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【選挙の前に】18歳になったら「見えない権力」を自覚せよ!

2016.07.04
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改正公職選挙法が施行され、18歳から選挙権が行使することができるようになりました。これで240万人の有権者が新しく投票行動ができるようになります。その一方で、いくつかの高校では“政治活動”をおこなう際には学校に届けることを義務づけているようです。

そして新有権者へ行われている“教育”とは、たとえば正しい投票行動であるとか、正しい政治活動のあり方というもののようです。なんとなく納得させられそうな内容(?)ではありますが、少し考えるとおかしなことに気づきます。

正しい投票行動であるとか、正しい政治活動を考える前に、正しい政治とは何か、それ以前に政治とは何のためにあるのかを考える必要があると思います。投票行動とは、政治家や政党の追認行動ではありません。投票者自らが考える正しい社会像により近い考え方を持っている人・政党に票を投じるのが投票行動であり、さらに投票結果によって生じた状況をどのようにとらえるかが肝心なことになります。なぜなら多数がそのまま正しさを保証するわけではないからです。

では政治はなんのためにあるのか……それを考えさせてくれるのがこの本です。
「自由をめぐる論争」「民主主義をめぐる論争」「差異と平等をめぐる論争」「共同体をめぐる論争」という4つの章立てのもとで、「功利主義」「カント倫理学」「権力」「熟議民主主義」「福祉国家」「市民社会」「グローバルな正義」「正戦論」など23のテーマが取り上げられ論じられています。どれもがわかりやすく、また対立した理論も公正に紹介し、どちらかにかたよることなく論じています。

民主主義の代名詞とも言える、“最大多数の最大幸福”という「功利主義」が打ち出した最大原則の検討からこの本は始まります。「功利主義」とは何か……。
──人間が快楽と苦痛によって支配されていることを前提として、行為の判断基準を幸福の増減に求める思想にほかなりません。──

一見もっともな主張に思えますが、すぐに“幸福”というものが等し並みに扱えるものかという疑問がわきます。つまり“最大多数の最大幸福”とは個々人の“幸福”の差違を顧慮することなく、「平等に扱うことで、すべての人間の平等性を確保しよう」としたのです。これでは「人間から個性を奪ってしまうことに」なってしまいます。個性のない人間が考える幸福というものはなにを意味するのでしょう。

「功利主義」に真っ向から反対したのがカントでした。“最大多数の最大幸福”をはかるための「効用計算は人間を他者の幸福のための手段とみなすことで、人格の固有の尊厳を損なう」ことになると考えたのです。さらに、「功利主義的な効用計算は、その大事な人間の自由を損なってしまう可能性がある」と指摘しました。個性のない幸福追求は人間から“自由”を奪うことになるのです。

「功利主義」は古びた思考ではありません。市場原理主義者もグローバリスト、やはり“最大多数の最大幸福”のもとで効率的な資源配分を主張しています。「政治は調整である」という言葉もよく聞かれますが、これもまた「功利主義」的な思考の枠組みで考えているといえるでしょう。

カントは「私たちが目指すべき社会の像を示している」と小川さんは記しています。これはどういうことでしょうか。

これは政治云々の前に、人間にとって“公正”であるとはどういうことかという問いかけなのです。ここにこの本のテーマがあります。

私たちは社会的な公正さを実現するためにはどうすればよいのか、そのために政治はどうあるべきなのか、さらにそれを実現する政治的公正さをどのように追求するかということを考えなければなりません。

政治でしばしば語られる権力についてはこのような1文があります。
フランスの哲学者フーコーのいう「見えない権力」という“現在の権力”のありかたが取り上げられています。“現在の権力”が私たちに強いているのは、かつての支配者対被支配者という構図ではありません。
──見えない権力によって生み出される規律化が、人を主体にしていくのです。その場合の主体は、権力の規制の対象ではなく、もはや権力の望む行為を自発的に行う存在であるとさえいえます。──
「見えない権力」は規律を生みだしていきます。この規律に従うことで私たちは権力を補完・強化する存在ということになっているのです。自由や選択という行為・行動を危うくさせているのが現在の権力であり、それにいつの間にか従っているのが自分たちなのです。

ではこのような権力に私たちはどのように対すればいいのでしょうか。小川さんはこう記しています。
──「大切なことは、少なくとも見えなくなってしまっている権力に自覚的になることではないでしょうか。そうでないと、権力の中身を吟味する契機さえ与えられないのですから。──

実践的な思考だと思います。このようなサジェスチョンに満ちている本です。
同時に「いじめとイケニエ」「電車での席の譲り合い」や「外国人の参政権」といった、たとえ話を使ったわかりやすい記述はとても素晴らしいものです。読んだものは誰でも、政治とはどういうものであるのか、どうあるべきかを考えている自分に気がつくと思います。

政治活動・投票行動の仕方を学ぶより、この本を読むことをオススメします。新有権者必読の1冊です。必ず発見があると思います。読みながらこのようなことを考えてしまいました。公正さを忘れた政治は経済活動の奴隷でしかないのではないかと。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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