しないこと」。
「あたり前じゃないか!?」と思われるかもしれません。しかしよく考えると、そうでもない。世の中の自己啓発はみんな天国への生き方を解説してばかり。しかし本当に大事なのは、失敗したケースではないでしょうか。
経済誌などを見ると、大失敗から再起したような人の話なども目にしますが、考えてみればそういう人はメジャーリーガーの中でもそのまたトップの偉大な人々。ふつうはまず一度、失敗すればアウトです。
だから、よほど異常な資質を持った人でもない限り、成功よりもまず失敗を研究し、それを避ける努力をしたほうがいい。
この物語の多彩な登場人物のひとり、イチハラさんはこう語ります。
「天国に行きたかったら、まずは地獄へと続く道を知るべきよ」
本書では、成功というハッピーエンドにたどり着くつもりで、かえって最悪のケースに陥った人々のエピソードが、当事者たちによって次々と語られます。
イチハラさんの言葉が契機になって、作中、「私が失敗した理由は」というルポルタージュの企画が持ち上がる。
企画したのは元総合職のOLで今はパートで働く落合美緒。それに乗せられたのはグローブ出版の編集者だった土谷謙也。
そこで告白されるのは、テレビの番組のように「仕事に干された」程度の失敗ではありません。もっとずば抜けた最悪の失敗。期せずして、ある街の高層マンションで起こった大量殺人事件と深く関わっていくことになります。
著者の真梨幸子さんは、「イヤミスの女王」として名高い。「イヤミス」とは、読後感がさわやか、ではなく、ダークな思いが深く尾を引く作品のこと。
海外でもラース・フォン・トリアー監督とかミヒャエル・ハネケ監督とか「見るとだうーんとする映画」をぐいぐい見せつけることに秀抜な技量を持った巨匠がいますが、真梨さんの筆力はさすが凄い。
スマホが行き渡り、SNSがこんなに普及した現代だというのに、やっぱり、見栄や性欲など、原始の本能をそのまま受け継いできたのがリアルな人間。
怒れば陰にこもり、妬めば「ブログを荒らしてやろうか」などと考え、内的な衝動のままに運命を流転させていく人々。天運が急速急転して成功し、得意の絶頂で浮かれていても、待ち受けるものは、人の悪意か、おのれの増長か。転落もまた深いです。
不思議なことに、この小説は、風変わりな仕掛けがあります。上の紹介で「グローブ出版」というのを見て「にやっ」とされた方もいらっしゃるかもしれません。
『殺人鬼フジコの衝動』の続編や他の作品にも出てくる出版社なのですが、それ以上にこの作品はデビュー作『孤虫症』の、いわば関連作品という性質を持っていて、この作品の舞台「田喜沢市」をモデルにして『孤虫症』は書かれているらしい。
地理や、出てくるマンションの名前やスペックも近い。技巧や構造も似ている。どうやら著者は田喜沢市の住民のような節がある。
なぜこのような仕掛けがあるのでしょうか。人気作家、真梨幸子さんならではのファンサービスなのでしょうか。
実際、作中では『孤虫症』の作者としての真梨幸子さんの名前があっけらかんと登場し、クソミソに罵倒されていて楽しいです。
ですが、どうもそれだけはないような気がしてなりません。作中に登場する『孤虫症』はやはり現実の2005年に出版された『孤虫症』とは違う。しかし、実際に存在する本が引用されることで「リアリティのある虚構の作品」という絶妙の意味づけが与えられています。
この仕掛けを持ち込むことで、本来、匿名の読者として、登場人物たちの流転を笑い、堪能し、時には「これクソだよね」と気持ちよく罵って、すっかり油断している私たちにまで、毒の刃が向けられる。そうした作者の痛快なサービスでもあり、提起でもあったような気もするのですが、もっともこれは私の誤読かもしれません。
あなたはどう思われますでしょうか。いずれにせよ、今回の真梨作品は少し違う。相変わらずの「イヤミス」っぷりは最高潮ですが、インタビューという形で内省を迫られるためか、作者自身に封じられてなお、登場人物たちにどこか共感してしまうところがある。 今の時代、うじうじ考えてばかりでなかなか行動に移せないことも多いだけに、その衝動に対する思い切りのよさに憧れ、舞台が暗転してもまだ、私などはその思いがあります。
真梨作品のファンには必読の本ですし、未読の人には作者の過去と今を一挙に知る作品として、ぜひお勧めです。
レビュアー
作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に〝中年の青春小説〟『オッサンフォー』、 現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証 言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。
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