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【腐女子の現場から】BLはエロ本なのか?──「ハニーミルク」創刊秘話

先日、男性同士の恋愛を描いた漫画が100万部を突破し注目を集めた。古くは“やおい”、現在では“ボーイズラブ(以下BL)”と呼ばれるジャンルで、主なファンは女性。数ある漫画のジャンルの中では青少年保護育成条例と表現コードにゆれるニッチな部類に入る。そんな中、講談社が自社初となるデジタルオンリーのBL雑誌「ハニーミルク」を6月10日創刊。失敗したら居場所は無くなると、社員人生を賭けて挑むその編集者に話を聞いた。

2016.06.10
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なぜ男同士の恋愛を求めるのか

──数ある漫画の中で、なぜ女性にBLが読まれるのでしょうか。

編集者:女性が自分を投影しないで純粋にラブストーリーを楽しめることが1番の理由ではないでしょうか。自身を投影して共感して、その世界に入り込む快感というのは少女漫画ならではの楽しみ方。また一方で自分が組み込まれないBLはノーストレスな“癒しの場”。余計なことを考えず、純粋な気持ちで彼らの恋がうまくいくことだけを願えるのが楽しいのです。

──BL愛好家、いわゆる腐女子の人たちはBLを読んでいる時の自分を“壁”と表現したりしますよね。壁のポジションから見守っているのが幸せという。

編集者:現実世界の男性同士の恋愛はマイノリティと言われますが、人が人を好きになること自体はおかしなことではありません。むしろ素敵なことです。BLが描くそういった素敵な部分、お互いを知り惹かれあっていくというシンプルでピュアな関係を、ピュアな気持ちで見守っている時、そこには優しさとハッピーしかなくて。そんな尊い漫画を描いてくれた漫画家さんや、幸せな気持ちをくれたキャラクターたちに「ありがとう」と感謝を捧げたくなるのがBLなんです(笑)。

『ハニーミルク』

「BLはエロ本」論に見るジャンルの今

──最近はBLの性描写の過激化が進んで「BLはエロ本だ」という声もありますよね。都の青少年保護育成条例で不健全図書に指定されたものも少なくありません。

編集者:それは性描写が多い作品が今のトレンドだからだと思います。エロって目立つのでやり玉にあげやすいですし、過激になっているのも事実です。読み手もエロいシーンやシチュエーションを期待している部分もあるので、BLはエロではないと主張するつもりはありません。でも実際は濃厚なセックスシーンや思いきり性器を描いているものから、キスさえしないものまで色々あるんですよね。BLを読んだことがない人が、わかりやすい共通点を探して強引にラベリングしたゆえの誤解だと思います。BLすべてがただ性描写を楽しむだけのものでは絶対にないので、エロスだけを楽しむものを指してエロ本というのであれば、BL=エロ本というのは違います。エロの濃度だけでなくストーリー性、設定など多種多様なものが生まれて、一言でいえるものではなくなっています。細分化や多様化はジャンルが成熟してきた証です。

──「ハニーミルク」は社内公募企画だったそうですが、BL雑誌の企画を出したのは、市場として魅力を感じたところがあったということですか?

編集者:元気なところに進出するのは企業としては健全だと思います。でもそれ以上に私がBLを好きで、やりたかったんです(笑)。10年以上少女漫画の編集にたずさわってきて、雑誌や本が売れない閉塞感に悩んでいました。そんな時、自分にとっては完全に趣味であるジャンルについて考えまして、こそこそしてでも買うほど情熱を傾けるものがあるなぁ、即売会などの会場はいつも熱気にあふれているなと思い、これだ!と。

──企画書にはどのようなことを書いたのですか?

編集者:売りは「講談社初のデジタルオンリー漫画雑誌」です。これはBLが日本だけでなくアジアやヨーロッパなどでも人気があるので世界展開を視野にいれてのことでした。電子書籍はエロとの親和性も高いですし、BLを読んでいる人は周囲に隠していることも多いので、紙の本じゃないというのもアピールポイントでした。

──電子書籍なら突然の訪問客にあせって片付ける必要がないという。

編集者:そうですそうです(笑)。雑誌の方向性はニアリーBL(註:厳密にはBLに分類されないが、近い内容のものを指す)ともいえる『風と木の詩』や『ポーの一族』といった名作少女漫画のように、ストーリー性を重視するとしました。「きちんとしたドラマを描き、その上でエロもあるBL雑誌をつくりたい」と伝えました。でも上の人たちはBLを読んだことがなかったのでセックスまで描くとは思っていなかったみたいです。「え? 挿れるところも描くの?」って驚いていて、私は「はい、描きます。エロは絶対いれます」と譲らず。上層部としては青少年保護育成条例の指定を受けることだけは避けたいというのがあり、「どこまで描くのか」という表現コードを決めることになりました。

──具体的にはどうやって決めたのですか?

