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【見事な分析】“面倒くさい”が強みだった日本、いま進むべき道

2016.05.19
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この本の中でなにより面白いのは「面倒くさい文化」の章です。ここには日本のさまざまな問題が潜んでいます。

──日本の「効率が良くない」というものの問題を辿っていくと、かなりの部分はこの「面倒くさい」という言葉に帰結する感じがします。──

アトキンソンさんがアナリストだったころに、この「面倒」を避けるよう助言する(?)日本人の行動に出会ったそうです。

──私は銀行というビジネスモデルについてくわしい分析をおこない、かなり厳しいレポートも書いてきました。そのたびに、周囲にいた日本人のアナリストたちはこのような忠告をしてきたものです。「アトキンソンさん、このようなことを書くと面倒くさいことになるよ」──

実際に街宣車が来たり、メガバンクの頭取から呼び出しを食らったりと、かなり「面倒くさい」ことがやってきたそうですが……。それはともあれ、問題なのはしばしば、この「面倒くさいことを避ける」ということと、“リスク回避”とが同一視されているということです。日本人ビジネスマンはかつてこう考えていました。

──「日本社会は減点主義なので企業のなかでリスクをとるようなことは敬遠される」「狩猟民族の欧米人と異なり、日本人は農耕民族なのでそこまでアグレッシブではない」──

よく耳にする「国民性」の違いというものです。これが日本人の“リスク回避”という特性の根源にあるといわれています。でも、本当にそうなのでしょうか。アトキンソンさんはこれに対して、きわめて“まっとうな”批判をしていきます。

減点主義は日本だけではないし、農耕民族についても「欧米人もずっと狩猟をしているわけではありません。たとえば古代メソポタミアの人々が狩猟民族ならばどうやって都市国家を築いたのでしょう。しかもこの時代の主食はパンとビールです」と。言われてみれば確かにその通りです。

ではなぜそう思っていたのでしょうか。アトキンソンさんはそこにあるのは“リスク回避”というものではなく、実は「面倒くさい」ことを避けるという日本人の行動原理なのだと指摘しています。つまり、リスクをとる・とらないが問題となっているのではない、そのようなことを考える必要がなかったからなのです。必要のないことを考え、行動するのは「面倒くさいこと」になります。

ですから問題はなにが「面倒くさいこと」を生むかということです。アトキンソンさんが体験したような辛口のレポートが「面倒くさいこと」を生んだように。時にはリスクを取ることが「面倒くさいこと」を生まないケースもあるのです。その例証として、外資系企業に入ってきた日本人のことをあげています。

──外資系企業というところでは、利益を出さない者はレイオフや降格など容赦のない仕打ちを受けます。つまり、「面倒くさいこと」になるのです。リスクをとろうがとるまいが、とにかく利益を出すことが「面倒」を避けることになるので、日本企業から外資系企業に入ってきた日本人からすると、「面倒」ということに対する価値観に変化はあったものの、「面倒を避ける」という基本は変わりません。だから、非常にスムーズに適応するのです。──

この場合の日本人はリスクを取ることが「面倒くさいこと」から逃れることになっているのです。“リスク”が問題となっているのではない、回避しようとしているのはあくまで、そこで生まれてくるであろう「面倒くさいこと」というものなのだ、と……。

これは、日本人が“場”や“空気”というものを重視しているということに通じます。乱暴にいえば“場=空気=居心地”が問題であって、それを良くするためには、時には逆の行動になることがあるのです。これを適応性の良さと取れば長所ですし、変わり身のはやさといえば短所になります。

実はこの“面倒回避”という行動が効果的だった時期が日本にはありました。

──戦後、日本経済が右肩上がりで成長していくなかで、「面倒くさい文化」というものは日本の「強み」だったのかもしれません。リスクをとる必要もなく、生産性を上げる必要もない。勤勉な労働者が企業に忠誠を誓って、コツコツと働くことで、昨日より今日は、今日より明日と、企業は黙っていても大きくなっていきました。そのような高度経済成長社会で、組織のあり方、社員の働き方、経営者のあり方を問い直すような人間が「面倒くさい」と疎(うと)まれるようになるのは、ある意味では当然です。見方を変えれば、「面倒くさい」というのは、日本人が成長社会のなかで、余計な衝突を避けて、円滑に生きていくために生み出した知恵なのかもしれません。──

これはアナリストとして見事な分析だと思います。複眼的思考とでもいうのでしょうか。

この分析は、そのまま日本の戦後復興についての分析につながります。アトキンソンさんは、敗戦時の日本の人口数こそが戦後復興の要因であると指摘します。詳細はこの本を読んでいただきたいのですが、GDPと人口趨勢を関連させている分析はきわめて説得力のあるものです。日本の復興、高度成長はなんら奇跡ではなく、当然というか必然的なものなのだと。

敗戦時であっても、フランスに次いで世界第6位のGDPがあった日本、その上、当時の人口は7000万人、この人口の多さが当時の日本の「強み」となっていたのです。ちなみにイギリスが4900万人、フランスが4000万人、アメリカが1億6000万人でした。この日本の戦後の人口に加えて「もともとの先進国としての経済力の基礎もある。一度は戦争で壊滅的なダメージを受けた産業も、どんどん復興をしていく。そして、なによりも人口も右肩上がりでふえていく」。その結果……。

──これでGDPが急成長をする、というのは科学的にも、経済論理でも、合理的に説明することができる現象なのです。──

このGDPと人口を巡る論述はこの本のキーワードのひとつであるとともに、論理的思考・分析的思考の優れた例となっています。じっくり読んでほしいところです。

では、「強み」の人口が減少に転じた日本はどうすべきなのでしょうか。また「面倒くさい」はどうなるのでしょうか。人口も「面倒くさい」も、かつてはどちらも日本の「強み」でした。

──日本という国が何を目標としているのかが最近見えません。世界に影響力を継続的に発揮したい、あるいは、国民の幸せが一番……どこに目標を置いているのでしょうか。もしも、世界への影響力をキープしたいなら、絶対額のGDPを増やさないといけませんので、人口激減時代に入りつつある国としてかなり苦労することになるでしょう。(略)国民の幸せを追求しようというのなら、ヨーロッパの人口小国をモデルにするのもひとつの解決策でしょう。これらの国はGDP絶対額を諦めて国民一人当たりのGDPを重視して、「ハピネス」を目標にしています。──

経営者の意識の変革、女性の進出、観光等の新たな産業の育成と、この本の後半はきわめて具体的な提案があふれています。あとは私たちが何を目指していくかということだと思います。どちらを私たちの目標とするのか、持ち時間はあまりないように思うのですが。

とても柔軟な、けれども確固たる論理に貫かれたこの本は2度以上読んで欲しい本です。読めば読むほど新たな発見が出てくるからです。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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