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兄・蓮池透の後悔──拉致被害者を安倍晋三に悪用させてしまった。

2016.07.08
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過激な書名もあり今年初めの国会でも大きく取り上げられた著作です。安倍晋三総理がこの本に記された内容に逆ギレともいえる反論をしたことが話題になりました。

俎上にのせられたのは次のことでした。
蓮池薫さんら拉致被害者の5人が戻ってきたとき、当初は一時帰国であるとされ、その後いったん北朝鮮に戻す約束になっていました。
この経緯についてこの本では、こう記されています。
──もちろん安倍(晋三)氏や中山恭子(拉致被害者・家族担当、内閣官房参与。現・日本のこころを大切にする党代表)を含め日本政府は、弟たちを止めることなどしない。戻す約束があるからだ。──

この記述を追求された安倍総理は、「本の引用だけであなたは独自の取材を全くせずに、ここで私の名誉を傷つけようとしている。極めて私は不愉快ですよ」、さらに「私の言っていることが違っていたら、私は辞めますよ。国会議員を辞めますよ。そうはっきりと申し上げておきます」と答弁。また中山恭子氏は「事実と異なる内容が書かれている」と指摘し、また、「この本は北朝鮮のある種の工作活動の一環であるとの考え」ているという発言をしたことは記憶に新しいと思います。

蓮池さんの話を虚偽と決めつけることはできません。またその必要はないと思います。ここにあるのは拉致という犯罪をどのような思惑があったにせよ政治家に利用されたことへの怒りと、かつての自らの間違った言動への悔恨がこの本を書かせた原動力なのだと思います。

─―「あなたが日朝間の約束を反故にした張本人だ」「日朝国交正常化を蔑ろにした」「あのとき、あなたが弟さんを北朝鮮へ戻していたら、万事がうまく運び、他の被害者も帰国できた可能性が高い」「現在の拉致問題の膠着は、すべてあなたの言動に原因がある」─―

蓮池さんへ向けられた批判、悪罵です。蓮池さんはこう反論します。
─―ちょっと待ってください。もし、あなたが私の立場だったらどうしますか? 日朝間国交正常化のために、家族を捨て石にするのですか?─―

きわめてまっとうな反論だと思います。そしてこう続けています。
─―私は「個」対「国家」という構図の下、きわめてハードな闘いをしたと思っている。─―

といっても自らの言動をすべて正しかったといっているわけではありません。かつて主張した強硬な経済制裁の誤りを正直に認めています。「経済制裁に有効性がまったくないことは、無為に経過した時間が証明している」と。ここに蓮池さんの後悔の思いを見るべきです。

この本には、日本の政治家たちがこの国家犯罪を利用したといわれてもしかたがない数々の言動が取り上げられています。権力者への道を歩むことに利用したり売名行為としか思えないことに使われました。そのような行動を取った政治家として安倍晋三氏、中山恭子氏、小池百合子氏等が、また拉致被害者家族に親身にならなかった政治家として野田佳彦氏、福田康氏夫等の名前があげられています。

北朝鮮にとっては拉致被害者問題が重要な外交カードなのでしょう。けれどそれと同様に日本の政治家も選挙や政治的野心のために使われているのではないか、というのが蓮池さんのこの本に込めた思いではないでしょうか。

当事者の見解が異なっていることは、国会の審議でも明らかになりました。けれどどれひとつとしてこの本に記されたことを覆すことはできなかったように思えます。「工作」云々はほとんど中傷であり、事実を明らかにしない限り名誉毀損ではないかと思えます。勇ましいかけ声だけで、ムード的にあおるだけではなにも解決にはいたりません。

外務省はどうだったのでしょうか。これもまた官僚という悪癖を際立たせただけのようです。北に帰したがったという局長、外務省のメンツ第一の交渉法……。「結局、日本政府・外務省は、自身の手柄にならないことはすべて排除する、そういう体質である」ということを骨身にしみて感じさせられたそうです。

この本で明らかにされた「家族会」の変質していった内実、「閉鎖的で、かつ硬直化した組織」となってしまった「救う会」の実態、それらを綴る蓮池さんの筆致には告発だけでなく、「なぜこうなってしまうのか」というくやしさが浮かんできます。

考えてみれば、この本でも指摘されているように、最初に失踪事件と思われた時の捜査を確実に進めていれば違ったことになっていたかもしれません。悔やみきれないのが家族の思いでしょう。

あのストックホルム合意は何だったのでしょう、どうなったのでしょう……。事態を膠着させているのは誰なのか。この問題の解決とはどのようなことをいうのだろうか、そのためにはどのようにすべきなのだろうか。拉致問題の一級ドキュメントであることは間違いない1冊です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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