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【ミステリ変化球】究極の善人と脅迫屋。キャラも台詞も抜群にうまい!

今からあなたを脅迫します
(著:藤石波矢)
2016.05.21
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金坂澪(かねさか・みお)はひとり暮らしの女子大生。170センチと女性にしては背が高く、子供の頃からおはぎが好物。性格は明らかに天然というか、変わっている。

ある日、その澪のもとに宛名も差出人も書かれていない一通の封筒が届く。中身はメモリーカード。パソコンに差し込むと動画の再生が始まった。殺風景な部屋の中央に椅子。椅子には男が座っていて、縄で縛られていた。しかも、目出し帽を被った別の男に銃を突きつけられている。こりゃ大変だ。どう考えても尋常ではない。しかも、澪にとってはそこから先がさらに大変だった。

──今から君を脅迫する──

目出し帽の男にそう言われてしまう。男は自らを「脅迫屋」と名乗る。一方、縄で縛られている男の名前は、サトウ。彼を助けたければ金を払えと言う。どうやらサトウは“元カノ”と一緒に振り込め詐欺を働いていたらしい。そうして騙し取った金を全額払え、払わないと“元カレ”のサトウを殺すぞ、と澪を脅迫してきたのだ。

これが一般人なら警察に駆け込めばいいが、詐欺の犯人なのでそれはできない。元カレとはいえ、ここは助けてあげないと――普通なら、そんなふうになる場面だろう。あるいは、元カレのことを冷然と見捨てるだろうか。もっとも、話はどちらにも転ばなかった。脅迫する側に、重大な、脅すなら絶対にやってはいけない過ちがあったからだ。

サトウは澪の元カレではない。そもそも澪には元カレがいたことがない……。

要するに、脅迫する相手を間違ったわけだ。となると、あとは澪が警察に通報して一件落着――になるかどうかはわからないけれど、少なくとも彼女はこの事件から身をひくことができる。それなのに、振り込め詐欺とは無関係であるにもかかわらず、澪は脅迫に応じて、お金を払うと言う。
 
彼女は「無駄に金持ち」らしい。なるほど、無駄に金持ちなら支払い能力に問題はなかろうが、そういうことじゃないだろう。どう考えたって普通は払わない。しかも要求額は、3000万円だ! それでも払うと言い切る。いや、ちょっと待て。たとえそれが3000万円ではなく、3000円だったとしても、振り込め詐欺犯のために、わざわざ払うだろうか。
 
僕なら払わないだろう。しかし、澪はそうじゃない。勘違いを認めた脅迫屋が払わなくてもいいと言っているのに、払う気まんまんだ。その理由は「サトウさんの命のためです」だそうだ。

このことからもわかるように、澪はとてつもなく“いい人”である。善人の中の善人、優しさをどこまでも特化させたら、金坂澪になるに相違ない。でも、優しさも善行も澪の域まで達すると、突き抜けすぎて、明らかに特殊だ。そのことは脅迫屋――千川完二(せんかわ・かんじ)もむろん気づいたらしい。やがて澪は千川と直接会うことになり、殺人事件へと巻き込まれてゆく。

脅迫、振り込め詐欺、殺人と、何やら物騒な単語がたくさん出てくるが、本書は読んでいてとにかく楽しいミステリ小説だ。脅迫屋の仕事に協力することになる澪の性格や、飄々としている千川との漫才のような掛け合いが軽妙で、笑えると同時に、めちゃくちゃ上手いなこの作者さんは、と感服する。プロットやキャラ立てとかいろいろと上手いのだが、その中でもとりわけ台詞回しが秀逸なのだ。

「見過ごしても、見過ごさなくても後悔します。どの道を選んでも後悔する自信があります。でもせめて、胸を張って後悔したいんです」

「罪を憎んで人を憎まずって言葉を君は体現したがるけれど、実際無茶な話だよ。罪を犯した人間がいて、傷つけられた人間がいる。憎しみは人間から人間に向けられるもんだ」
「それでも私は憎みたくないんです」

「必要悪になろうとしているなら、やめてほしいです。平和は祈るだけで十分なこともあります」

などが、僕のお気に入り(ネタばらしに繋がりそうな箇所はあえて省略した)。でもこれらはお気に入りのほんの一部であり、上の台詞はすべて澪という人間の人格に関係したものを、意図的にチョイスした。彼女の成長、人格のメタモルフォーゼが本書のテーマのひとつだと強く感じ取ったからである。

『今からあなたを脅迫します』は犯罪小説、推理小説の佳品であり、中には、毛色の変わった青春コメディのように受け取る人もいるかもしれない。僕にとっては、その全部でありながら、澪が変化する物語なのだ、というインパクトがやはり一番強烈だった。

ぶっちゃけると、僕は澪のような女性が好きらしい。異性としてではなく、人として。どこまでも優しくて、どこまでも善人で……。けれど、そんな彼女を毛嫌いする向きも、きっと少なくはない。人も、その人が営む社会も、決して綺麗なことばかりじゃないからだ。それで普通だ。澪は、異分子と言ってもいい。強引なまでに人として美しくあろうとする彼女の在り方は、綺麗なことばかりじゃない社会の中にあっては、歪(いびつ)ですらある。でも、だからこそ僕は好きだし、心の奥の方にある人として大切にしていたい部分を刺激された。もっと簡単な言葉で表現するなら癒やされた。

昨今はネットなどで人の醜い部分が嫌でも、しかも簡単に目についてしまう。人が皆、清廉潔白である必要はないし、僕自身、ダメなところは山ほどある。でも、見たくないものは見たくない。蓋をしておくべき臭い物は、確かにあるのではないか。折に触れ、そんなふうに考えることもある僕にとって、読書中、ひたすら優しい存在であろうとする澪はずっと大きな癒やしだった。彼女がどんなふうに変化していくのかは、是非、本書を読んで確かめてもらいたい。
 
抜群のキャラ立て、読み心地のいい台詞回し、続きが気になる軽快なテンポのミステリ、そして僕の場合は癒やし小説でもあった『今からあなたを脅迫します』は、文句なしに高評価の1冊。激推しです! 

レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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