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2.5次元ファンの告白──舞台は「原作の再現度」に熱狂します。

漫画やアニメ、ゲームといった2次元の世界を3次元の役者が演じ、10~40代の女性を中心に人気を得た「2.5次元舞台/ミュージカル」。2000年に10本だった上演本数は、昨年100本を数え、観客動員数は145万人を超えた(ぴあ総研調べ)。
2014年には2.5次元文化の発展を目的とした業界団体・一般社団法人日本2.5次元ミュージカル協会が発足。2020年の東京オリンピックに向けてイベント施設の改修工事が進み、上演場所の確保が難しいと言われる中、同協会は今年3月末までだった2.5次元ミュージカル専用劇場・AiiA 2.5 Theater Tokyo(東京都渋谷区)の運用期間を来年4月末まで延長することを発表した。
今年9月に原作をつとめる漫画『インフェルノ』が2.5次元舞台化予定、同じく原作をつとめる漫画『魔界王子』がミュージカル化、また長年続く『メサイア』シリーズでも原作・ストーリー構成を務める、小説家で漫画原作者の高殿円さんに話をきいた。

2016.07.14
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コンテンツにお金を払う意味

高殿さんは、2.5次元がここまで成長した理由に、ファンの質の良さをあげる。

「2.5次元、とカテゴライズしてしまうのももう意味のないことかもしれませんが、ファンの方たちは、自分たちが払ったお金が役者さんの給料になり、好きな舞台の続編や新しいタイトルをつくる元手になることを知っています。良いと思ったものにもっとも効果のある方法で還元する方法を知っているのではないでしょうか」

アニメ業界では、DVDやブルーレイのような映像商品やグッズが売れないと制作費を回収できないといわれている。アニメ制作会社に金が落ちなければコンテンツが続かないことはアニメファンの間では周知の事実で、彼らがグッズを購入する理由には、ジャンルの買い支えという面が少なからずある。同様に、無料で楽しめるエンターテイメントが溢れる中、彼女たちは決して安くないチケットを買い、劇場に何度も足を運ぶ。

高殿さんは「ファンの皆さんが熱狂するのは、作品自体が素晴らしいというのは言うまでもありません。しかし重要なのはファンがあまり“裏切られた経験”をしなかったこと」と分析する。

「映画やドラマなど、今までの作品は大人の事情や様々な理由で原作を改変することが当然のように行われてきました。原作を愛し、買い支えてきたファンがいたからこそ実現した映像化なのに、従来のファンを冒涜するようなメディアミックスが常態化していたので、見る側も諦め慣れていました。その考えを打ち払ったのが『テニミュ』。2.5次元の火付け役として今なお愛されているのは、原作を再現するための努力をとにかく惜しまなかったからだと思います」

「ミュージカル『テニスの王子様』」、通称『テニミュ』は、2003年4月の初演からの13年間での上演回数は1300回以上、累計観客動員数は200万人を超え、国内にとどまらず海外公演も行われる超人気タイトルだ。

原作は週刊少年ジャンプで連載していた『テニスの王子様』という漫画で、中学の強豪テニス部を舞台に、天才少年越前リョーマを中心とした個性的なキャラとアクロバティックでスピード感溢れる試合展開で、2.5次元化以前から多くのファンを得ていた作品である。

「『テニミュ』は原作を忠実に再現するために、全キャストをオーディションで決めていると聞いています。たとえほぼ無名の役者さんでもキャラのイメージが合えば起用し、徹底的に指導すると。これは初期のアメコミ映画で、マーベルスタジオが麻薬使用服役後で大幅にイメージダウンしていたロバート・ダウニー・Jrや、新人のクリス・エヴァンズ、クリス・プラット等を起用して大ヒットに繋がった経緯とよく似ていると思いました。話題性のあるスターを起用するより、そのコンテンツを買い支えて来たファンを裏切らないことを徹底しているんです」

キャストのテニス合宿を行い、ラケットの使い方などを体に叩き込ませ、演出では実際のテニスボールは使わず照明でボールの応酬を表現してその高い原作再現度は評価を受けた。発行部数5400万を超える原作のファンをないがしろにしなかったことが、海の物とも山の物とも知れなかった2.5次元への信頼の土台を築いた。

