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【不気味な傑作】ヲタ生物学者、廃校に棲みついて謎を解く

2016.06.25
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転校生の笹熊圭太(ささくま・けいた)は小学3年生。夏休みのある日、彼はクラスメイトの達也に誘われて廃校の小学校を訪れる。達也曰く、廃校は「秘密基地」らしいが、中の様子がだいぶ変わっていた。

木造校舎の廊下にはところせましと化石が並び、天井からは鷲の剥製が吊り下がっている。石版、昆虫標本、大量に積み上がった本。もちろん、子供たちが持ち込んだ物ではない。
 
廃校には、ひとりの男が暮らしているのだった。片倉信也(かたくら・しんや)、32歳。大学の理学部生物学科で講師として海洋生物学講座を受け持つ男である。といっても、「職業は表向き生物学者ってことになるんでしょうけど、正直言ってあんまり研究はしたくありません」などと言う変わり者である。
 
しかし、好きな生物はたくさんいて、節足動物だとトゲアリトゲナシトゲハムシ(名前の投げやりっぷりから愛好しているという)。両生類では、アミメヤドクガエル(お菓子みたいで可愛いらしい)。海洋生物の中ではリーフィー・シードラゴンがお気に入りだそうだ(ロマンあふれる姿に興奮を禁じえないのだとか)。

この変わり者の生物学者・片倉が、生物学の知識を用いながら、子供たちが持ち込んだ謎を、半ば嫌々解明していくというのが、本作の体裁である。これだけならジュブナイル物のミステリと言ってもいいが、『廃校の博物館』にはそうした枠におさまりきらない“不気味さ”が内包されている。察しのいい方は、かなり早い段階でそのことに気づくだろう。

「圭太ちゃん! またそんなくだらないもの読んで。だらだらしてると、夏休みなんてあっという間に終わるわよ」
「はい、お母さん」

これは圭太が初登場する場面の台詞だが、僕はこの時点で、言葉を選ばずに言うなら、圭太の母親のことを気持ち悪いと思った。この段階においては、教育熱心な母親程度の描写にとどまっているのだが、そこはかとなく漂う違和感と同時に、生理的な拒絶感のようなものが胸中に芽生えたのだ。
 
実際のところ彼女はおかしい。そのことが圭太とこの物語に暗い影を落としている。

違和感といえばもうひとつ。本書のカバーの裏側には、「思い込み」が招く驚愕のラストとは!?──と記されている。『廃校の博物館』には、ある“大きな仕掛け”が施されているのだ。僕はこのことに関してもかなり早い段階で見抜き、違和感の正体を突き止めたつもりだった。が、すべてが詳らかになる段階まで読み進めていくと、思い知らされた。自分の考えがせいぜい正解の半分でしかなかったのだ、と。いや、たぶん半分ですらない。ある事柄に関しては確かに当たっていたものの、そのことについてはミステリの仕掛けとしても物語としても、実はさして重要ではないと思っている。

本書の技術的および物語的な最高到達点は、話の着地のさせ方だ。この物語をよくぞあのラストへと導いた。そしてそのプロセスに、まったく違和感がない。普通ならそんなラストへは持って行けないはずなのに、まるでそうなるのが当たり前であるかのように、さらりと滑り込ませたから凄いのだ。

他にも、僕がこの本を読んでよかったと思えることがある。

「でも、時々わからなくなるんだ。他者を慈しむ愛情深い心と、他者を自分勝手に傷つける残虐な心と、どちらが本当なのか。そして結局のところ、人間はどちらに進んでいくのか」

これは片倉の言葉だ。彼はかつて研究発表会(シンポジウム)から逃げ出して、学会から干された過去を持つ。逃げ出した理由についてはラストエピソードの「滅びの時」で明かされるが、こんなことを言える片倉は優しい人なのだろう。優しいから傷つくし、懊悩する。彼がかつてすべてを投げ出した根本がこの心性にあると言ってもいい。
 
そうした自分以外の誰かに対する優しさは、他のエピソードにも出てくる。この優しさや慈しみこそが『廃校の博物館』を支える重要な核だ。そして、救いなのかもしれない。人という生き物に対する救い。ときに人が加虐を好む生き物なのだとしても、それらを超克(ちょうこく)したり、押さえ込めるだけの優しさを併せ持っている。せめてその程度の価値くらいはある生き物なのだと信じさせてくれる救い。そう思えたから、本当に読んでよかった。僕にとって『廃校の博物館 Dr.片倉の生物学入門』は、そんな小説だった。

レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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