編集者:既存のBLのエロシーンばかりをコピーし、どれがダメでどれがOKかというのを役員や編集長と検討しました(苦笑)。一見馬鹿馬鹿しいですが、企業として動くなら皆が共通の認識をもつということは必要ですよね。

──電子書籍で成人向けに発行した作品を紙で販売するにあたって全年齢向けに修正したにも関わらず、不健全指定図書の指定を受けたという事例もあり、明確な基準がない青少年保護育成条例対策は各社手探りだと聞きます。

編集者:不健全とされた作品の中には指定理由が理解できないものもありますし、指定を受けたくないなら自己判断で厳しくするしかありません。ただ「どこまで描くか」を決めることは指定を受けないためだけでなく、レーベルの“色”をはっきりさせてブランドイメージを確立する目的もありました。闇雲に厳しくして行き過ぎた自主規制をすると、雑誌だけでなく作家さんの持ち味をつぶすことにもなりかねないので難しい問題でした。

『ハニーミルク』

──エロをなくすことはできない?

編集者:恋愛でセックスって切り離せないですし、BLのエロはエンタメとしての側面があるので。女性にだって性欲はありますし、イチャイチャシーン、エッチなシーンを見て「うふふ」ってなりたい。青年誌なんかにあるサービスエロと一緒です。エロメインの雑誌にするつもりはありませんが、エロを否定するつもりはまったくないんです。むしろ女性がそういうものを求めることを男性にも否定せずにいて欲しい。大歓迎してもらいたいわけではなく、密かにお家で楽しんでいるだけだから許してくださいという感じです。

──BL好きなことを公言する人は少ないですし、クローズドな世界ですよね。

編集者:悪いものだから罪悪感で隠すのではなく、やはりエロという側面がある以上、密やかに愛でたいという、慎み? でしょうか。そういう慎みを持って密やかに愛でるという姿勢もいいなと思っています。大好きなものって皆に知ってもらいたいという一方、大事なものってそっととっておきたいという思いもあるじゃないですか? そっと読んで、同士とだけわかちあって楽しむような秘め事的なところも、秘密の花園みたいで良いなと思っているんです。

知る人ぞ知るレーベルになる必要はない

『ハニーミルク』

──ブランドイメージのお話がありましたが、「ハニーミルク」はこれからBL業界でどのような地位を狙っていくのでしょう?

編集者:コンセプトを『癒ししかいらない!』としたのは、疲れた女性を癒す雑誌したいという思いからでした。「これを読むために生きる」とはならなくても、「これを読んだから明日生きていける」みたいに思ってもらえたらいいなと。嫌な上司にイライラしても、好きあってイチャイチャしている2人を見て「よし! ときめきチャージしたからがんばるぞ!」みたいに思える生活のお供にしていただけたら嬉しいです。BL初心者の人にとっては入りやすく、BL難民になった人にとっては「ここなら安心してときめける」と思ってもらえる雑誌、安定のハニー感が目標です。

──初心者も読めるということは、全体的にライトな内容になるのでしょうか。

編集者:今の流行りであるゲス要素はないですし、直接的なエロ表現はあまりないかもしれません。でもモロ出しじゃなくてもエロいと感じたり、ドキドキすることってありますよね? 例えば昨年「FRaU」のマンガ賞大賞を受賞した『囀る鳥は羽ばたかない』の作者であるヨネダコウさんの作品は、直接的な描写は少ないけれどエロいと感じるし、ストーリーがしっかりしているので読み応えがあると思うんです。

──『囀る鳥は羽ばたかない』は、海外に発信したい日本のエンタメ作品を投票で選んだSUGOI JAPAN Award2016で、一般の漫画作品にまじって4位に選ばれた作品ですよね。キャラの視線や空気感など、におい立つような湿り気のある色気を感じますし、エロの描写は構図などかなり工夫している印象です。

編集者:そうですよね。腰から下を切ったコマ割にしたり、アングルを変えることで描いてなくても「挿れている」とわかる。そういうテクニカルな部分を意識しつつ、関係性や設定といったBL ならではのフェチズムを押し出すことで絵やストーリーに意味と色気を持たせていくつもりです。

──メインビジュアルも深読みするとなかなかエロいですよね。白い牛乳と蜂蜜なんですけど(笑)。創刊が発表された時、愛好者やBLを出している出版関係者から「荒らされるのでは」と心配する声もありましたよね。

編集者:宣伝などを大々的にすることが多いから敬遠されているのかもしれないですね。でも興味のない人に無理矢理読んでくださいというつもりはないんです。もちろん本が売れたらうれしいですが、BLは好きな人同士で穏やかに楽しめるもののままでいて欲しいので。「ハニーミルク」も、知る人ぞ知るではなく“知っている人は知っている” レーベルになればいいと思っています。荒らすつもりはまったくないですし、どうぞ仲間に入れてやって下さい、という思いです。BLファンの皆様に育てていただくことができたら幸いです。

月刊デジタルBL雑誌「ハニーミルク」は本日創刊。以降、各電子書籍サイトなどで毎月10日配信予定です。

ぴいさんなど作家コメントも掲載!公式HPも公開中!

『ハニーミルク』書影

ストーリー性と胸きゅんを重視し、癒されたい!! というすべての女子に捧げる新デジタルBL誌。
キャッチコピーは「癒ししかいらない!」。疲れて帰ってきた女子を幸せな眠りに導くようなラインナップを取り揃えている。

配信スケジュール:毎月10日
創刊ラインナップ: ぴい/絵津鼓/ymz/ルネッサンス吉田/フルカワタスク

公式HPはこちら

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