「2.5次元は出発点ともいえる作品が『テニミュ』であったことが業界的な最大の幸運だったのではないでしょうか。どのような仕事でも、大事なことは信頼感の積み重ねです。この成功があったからこそ、観客は安心して次のチケットを買うことができるし、誰に言われなくても人に勧めるようになります。そしてキャストを、脚本家を、演出家を信頼し、ほかの座組でも安心してお金を払う。その幸福の連鎖が良質なファンの本質であり、2.5次元が成長した理由だと思います」

加熱する俳優人気と2.5次元の今

2.5次元のもうひとつの魅力は、コンテンツと若手俳優の成長を見守ることと言われている。

「私は仕事柄長年『メサイア』という作品を見続けていますが、決して大きくなかったこのタイトルが、徐々に劇場が大きくなり、脇役で出演されていたキャストさんたちが自力で人気と存在感を得て次の舞台で真ん中に立たれている(主役になる)のを見た時は、なんとも言えない感慨がありました」と高殿さんも同意する。

若い俳優の成長が登場人物の成長とオーバーラップし、再現であり進行形という二重構造をうむ。お気に入りの俳優の成長を見守るため、別の2.5次元タイトルへ足を運ぶという連鎖が、今このジャンルの発展を支えたもう一つの柱だ。

「私が原作をつとめている『インフェルノ』の舞台も 、2.5次元を中心に多くの舞台でご活躍中の植田圭輔さんや平野良さんという実力派の方々ばかりなので、『スーパー2.5キャスト大戦』のように見えるかもしれません。ほかの舞台の座組も同様で、豪華なキャストを見るだけでも価値があると思う方もいるかもしれません。でも原作者という立場を抜きにしても、重要なのは原作で描かれる主軸の再現度だと思います。『インフェルノ』に限って言えば、私がこの作品を作るときに心がけた、どのキャラクターでも主役にして物語が成り立つ、というスキームをキャストさんも理解して体現してくださっていると聞いています。ブームだからといってキャストのネームバリューだけで劇場を埋めるような座組が増えていくと、2.5次元の作り手とファンが築いてきた幸福な信頼関係が失われてしまうのではないでしょうか。原作を元に、彼らがさらに『インフェルノ』の世界観、物語、キャラクターを膨らませ、2.5次元の作り手とファンが築いてきた幸福な信頼関係をより広げてくれるのを楽しみにしています」

役者の魅力に頼るだけでなく、原作を再現するためにどれだけ“つくりこみ”に力を注げるかという初心が現場ではあらためて求められている。

『インフェルノ』

©高殿円・RURU/講談社/2016旧東京保安委員会

2.5次元バブルは弾けるか

さらに業界では市場の飽和に対する懸念もある。

AiiA 2.5 Theater Tokyoは、昨年海外から直接チケットを購入できるサイトを立ち上げた。外国人にも人気のあるタイトルでは、Zimaku airと呼ばれる多言語に対応した眼鏡型の字幕ツールの導入を進め、海外からの客を取り込もうとしている。

作品の“輸出”も進む。「ライブ・スペクタクル『NARUTO-ナルト-』」や「ミュージカル『テニスの王子様』」、「ミュージカル『黒執事』」の海外公演は次々と成功を収めた。さらに演出とセットは日本公演のままに、現地の韓国人のキャストを起用し2ヵ月のロングランヒットとなった「デスノート THE MUSICAL」の例は海外展開のあらたな形として耳目を集めた。

「これからは外国語字幕で海外配信し、2.5次元の舞台もアニメのように多くの海外ファンを増やすことが、日本の劇場にとっても、キャストさんたちにとっても大事なことなのは間違いありません。原作ありきが2.5次元の原則ではありますが、2.5次元の特性を生かしたオリジナル作品に挑戦し、細く長く続けていくことも長い目で見ると重要なのではと思っています。これは大変カロリーのいることですが、結果的にオリジナル作品が多くを救うのはどの業界でも同じ事だと思うので、一ファンとしてこれからもジャンルを支えていきたいですね」

『『インフェルノ』(2)』書影
漫画:RURU 原作:高殿円

皇歴235年、かつての東京は“ラージ・プリズン”と呼ばれ、マフィアが群雄割拠する暗黒街と化していた。コーザ・ファミリーの御曹司・リッカ、ラージ・プリズンの底辺でスラムドッグとして生きていたノエル。二人は運命の出会いを果たし、血とワインと短剣の儀式で“親子”となった。以来ノエルはリッカの傍らをひと時も離れず仕えているが……!? 「その“絆”は幸いか災いか──。」地獄(インフェルノ)に生きる二人の、血より濃い“絆”の物語。