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過激な動物愛護団体、都心で「獣テロ」乱射──徹夜必至の超大作!

ブラック・ドッグ
(著:葉真中顕)
2016.06.17
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本書は『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を、満場一致で受賞した葉真中顕さんの最新作。

「動物を種によって差別することは許されない」という過激な思想を持つ動物愛護団体が仕掛ける、恐るべき「審判」を描いた作品です。『ロスト・ケア』では審査員たちを感嘆させたという葉真中さんの作品だけに、この小説を読んだ人は、書き手の力量に驚かれることと思います。

登場するのは、自分たちの思想を実践するためなら殺人すらも行う動物愛護団体<DOG>。

異端の指導者に率いられた彼らは、人が人を差別するのが許されないのと同じように「種によって差別することは許されない」というラディカルな思想を持つ。その構成員は世界的にネットワークを拡げ、密かに食品産業など各分野に浸透しています。

権力闘争や、民族闘争ならわかる。しかし、捕鯨活動について環境保護団体から攻撃されているという現実があっても、私たちには「イデオロギーによるテロ」は実感としてわかりにくいところがあります。「それはそれ、これはこれ」の相対思想の国だからでしょうか。しかし海外、特に一神教のように「絶対」の思想を持つ世界では、これが起こります。

たとえばアメリカでは妊娠中絶をめぐる論議は重大な政治問題となりますが、「プロ・ライフ」と呼ばれる中絶反対派は、1980年代から激化。過激派が組織されるようになり、医師への暴行やクリニックの爆破事件を起こし、1993年にはついに医師を殺害してしまう。その後も殺人や爆破などテロが続き、医師の顔写真や住所など個人情報を大量に公開するといった過激な活動が行われています。

<DOG>もまた、物語の冒頭で凄惨な事件を起す。しかもその様子を撮影し、ネットで拡散するのですが、こうした動物愛護団体による思想犯罪は、日本には縁がないと思いたいところです。しかし残念ながら愛護団体の標的にされる闇が、この国にはある。それはペット産業です。

1995年、埼玉県でペットショップの経営者夫婦が、4人もの連続殺人を犯し、逮捕されました。まるでこの事件が象徴であるかのように、一見、華やかなペット産業で、時に暗い事件が報道されます。

たとえば2014年には栃木県で70匹を越える犬の死骸が投棄される事件が起こった。この事件ではブリーダーから依頼で犬を引き取り、捨てたという人物が逮捕されましたが、発見された死骸は小型愛玩犬が多く、雌の場合は数回出産した形跡があり、歯はボロボロ。「ダニとノミがひどく、皮膚病にかかり、毛玉もひどかった」と報じられました(2014/11/23 産経ニュース「商品(犬)ダブつき、間引き」犬大量投棄事件……「100万円で引き取り、死んだので捨てた」逮捕された引き取り業者が供述する“ペット業界の闇”)。しかもこの事件を契機に、各地で同様の問題が起きていたことが明るみに出ます。

<DOG>が狙ったのはこのペット産業。東京湾岸で開催される大規模イベントがその標的となります。

物語は、イベントに向かう人々を、多元的に描写するところから立ち上がって行きます。ほどなくイベントの幕が開き、惨劇もまた開幕する。それはただのテロではありません。<DOG>が「審判」と呼ぶ殺戮の主役は、銃や爆発物ではなく、かつて見られたことのない獰猛な、黒い獣。

無差別の大量虐殺が進行する中、元自衛官の隆平、その恋人でIT企業に勤める栞、中学生の結愛、幼なじみで自閉症スペクトラムと診断された拓人ら登場人物たちが、物語でいかなる役割を担うのか、明らかになっていく。ド迫力なのはその造形です。

主役級のみならず、どんな小さな役の人物でも使い捨てられることなく、見せ場をしっかりもらって血しぶきを上げていく。あるいは悪の華を咲かす。作者が仕掛け、紡ぐ物語の網の目に、読者は「ハッ」と驚き「ああっ」と心の悲鳴をあげることでしょう。

しかも作者のイマジネーションはやがて、環境テロリストを描いた社会派作品の枠組みを超え、虐殺ゲームを仕掛けたサイド、生き残りを必死で模索するサイド、それぞれに共通する大きなテーマを浮上させていきます。

それがなにか。おのれなりに考えたことでも言及するとネタバレになってしまうので、ぜひここはひとつ、ご自身で目撃してください。

夜に読み始めたのですが、案の定、そのまま徹夜で読み続けて、朝焼けを見ることになってしまいましたよ。まさに「朝焼け本」です。

しかし濃厚でありながら、土着的な湿度を感じさせず、ハリウッド作品ような乾いた疾走感までも併せ持つ本作。「映像化もきっと」と思うのですが、作者の仕掛けをどう映像化するか、難しいというか工夫がいるというか。楽しみです。

レビュアー

堀田純司

作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に〝中年の青春小説〟『オッサンフォー』、 現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証 言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。

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